8 VTuberも色々な種類がある
「というか、人のことよりも津和さんは自分のことを心配した方がいい。津和さんこそ声バレしますから」
周防に言われて、俺は言葉が出なかった。が、すぐに気を持ち直して言い返す。
「いやまあ、確かに俺の声は変わっているかもしれないが、そもそも俺は有名人じゃないから」
俺の言葉に、周防は薄く笑った。
「今は有名ではなくても、その声でライバーデビューしたら、そちらが有名になって、リアルのあなたと話した人たちがVTuberとしてのあなたと結びつけますよ」
「それで身バレする、と」
「ええ。仕事柄、外部の人と話さないでいるわけにはいかないでしょうから、広がるのはあっという間でしょう。気づくのはまず業界の人たちでしょうから、そこから他社のライバーに伝わり、配信で喋られてもおかしくない」
「他社のライバーがそんなことわざわざ配信で話しますかね」
「それはこれから僕らがどれくらい売れるか、話題になるか次第ですね。どうしますか、降りますか」
「降りるって、デビューをですか?でも、そうすると巧くんも降りるでしょう。となると、司くんもだ」
「良かった。実は僕は、あなたというスポークスマンを置くという巧くんが提示した条件はすばらしいと思っていたんです。顔出しでやっていた時代のことと結びつけて難癖をつけてくる輩は出てきそうですから、そういうときに運営側として対応してくれる人がいるのはありがたい」
にこやかに言うが、それは俺が厄介な立場になることが確定しているということではないのか。
翌日の午後には司とオンラインで会った。司は喫茶店の勤務の休憩時間で、巧はといえば、家にいるのだという。
「ライバーデビューが決まって、ライブ2Dとか3Dの技術的なことをいろいろ調べていますよ。グラハムのところの関連会社の技術者とも話をしています。多分、そのうち正式に提携の話がそちらに行くと思いますが。それで、キャラクターのデザインのことですけど。中世風の衣装のデザインの足下に書かれていた言葉は何ですか」
巧はKing、司はScholarと書かれていた、あれのことか。
「ああ、あれはそれぞれのキーワードらしい。何でも、鎔先生が二人に会って閃いたんだとか」
「そうですか。……これって、僕らのキャラクターのバックストーリーにも関係があります?」
「いや、そこまではまだ決まっていなくて」
「そうですか。では、あの単語を消したデータも送ってもらえますか。巧にはそちらを見せたいので」
どうやら、巧はまだデザインを見ていないらしい。
「それは別に構わないが、不愉快になるような言葉だったか」
「いいえ。巧が見たら調子に乗りそうだなと思って。あと、僕らのバックストーリーはどんな感じなんですか」
「あー、えっとだな。今、考えているところで」
「そうですか。巧はとても楽しみにしてましたよ。津和さんがどんなのを考えてくるんだろうって」
「プレッシャーだなあ。因みに、二人はそういうのがあった方がいい派なのか?」
俺の問いに司はきょとんとしたような表情をした。
「え、VTuberって、そういうものがあるもんなんじゃないですか?それがあると演者は方向性を決められるし、リスナーもどのVTuberの動画を見るか決めやすいでしょう」
「あー、うん、そうだな、うん。それで、そのバックストーリーを考えるのに、鎔先生がキャラクターデザインに書いていた単語に関連させたらまずいか?」
「別にそれは構いませんよ。結果として巧のキャラが王様だったという設定がついていたとしても、それは設定ですから、巧は弁えるでしょう」
それが良くて、キャラクターデザインにKingと書かれているのは認められないのがよくわからない。
司は俺が何を考えているのかわかっているように微笑んで見せた。
「物語の一部として受け取るのと、尊敬できる才能ある人から直接受け取るのとでは違うということですよ。鎔先生にはよろしくお伝えください。僕はあのデザイン、気に入りました。データを送ってもらえば巧には僕から見せます。巧は間違いなく気に入りますよ」
そしてその日、日付が変わる前に司から俺のスマホにメッセージが入った。巧はこのキャラクターデザインで了解したということだった。そして、巧もやっぱりこのキャラクターにどんな背景がつくのか楽しみにしている、ということだった。
あー、頭が痛い。
翌朝、俺が職場に行くと、社長が待ちかまえていた。大体昼前に来るものなのに、こんな時間から出社しているとは珍しい。
「津和、今日は特に外部との打ち合わせはなかったな?」
「はあ、まあ。でも、周年ライブ関連のこととかいろいろとあってですね」
「そんなものは他のヤツにやらせておけ。お前でないといけないことは、あのライブ関連では何もないはずだ」
「……周年ライブ以外にも仕事はありますよ。例えば例のプロジェクトとか。キャラクターのバックストーリーもまだだし、そもそもユニットの名前も考えないと」
「そんなのは事務所にいなくてもできるだろう。出かけるぞ」
「いやだから、仕事が」
「鎔のところだ。前に引っ越しの手伝いをしろと言ったろう。今日辺り、資料の整理をするとか言ってたからな、その手伝いだ。一人でやらせたら、資料を出すだけ出したままいろんなことを考え出して動けなくなるか、何もかもどうでも良くなって全部捨てるかのどちらかだ。前者だった場合は食事も何もしないまま数日動けないでいるだろうし、後者だったら今回のプロジェクトの資料まで捨てられかねん」
「何でそんな極端なんですか!」
俺は半分悲鳴のような声を上げた。
社長の車で鎔先生のマンションに向かうことにする。社長の車はどこでも売っている国産最大手メーカーのコンパクトカーだ。色もどこにでもありそうなダークグレーで、特にカスタマイズとかもしていない。ゲーム環境にこだわりそれに関する機材にこだわっているのとは対照的だ。
車は事務所の地下駐車場にあり、社長の許可が出れば、車を汚さないことを条件に社用での外出に貸してもらえるが、社長の車はマニュアル車だ。社員は、免許を持っていてもオートマ車限定だったり、オートマ限定免許でなかったとしても、俺みたいにマニュアル車は教習所を出て以来運転していない者ばかりで、結果、社長の車を運転できるのは社長以外には副社長くらいだ。
ということで、俺と社長で出かけるときには社長が運転することになり、俺は助手席におさまるのだが。
「それで、何をテンパってるんだ」
車を走らせながら、社長が訊いてきた。俺はそれまで少し呆っとしていたので、社長の問いに反応できなかった。
「えっと、あの……?」
「だから、何でそんなに余裕がないんだ。例の男性グループの件、四人ともデビューを了解したんだろ?ガワのデザインも終わった。ユニット名とかバックストーリーとか、まあいよいよとなったらまた皆で話し合えばいい」
「そうなんですが、そうじゃなくて、ですね。ちょっとやりづらい状況にあるなと思って。四人集まったはいいけど、皆Vのタイプが違うんです。少なくとも、周防章と巧、司の二人は全く違う」
そして俺は、周防が身バレを前提としており、キャラクターの設定をあまり必要としていないこと、一方で司と巧はキャラクターの設定を求めていて、それに基づいて演じようとしていることを説明した。
「鎔先生のキャラクターデザインだと絶対にバックストーリーが必要だ、それもファンタジーとかそっち系のがいいと前島主任には言われているんですが、それって周防くんの考え方とはそぐわないんです。彼はVTuberとしての名前も今まで使っていた名前のままでよい、と言っていて。周防章は彼の本名で、ますます前島主任が言っていたのとは方向性が違う」
「鎔が書いていた、Magicianというキーワードにはどう反応していた」
「それには感心しているようでしたよ」
「なら、話し合えばいい。そこに拒否感がないのなら、協力できるんじゃないか」
「協力、ですか」
「周防に、巧たちが背負う設定は受け入れてもらい、それに関する部分だけ話を合わせてもらうなりして信憑性を持たせる、とか。そこはそのように演じてくれということだな」
「話してみます。健吾にも協力してもらわないと」
「あいつも周防と同じ考えか?キャラクターの設定とかバックストーリーはいらない?」
「そこまではきいていません。ただ、健吾もすぐに正体がバレるだろうと周防くんは予想していて、VTuberとしての名前も凝ったことはやめた方がいいと言っていました。社長、健吾のVTuberとしての名前は社長の方で考えがあるときいていましたが」
「ああ。ちょっと今、調整中でな。事が成ったら説明する。もしかしたら駄目かもしれんが」
「駄目ってどういうことですか。それって誰かの許可がいることなんですか」
もしかして、健吾の父親とか?
社長は少し考える様子を見せた後、
「それは……まあいいか、ここだけの話だ。誰にも言うなよ」
そして社長は、今健吾について進めている話を俺に説明した。その内容は俺には思いもよらないことで、俺が反応を返せないでいるところに、車は鎔先生のマンションに到着した。




