4 インタビュー
「そうですね、父の家族ではありますけど、僕はどうも自分の家族とは思いにくいですね、何しろ一度も一緒に暮らしたことがないので」
健吾は父の再婚によってできた家族のことについてそう言った。鳴瀬は少し首を傾げながら。
「一度も、ですか?しかし、行方不明だったのが発見された後はお父さんやその家族と一緒に暮らしていたのではないですか」
「その頃は父は活動の拠点を海外に移していて、義母もそちらに行っていたんです。僕は父方の祖父のところに行っていたのですが、芸能界に復帰する直前に日本に戻ってきました」
「日本に戻ってからも家族とは暮らしてない?」
「知り合いの家にお世話になっていました」
「なるほど。藤原駆さんは……もうデビューしていましたか。妹さんはご両親と一緒、と」
「ええ。駆くんは、デビューしていて、高校の寮に入っていて」
「そうなんですね。じゃあ、今の話の感じだと、藤原駆さんの交友関係とかも知らない?」
「知らないです。あ、僕のインスタグラムに彼のファンなのかなっていう人たちがいろいろ書き込んでいっているんですけど、僕は何もわからないので困っているっていうか」
「どんなことを書かれるんですか」
「駆くんがこういう女性タレントと絡んでたけどそのタレントは遊んでる人だから気をつけた方がいいってお兄さんから教えてあげてください、とか、女性アイドルグループの誰それと仲が良さそうにしてたけど、誤解されると本人のためにならないからお兄さんから注意してあげてください、とか」
「はあ……。それを読んで実際に注意とかされるんですか。半年前には一度会ってはいるんですよね?」
「ええ。でも、挨拶をした程度ですよ。それに、真偽もわからないこと、注意できないじゃないですか。第一、兄弟っていっても親が再婚したからそういう間柄になったっていうだけで、ほとんど接点ないんですよ?そんなの、ほぼ他人ですよ」
健吾は普通に話すが、きいている俺としては、どんどん心が冷えていく感じがした。いやまあ、俺も家族とは関係が切れてるんで人のことは言えないが、健吾のこれは、孤独というのではないか。
何より、俺は、昔は健吾と氷上甚の関係が濃かったことを知っているから、今、父子の関係が切れているのを知ると、わびしさを感じてしまう。
そう、俺は知っているんだ。実際に見た。健吾に初めて会ったあの日、あの女優の楽屋に入ろうとしていた健吾を呼び戻し、氷上甚の楽屋までつれていくと、甚は戻ってきた健吾を両手を広げて迎え入れていた。甚も健吾も満面の笑みだった。それが何で今はこんなことになっているのか。
「それでは、義理のお母さん……晴美さんですか。この人は氷上さんから見てどんな人ですか」
「どんな、と言われても。父の再婚相手ですね。それ以外は特に?」
健吾はほほえんでみせる。俺はいたたまれなくなってきた。家族の話を健吾にききたい、というのがこのインタビューの目的だったが、肝心の健吾は家族について話せることがない。インタビューを続ければ、健吾の孤独と氷上甚の家族関係がうまくいっていないことが浮き彫りになる。それはそれで記事にはできるだろうが、健吾のダメージはどうなる。鳴瀬は健吾のイメージに傷がつくのを回避したかったのではないか。
と、それまで黙ってきいていた磯山が口を開いた。
「すみません、藤原晴美さんについては、NGでお願いできますか。彼女は一般人なので」
「いやしかし、夫は国際的スターですよ。普通の一般人じゃない」
「それはそうですが。……そうですね、それでは氷上ではなくて私が答えるというのではどうですか」
「磯山さん?」
健吾が驚いたように声を上げる。磯山は小さく笑う。
「いいじゃない、私はもうすぐやめるんだし。最後に少しくらい言いたいことを言っても。勿論、私が言ったとは書かないでくださいよ。まあ、内容でばれるかもそれないけど、しらを切るわ。健吾くんも黙っていてね?」
「それは勿論です。でも」
健吾は心配そうに鳴瀬を見た。鳴瀬は大きく頷いてみせた。
「大丈夫です、絶対に磯山さんが喋ったとは書きませんから。関係者の話、とだけ書きますよ」
「ありがとうございます。ただ、そうね、話すのは別日にしてもらえるとありがたいかしら。健吾くんの前で義理のお母さんのことをいろいろと言うことはしたくないの」
「はあ……。ただ、こちらも記事を出すタイミングというのがあってですね」
「確かにそちらの都合があるのはわかるのだけど……」
磯山は心底悩んでいる様子だった。そして俺をちらりと見る。
「津和さん、ものすごく図々しいお願いなんですけど、別の部屋を使わせてもらうことはできませんか」
俺は少し考えた。部外者に部屋を使わせるというのもどうかと思ったが、実はインタビュ−が終わった後に磯山から健吾のマネジメントについて話をきくことになっていたので、別な場所に行かれるよりはこの建物の中で終わらせてもらった方がこちらも都合がいい。
「ちょっと確認します」
俺は副社長に電話し、事の次第を説明する。副社長は、
「なるほど、わかりました。何だったら、私がそちらに同席しましょうか。藤原晴美さんのことは、私もきいておきたかったので」
いきなり副社長が同席することについて、鳴瀬はとにかく磯山が同意するかどうか俺は危ぶんだが、スピーカーホンで副社長が直接、この事務所の者が同席していないと事務室を使わせることは管理上できないのだと言い、俺ではなく副社長が同席するのは、インタビューが終わるまで健吾を待たせるのに昔からの知り合いである俺が付いていた方がいいだろうから、その代わりに自分が同席する、と鳴瀬たちに説明した。
磯山はすんなりと同意した。
「そうですね、氷上を外で待たせるわけにはいかないですもの。ここで待たせてもらえるならありがたいですわ」
そして、副社長は磯山と鳴瀬を連れて別の部屋に移った。
意外だったのは、伊東がこちらの部屋に残ったことだった。彼は部屋を移ろうとした鳴瀬に、
「すみません、折角の機会なので、津和さんに制作会社時代のことをききたいんです」
「それは、津和さんや氷上さんがよければいいけれど」
鳴瀬が俺たちを見る。健吾はにこやかに、
「ツカズさんが良ければ、僕は構いませんよ。ツカズさんが制作会社にいた頃のテレビ局の現場が実際はどうだったかなんていうのは、僕も知らないことだからきいてみたいです」
「俺が制作会社にいたのは本当に短かったけどな。まあ、すぐに次が見つかって、今の仕事に繋がってるから、別にいいんだが」
制作会社をクビになった件について、健吾が負い目を感じたら嫌なので、そう言った。
磯山と鳴瀬は副社長の案内で隣の会議室に移った。三人になると、伊東はすぐとボイスレコーダーとノートパソコンをリュックから取り出した。
伊東はノートパソコンを立ち上げながら、
「氷上さんは津和さんのことをツカズさんって呼ぶんですね。昔からの知り合いだとききましたけど、それってあだ名だったりするんですか」
「僕が初めてツカズさんに会ったときに、ツカズさんが首から下げていた名札を見て、ツカズって間違って読んだんです。その頃から僕はずっとそう呼んでます」
「初めて会ったというのは、津和さんが制作会社にいて、それで現場で出会ったっていう感じですか」
「そうです。僕は父の撮影についてスタジオに行っていて、そこで」
健吾は淀みなく答えるが、俺は警戒しかなかった。何か、健吾へのインタビューになってないか?
「あの、伊東さん、俺に話をききたいということだったかと」
「ああ、すみません。当時の空気感というか、そういうのも知りたかったんで」
「僕は構いませんよ、ツカズさん。だって皆が知ってる話ですし」
「ありがとうございます。津和さんは当時、ADをやっていたということでいいんですかね」
「ええ」
そこから、俺が当時やっていた仕事について伊東は質問してきた。当時接したタレントの印象なども訊かれた。俺は製作会社に半年程度しかいなかったので、碌に答えられなかったが。
副社長たちは戻ってこない。場を繋ぐのにどうしようと俺が思っていたとき、伊東が健吾に訊いた。
「津和さんは半年しか現場にいなかった、ということなんですけど、その間にスタジオで何回も会うことがあったんですか」
「いいえ。スタジオで会ったのは一回きりでした」
「そうですか。今もこうやってつきあいが続いているので、当時現場で何度も顔を合わせていたのかなって思ったんですが」
「テレビ局で会ったのはそれっきりですね。でも、その後、ナイトレイヴンの画像処理をツカズさんがその当時勤めていた会社でやっていて。ツカズさんはその関係で撮影に来ていたんですよね」
「そうだな。プロダクションマネージャーをやらされてて、いつも撮影には立ち会ってた」
「それまでもメールでやりとりしてたけど、撮影場所にツカズさんが来るんだって知って、父さんがなんか勘違いして」
「勘違い?」
伊東が訊く。俺は少し顔をしかめながら、
「なんか、俺が現場で健吾の遊び相手になると思ったらしくて。ゲーム機を買って俺に渡してきたんですよね。これで息子の相手をしてやってくれって」
「あれは、現場の話だけじゃなくて、現場の外でも遊んでやってくれっていうことだったんだよ。父さんはツカズさんのこと、僕の兄貴代わりだとでも思ってたみたいだったから」
健吾が苦笑気味に言うのをじっと見ていた伊東が訊いた。
「氷上さんは十年間、行方不明になっていましたよね。行方不明になって十年後、いなくなった場所にまた戻ってきていたのを地元の人に発見されて、先ほどの話ではお父さんのところに戻ったわけではなかったということでしたけど、津和さんとはどんな風にまたつきあいが始まったんですか。十年間、交流は途絶えていたわけでしょう」
「町でたまたま会ったんです」
健吾は小首を傾げながら言った。俺も頷く。
「俺は仕事の休憩中で、昼飯を買いに行った途中でたまたま出くわして」
「あのとき、ツカズさんだってすぐにわかりましたよ。声がとにかく記憶に残っていて。ツカズさんの声、特徴的でしょう」
「確かに。さっき初対面で自己紹介されたとき、ちょっとびっくりしました」
顔には出ていなかったが、やはり伊東も俺の声に不気味さを感じていたらしい。態度を変えなかったのは、きっと良い奴なのだろう。
伊東はパソコンの画面に目を落とし、
「すみません、話がずれましたね。えっと……、今は、氷上さんは仕事はどんな感じなんですか。先月、舞台に出てましたよね。好評で、再演があるかもとききましたが」
健吾が舞台に出ていたのは知っている。でも、再演になるかもというのは知らなかった。もしそうなった場合、ライバー活動はどうなる?
「まだ決まっていませんけど」
健吾は俺にさりげなく視線を寄越しながら言った。俺の心中を察してのことだろう。俺は明るく、
「もし決まったら、教えてくれよ。今度こそ見に行くから。何の役だっけ?」
「王子の役でしたよね」
伊東が言う。健吾は小さく笑って、
「そうですね。王子の役でした」
「お前、そういうのが多いなあ」
「まあ、ね。あ、でも、今回は殺陣があったんですよ」
幼い頃からやってきた武道を生かせたようだ。ただの二枚目ではない役をやりたいと健吾がずっと言っていたのを知っているので、俺は喜んだ。
「良かったじゃないか。きっと凄かったんだろうな。見に行けばよかったなあ」
「まあ、殺陣っていっても、少しだけでしたけど」
伊東が言う。その切り込むような言い方に、俺は、おや、という表情をして伊東を見た。
伊東は健吾を見て言った。
「氷上さんは、今後、どうなりたいんですか。今後のキャリアというか、どういう仕事をやりたいか、とか。お父さんみたいな国際的な俳優を目指すとか、そういう目標はないんですか」
「目標、ですか。人に楽しんでもらえるようなものを提供できるようなエンターテイナーになりたいですね」
「以前もそんなことを言っていましたね。インタビュー記事で見ました。でも、それって結構他の芸能人も言っていることじゃないですか。その、もっとないんですか。もっとなんて言うか」
「もっと、と言われても」
健吾は困惑した様子で伊東を見る。伊東は額に手のひらを押しつけてぐりぐりやっていたが、
「ああ、なんかがっかりだ」
と吐き捨てるように言った。




