1 嵐の前の静けさ
その後、俺はとにかく多忙を極めた。社長は、七周年ライブについては他の者に任せればいいと言っていたがそうはいかず、そちらをやりながら男性ライバーアイドルユニットのデビューに向けて準備を進める。
それに関して難航していたのは、ユニット名とバックストーリーについてだった。もっとも、ユニット名については少し肩の荷が下りた感じもあった。司が俺に言ったからだ。
「ユニット名は、皆で案を出し合えばいいのではないですか。巧がもしかしたら何か閃くかもしれないし。健吾くんや周防さんにも考えがあるかもしれない。勿論、僕も考えます」
ユニット名はそういうことで気が楽になったが、バックストーリーの方はそうはいかない。
とりあえず、俺は鎔先生がキャラクターの側に書き添えていた四つの単語「King」「Scholar」「Prince」「Magician」を手がかりに考えることにした。それだと、前島主任が言っていた、ファンタジー系のストーリーにしろという条件にも合っているし、何よりあの絵柄に合うと思ったからだ。
だが、問題は健吾のキャラクターだった。社長にはアイデアがあり、それについて調整が続いているのだが、その見通しがなかなか立たない。まあ、権利関係者が多そうだから仕方がないのだが。
俺は考える日々が続いた。当然業務も続けないとならない。
先生の家に引っ越しの手伝いをしに行った翌週、健吾の事務所閉鎖について発表があった。そのニュースはテレビでも結構ワイドショー等で取り上げられた。今をときめく国際的俳優の所属事務所の話題だから、当然とはいえる。
そのニュースの中で健吾の名前も出て、健吾はテレビ局の突撃取材を受けていた。俺は磯山マネージャーの連絡を事前に受けていて、そのインタビュー映像を全部見たが、どれも健吾はそつなく対応していた。健吾自身の今後の活動について訊いてくる局もあったが、それについても健吾は、マネジメントしてくれるところは見つかっているので、お話しできるタイミングになったらお話しします、とだけ言っていた。
打ち合わせ通りである。
そしてその翌週、鳴瀬の雑誌社から氷上甚についての記事が出た。氷上甚の妻が夫のマネジメントと称して強引なことをしていることとか、義理の息子の藤原駆が女性アイドルの家によく出入りしていて半同棲のようになっている、とか。それに関し、健吾のインタビュー記事も出たが、一家がバラバラになっている様子が浮き彫りになったというだけで、健吾に対する批判などは出なかった。寧ろ、同情的な向きが多かった。自分が行方不明になっている間に新しい家族を作っていた父親やその家族とうまくいかなくてもおかしくないだろう、と。まあこれは、再婚当時、氷上甚は薄情だと世間の好感度を下げていた流れの続きだ。
健吾がまたマスコミ対応しないといけなくなるのではないかと俺は心配したが、継母の振る舞いについてはその前の週にマスコミ対応していたときと同じ内容だったし、義理の弟のことについての突撃取材に対しても、雑誌の記事にあるように没交渉なので、と言って終わった。
そうこうしているうちに、七周年ライブの日を迎えた。当日、俺は事務所に詰めてネットでライブの様子を見ていた。タレントたちのパフォーマンスは申し分がなく、会場の盛り上がりも素晴らしかった。ただ、3Dの動きの精度は気になった。前はそんなことは思わなかったが、巧に言われてそういう目で見るようになったらしい。
健吾と周防、司と巧にはライブの配信チケットを送っていた。四人からはライブが終わってすぐにメッセージが来た。健吾は、ライブは素晴らしかったということと、俺への労いの言葉があった。周防もライブを「素晴らしかった」と褒め、その後で自分もあの舞台に立つときが来るのを楽しみにしている、と送ってきた。
巧は、3D技術について気になったことをいくつか箇条書きにしてきていた。そして、このことをグラハムの関連会社の技術者と共有しておく、とメッセージを締めていた。いや、まだ正式な技術提携の話もないのに、何で先に走っているんだ。そして司は、お疲れさまです、巧は熱心なだけなのでお気を悪くなさらないでください、と送ってきていた。
健吾の所属事務所が完全閉鎖となった日、健吾のマネジメントを全面的にこちらが引き継いだ。磯山マネージャー同席のもと、健吾と契約書を交わす。
磯山マネージャーは心底ほっとしたように笑顔を見せていた。
「これで安心して故郷に帰れます。津和さん、氷上をよろしくお願いします。父親とか継母とか、相手をするのになかなか大変かと思いますけど、グラハムさんに、あなたなら大丈夫だときいていますので」
俺はその言葉を素直に受け取る風に頷いたが、内心では、何でそんなに信頼が大きいんだと思っていた。
健吾はそんな俺を見ながらにこにこしていた。時々、その周りに小さな点みたいな光が明滅して見えるのは、俺が疲れ目だから、ということでいいんだよな……?
健吾が言った。
「そのうちグラハムがこちらに挨拶に来たいと言っていたので、決まったらまた伝えますね」
俺はそれも了解したが、何か大事なことを忘れている気がしていた。何だろう?まあいいか、そのときになったらわかるだろう。
契約については、周防や巧、司とも結んだ。周防が本名なのは知っていたが、巧も本名なのだとそのとき知った。フルネームは「白神巧」。名字は「しらが」と読むそうな。
周防との契約は本人が事務所に来たが、巧たちはオンラインでのやりとりだった。
それが済んだのが六月の第一週目。そのタイミングで社内に向けて、男性ライバーアイドルユニットをこの事務所からデビューさせるという情報を発信した。
その翌日のことだった。
「昨日のあれ、驚きましたよー」
そう言いながら俺の目の前でにやついているのは、うちのタレント二期生の柏宅レイヤだった。今日は収録があって来たとかで、来たついでにマネジメント室の俺の顔を見に来たんだと。
レイヤは元々ゲーマーで、たまたま社長がそのプレイ動画を見てスカウトをし、やらせてみたら歌もうまかった、という子だ。使っているガワはショートカットの美少女だが、当人はというとその逆の黒髪ロング。子リスのような目つきや常に笑みをたたえて口角が上がっているところなどは使っているガワと一緒でチャーミングである。
「男性ライバーをアイドルとしてデビューさせる、なんて、すっごいチャレンジングですよねー。うち、今まで女性タレントしかいなかったのに」
「それは百も承知だ。というか、それだけの話を収録の合間にわざわざしに来たのか」
「やだー、そんなわけないじゃないですかー。あの情報が流れた後、噂をきいたんですけど。主任、ライバーデビューするって本当ですか?」
俺は顔をしかめた。社内向けに発信した情報では、来月、四人の男性ライバーをアイドルとしてデビューさせる、としか伝えていない。俺のデビューのことなど一切触れていないのに、何でそんなことわかるんだ。
レイヤはにやついたまま、
「私、結構社内にネットワーク持ってるんですよ?」
「ってことは、社員はみんな知ってるってことか」
「ふふふー、残念でした。嘘でーす。今のは引っかけでーす。主任が四人のうちの一人なんじゃないかって予想して、カマかけてみました。じゃあ、デビューするんですね?嘘じゃないんですね?」
目をきらきらさせてレイヤは言う。俺は小さくため息をついた。
「何でお前はそんなに嬉しそうなんだ」
「だってー、前から藍堂ちゃんと言ってたんですよ、主任がライバーデビューすればいいのにね、って。主任の声、すっごくイイんだから、胸張ってデビューしてくださいよ。で、主任のガワってどんななんです?見せてくれないんですか?ていうか、他の三人ってどんな人なんですか?実際に会ったりできるんですか?」
とそのとき、部屋の入り口から声がした。
「主任がデビューするって、本当ですか」
俺とレイヤがそちらを見ると、タレント五期生の桜田緋狩と上月紅覇が立っていた。
本作の過去編も同時投稿しています。
読んでいただけたら、この作品をより楽しめるかなと思いますので、よろしければそちらもどうぞ。




