2 身内からの反対
桜田緋狩と上月紅覇は、柳沢梨雨と同じグループ「五光」のメンバーだ。二人とも元地下アイドルで、本人たちのルックスは紛れもなく美人の部類に入る。
とはいえ、二人のタイプは対照的だ。桜田が気の強そうな美女、という感じなのに対し、上月は繊細そうな美人、という感じだ。歌や踊りのパフォーマンスも、桜田は歌は普通だが、めりはりのきいたヒップホップダンスを得意とするのに対し、上月は高く澄んだ歌声が特徴で上手く、ダンスは嗜み程度だ。ガワのデザインも、本人たちのパフォーマンスの特色を意識したものになっている。
普段の立ち回りも、桜田が前に出て、上月は後ろからこちらを窺っているのだが、今日も同じだった。
「主任がデビューするって、本当ですか。あの社内報って、主任のことを指してたんですか」
口火を切ってきたのは桜田だ。そして後ろから上月がそっと言う。
「緋狩ちゃん、きっと違うよ。それだけじゃないんだよ。主任もデビューするけど、あと三人メンバーがいるんだよ。そのうちの一人は氷上健吾さんとか……ね?」
上月の口から健吾の名前が出て、俺は思わず上月を見た。上月は俺から目を逸らしながら、
「だって、この間から、氷上さん、この事務所に出入りしているじゃないですか。先週も来てたってきいたし。ああいう人だったら、ライバーデビューさせてもうまくやれるんじゃないかなって」
「冗談じゃないわよ!何であんな奴!」
桜田が激しい口調で言うのに、レイヤがのんびりとした様子で、
「えー、そうなんだー、氷上さんもデビューするんだー?氷上さんと主任が知り合いだって、噂にはきいてたけど、私、氷上さんがこの事務所に来たときっていっつもいなくって、実物に会ったことないのよねー。会ってみたいなー。ね、会ってみたくない?」
レイヤの問いかけに、桜田は睨みつけてきた。上月はというと、目線を下に向けている。レイヤは優しい口調で上月に話しかけた。
「上月ちゃんは氷上さんのこと嫌なの?」
「えっと、私、男の人、苦手で」
「苦手どころか嫌いでしょ。恐怖症」
桜田が断定する。そうだった、と、とぼけた様子でレイヤは言う。
「あれってガチだったんだー。イケメンなら大丈夫かと思ってたー」
「怖いことをしてくる人って、イケメンかどうかとか関係ないから」
か細い声で上月が言うと、確かに、とレイヤは同意した。
「じゃあ、会うのは勘弁、ってことだね。んー、仕事するのに会わないですませることってできますか?」
レイヤに問われて、俺は答えた。
「それは大丈夫じゃないかな。共演するにしても実際に会う必要はないんだし」
「ネット越しでも嫌です……」
「あー、じゃあ、上月は共演NGってことだな。わかった」
「え、主任との共演も駄目なの?」
レイヤが突っ込んで訊いていく。上月はびっくりしたように、
「いえ、主任は大丈夫です」
「いや、無理はしなくていい。嫌なら嫌と言ってくれ。今だって、事務所からの連絡はマネージャーを通じてやってるし」
俺ははっきりと言った。上月のマネージャーは女性に担当してもらっている。周年ライブ前のフォローだって、そういうのがあって前島主任に入ってもらっていたんだし。そういう配慮が必要な子だというのはわかっているんだ。
上月は小さく頷いた。
「わかりました。その方向でお願いします」
「うんうん、良かったね、最初に方向性を確認できて。で、桜田ちゃんは何でそんなに怒ってるの?氷上さんのアンチだったりする?」
「そんなのじゃなくって、ただ単にああいう類の人にはこっちに来てほしくないっていうか」
「こっちってどっち?」
とぼけた様子でレイヤが訊く。桜田は唇を噛み、喉の奥から振り絞るような声で、
「……柏宅さんって、性格悪いですよね」
「えー、何のことお?性格悪いより頭悪い方が終わってる気がするけど」
「何で頭悪いって話になるんですか」
「だって、今訊かれてるのは、何故あなたが氷上健吾を嫌ってるかっていう理由なのに、そこをきちんと説明できてないことを自覚できてないっていうのは、頭悪いんじゃないかなって」
「……人の気も知らないで」
「知らないわよー、口で言わないとね?で、何で氷上健吾がライバーになるのが嫌なの?」
「……だって、あの人、顔出しで十分やってるじゃないですか。何でそんな人がこっちの世界に踏み込んでくるんだって。顔出しの世界でやれるんならそっちでやってなさいよって」
「なるほど。うん、ちゃんと言えたね?でも、だからってもうこの件が止まるとは思えないけど。ですよね、主任?」
「ああ。すまない、桜田。この件、止めることはできない。男性ライバーをうちからデビューさせるっていうのがそもそも社長の指示で」
「氷上健吾は何でうちから出ることになったんです?」
レイヤが無邪気な風で訊く。俺はため息混じりに言った。
「俺が誘った。社長から言われたデビューまでの期日が短くて、知り合いでライバーの適性がありそうなのがあいつくらいしか思い浮かばなかった」
「と、いうことらしいわよ、桜田ちゃん?まあ、地下アイドルだったあなたからしたら氷上健吾って雲の上の人なのかもしれないけど、一般人の目線からしたら、芸能人の中では落ち目の人っていうか過去の人っていう感じなのよねー。どちらかというと、私たちの方が勢いがあると思うわよ?まあ、狭い界隈でしか相手にされてないかもだけど、そんな卑下することないわよ」
「……本当に人の気も知らないで……!」
言い捨てて、桜田は部屋を出ていった。上月は俺たちに一礼してから、その後を追いかけていった。
「あらら、怒らせちゃった?」
レイヤは肩を竦めて見せながら言う。俺は少しため息混じりに、
「わざとだろう。だが、助かった」
「礼を言って大丈夫ですか?もしかしたらおかしな風に焚きつけたことになったかもしれないのに」
「それはそうだが、このことについて話し合ったところで、プロジェクトが止まるものではないからな」
「ですよねえ。で、あと二人はどんな人なんです?やっぱり顔出しで活動してる人ですか?」
「ノーコメントだ。実際の発表を待て」
「えー、もったいぶらないでくださいよ。ここまで話したらもういいじゃないですか。デビューする四人のうち、主任と氷上健吾だっていうのはわかったんだから、あと半分ですよ?」
とそのとき、部屋の入り口で声が上がった。
「それじゃやっぱり、主任がデビューするんですの?」
さっきの桜田たちと同期で同じく「五光」の一員である松島寿が立っていた。




