3 二人目の候補
翌日の午後、仕事をしていると、興奮したような感じの声で受付対応していた女性スタッフから俺の業務用スマホに連絡が入った。俺に来客があるという。
「氷上健吾さんがいらっしゃってます」
「ああ、約束してたから。今すぐに行く」
俺は落ち着いて返した。スマホの向こうでスタッフの浮き足だった様子が伝わってきた。まあ、あいつは見るからに芸能人然としているからなあ。事実芸能人なのだけど。
俺はこの会社に入る前はとある映像制作会社で働いていたが、その前はテレビ番組の制作会社でADの仕事をしていた。
もう約二十年前のことになる。
当時、俺は高校を出たばかりの新米だった。俺が働いていた現場に、氷上健吾は俳優をしていた父親にくっついて来ていた。奴はアイルランド人と日本人のハーフである父親と日本人である母親の間に生まれたクオーターで、小学校高学年だったそのころには既に水際だった美しさと色気を纏っていた。
そんなあいつは、その日たまたま隣のスタジオに入っていた女優に目をつけられた。そいつは子どもを毒牙にかける性的嗜好の持ち主で、健吾を楽屋に呼び出した。そして、何も知らずに相手の楽屋出向いていった健吾を、その楽屋に入る寸前で止めたのが俺だった。
健吾とはそれ以来のつきあいである。
健吾を呼び出した変態は新米ADが刃向かうなんて考えられないような大女優で、そのことがきっかけで俺はその制作会社をクビになったのだが、一方の健吾はその後、子役としてデビューし、とある特撮ドラマに出演したときに大ブレイクした。だからまあ、住む世界が違う相手なんだが、健吾は全然偉ぶらないで、俺が声を掛けるとこうして時間を割いてくれる。
健吾とは予め押さえておいた会議室で会うことにしていた。健吾は今、大学生をしながら芸能活動をしている。主な仕事はモデルで、その隙間時間でドラマや映画、舞台のオーディションを受けまくっている。中学生の頃に出演した特撮ドラマでブレイクはしたものの、その後ある出来事があり、キャリアは順調とは言えなかった。
健吾は白いTシャツの上に軽い麻のジャケットを羽織り、細身のパンツを合わせていた。特に高価な品でもデザインに凝った品でもないが、こいつが着ると洒落て見える。まあ、いつものことだが。
「こんにちは、ツカズさん」
俺が部屋に入るなり、健吾は人好きのする笑顔を浮かべた。俺の名字は「津和」で「つわ」と読むが、健吾は初めて会ったときに名札に書かれていた俺の名を「つかず」と読み、それで覚えたため、ずっと俺のことを「ツカズさん」と呼ぶ。
「悪いな、忙しいところ時間を割いてもらって。最近、仕事はどうだ」
「仕事は相変わらずです。モデルの仕事が主ですね。あと、この間、舞台が終わったばかりで。今はまたオーディションの情報を集めているところです」
「この前もオーディションを受けたって言ってなかったか」
「落ちました。事務所が持ってきた話だったんですけど、どうも感覚がずれている感じがするんですよね」
「ずれてる?」
「ええ。事務所は社会人の役とか家庭もちの役とかのオーディションを勧めてきますけど、役に求められるものと僕の雰囲気が合わないからって落とされ続けてるんです。この前のもそんな感じでした。僕の見た目が若すぎるんだそうです。三十歳の筈なのに、ハタチそこそこか、場合によっては十代に見えるって。僕としては、行方不明になっていた期間は年齢に含めないでほしいんですけど」
実は、健吾は十年間行方不明になっていた期間がある。高校二年の夏、父親と仕事で訪ねた先で突如健吾は姿を消し、十年後に戻ってきた。高校二年当時の姿で。健吾が戻ってきたときには、現代の神隠しだと騒がれたものだ。それから四年。彼は空白の時間を取り戻そうと頑張っている。
「それじゃ、芸能の仕事はないのか」
「いいえ。若い役だと大丈夫なので、そちらで仕事をもらうことはあります。後は、最近、声優のオーディションも受けました。外画の吹き替えですけど」
事務所の判断だとしたら、良い判断だ。健吾は、瑞々しい青春の香りがするような声をしているから。
「結果は?」
「まだ待ちですね」
「そうか。いや、ちょっとお前さんに頼みたい仕事があってだな。所属事務所は前と変わらずグラハムさんのところだよな」
グラハムというのは健吾の父親のいとこで、アイルランド人のやり手実業家である。基本的にヨーロッパで事業をしているが、健吾たち親子のために日本で芸能事務所を開いている。
健吾は肩を竦めてみせた。
「一応は。父が、というか、父の奥さんが独立したいとかまた言っていて、それ次第では、グラハムは日本の事務所を畳むそうです」
健吾の父親である氷上甚は数年前から海外のアクション大作映画に出演するようになっており、マネージャーになっている彼の後妻は少しでも夫に有利な契約ができるよういろいろ画策している、というのは業界人でなくても結構な数の人間が知っている事実である。
「大変だな」
「本当ですよ。そうなったら、僕は事務所探しもしないといけなくなるんです。本当に頭が痛いですよ」
健吾は苦笑していた。俺はここぞとばかりに言った。
「お前さえよければ、お前のマネジメントをうちの事務所でやってもいいんだが」
すると、健吾は拍子抜けしたような表情をした。
「本当ですか?」
「ああ。ただ、ちょっと相談があってな。お前、ライバー活動、してみないか」
健吾は天を仰いだ。
「そうなりますよね、ここはライバー事務所ですもんね。まあ、ツカズさんから連絡をもらったときに、もしかしたらそういう話があるかもしれないとは思っていたんですけど」
「すまん。お前が顔出しの役者で食っていきたいと思っているのは知っているんだが」
「いいですよ、少し考えなくはなかったんです。声優の仕事が選択肢にあるのなら、ライバー活動もいいんじゃないかって。声優の仕事にスーツアクターの仕事がプラスされる感じで、ちょっと大変そうですけど。でも、ライバーをやったら、顔出しの仕事は全部断らないといけないんですか?最近は、芸能人でもVTuberをやっている人が出てきたりしていますけど」
「こちらとしてはメインでライバー活動をしてほしいと思っている。そうなると結構忙しいからな。顔出しの仕事をしてはいけないとはいわないが、長時間拘束されるようなものは無理だと思ってほしい」
とはいっても生活のことがあるし、スケジュール的に大丈夫なら、やれる仕事は受けていた方がいい。年齢的に当然のことではあるが、健吾は経済的に父親から自立して暮らしている。
健吾は頷いて、
「となると、ドラマとか映画とか舞台とか駄目そうですね。わかりました、僕はそれで。ただ、父が何て言うかは気になりますけど」
「氷上さんはライバーに理解がないのか」
「他の人がやるんなら文句は言わないでしょう。ただ、僕がやるっていうのが問題で。そんなガワに隠れてないで、リアルの自分で勝負しろ、って言うでしょうね」
確かに言いそうだ。
俺は今回のミッションで一番の難関にぶちあたったような気分になった。氷上甚のことは知っている。テレビ局で健吾を助けたとき、一度丁寧に礼を言われ、その後グラハムを連れてまた礼を言いにきた。健吾が行方不明から戻ってきた後にも会っている。そのときの様子や業界から流れてくる噂からすると、氷上甚は融通がきかないところがかなりある。
予想していなかった難関に俺が頭を悩ませていると、健吾はくすりと笑った。
「大丈夫ですよ、何とかします。というか、さし当たっては父にばれないように活動できたらと思います。僕はもう成人しているし、父のことは無視すればいいんですけど、いろいろと面倒くさいから念のため。でも、良いんですか。この事務所って、女性タレントしかいないでしょう」
「それがだな」
俺は、社長から昨日下されたミッションの内容について説明した。健吾は俺の話をきくと、目を白黒させていた。
「三ヶ月以内に四人の男性ライバーをアイドルユニットとしてデビューさせる、ですか。人選からガワのデザインから何もかもゼロから?」
「わかってる。デビューにあたってはPVだって作らないといけないし、本当に時間はない」
「僕以外に当てはあるんですか。オーディションは時間的に難しいでしょう」
「一人いる。これから説得しないといけないんだが。お前、周防章っていう俳優は知っているか」
健吾は小さく頷いた。
「知っています。一度だけ舞台で一緒になったことがあります。でも彼、休業状態でしょう。妙な噂もあるし」
「噂?」
少し眉をひそめながら俺は訊いた。健吾は声を少し落としてその内容を説明した。
周防章はとあるテレビ番組で心霊スポットのロケに行き、そこで撮影事故に巻き込まれた結果、呪われ、彼が写真や動画に映るとその顔に黒い影がかかるようになり、芸能活動を続けることができなくなった、と。
俺は唸りながら健吾に訊いた。
「それは、芸能界では有名な話なのか」
「それなりに流れてる話じゃないですかね。まあ、あれだけ華々しく活躍していた人がいきなり芸能活動の一線から退いていると、邪推を呼びますよね」
どうやら、鈴木が話したのはただの妄言ではなかったらしい。




