3 華やかなる芸能一家
「スキャンダル、というか。まあ、イメージが悪くなる要素はありますね」
鳴瀬は言った。
「具体的には、氷上甚の妻の動き方がまずいというか。芸能界のことをわからず、出しゃばって口を出していて。それがいろいろなところで問題を引き起こしていて、氷上甚の仕事に支障が出始めているんです。そのせいで事務所も契約解除を言い出しているそうだし。まあ、彼女が英語ができないせいで、海外での仕事の方には口出しされないのは幸いでしたかね。あとは、藤原駆。彼も初スキャンダルが出そうです。女性アイドルと交際しているらしい」
「彼はデビューして五年くらいですか。確かにこれまでスキャンダルはなかったですね」
副社長が少し考えるようにしながら言う。
「ただ、交際の噂だけでは弱くないですか」
「これも内密にしてほしいんですけど、実は相手の家にお泊まりデートをしているのを掴んでいるんです」
「なるほど。それで、氷上健吾くんはどうかということになったんですね。調べてみて彼に何かありましたか」
「それが、その。女の子と映画を見に行っていたりっていうのはあったんですけど」
俺は内心動揺した。健吾が言っていた、尾行してきていた記者っていうにはこの人のことか。
副社長は小首を傾げ、
「それだけですか。恋人かどうかもわからない?」
「ええ。ただ一緒に映画を見に行って、食事をして、それだけですよ。それを記事にするっていうのも、ねえ。まあ、相手の子がかなり若そうだったので、そこは気になりますけど」
「というと、相手は芸能人ではない?」
「ええ。一般人です」
「そんなのを記事にして大丈夫ですか」
「いえ、俺としてはするつもりはないですよ。でも何もないというのも上司に報告しづらくて」
「では、彼に真正面からインタビューとかどうですかね。家族のことを語ってもらうとか。津和主任、その場を整えるための橋渡しをしてもらえませんか」
「副社長!」
俺は声を上げた。副社長はまあまあと手振りで押さえる仕草をする。
「こっちにだって、この件を終わらせたい理由があるじゃないですか」
「理由?」
鳴瀬がいぶかしげに訊いてくる。副社長は頷いて、
「ええ。あなたがうちのビルを見張っていたことで、スタッフがざわついていましてね。まあ、氷上さんがうちのビルに来なければいいんですが、うちの社長が彼をFPSの弟子にしてやるとか言っていて。オンラインで指導すればいいのに、オフラインで指導すると譲らないんです」
そんな話があるのか?俺は知らないが、しかし、話は合わせた方が良さそうだ。
「そうですね、社長はこうと決めたら退かないんで」
「勿論、氷上健吾さんが断ってきたらこの話は終わりです。でも、そもそも逃げ隠れするいわれは彼にはないし、それこそダメージコントロールになるのではないですか。友人としてあなたからそういう風に彼に話をするとかできませんかね」
「津和さん、お願いできませんか。俺はなるべく彼がダメージを負わないですむようにしたいんです。そう考えると、彼がインタビューに正式に答えるというのは良い考えな気がします」
「しかし、家族のことを話させるんでしょう。それって勝手にあいつが喋っていいことなのかどうか」
すると、副社長は言った。
「そこも氷上さんの判断でしょう。彼が喋って大丈夫というところまで話せば良いだけです。そんなに心配なら、あなたも同席すればいい。鳴瀬さん、津和主任の同席は認められませんか。彼が一緒なら、例えばインタビューの場所にうちの事務所の一室を融通しても周りに理由が立つ」
鳴瀬は同意し、俺も同意せざるを得なかった。鳴瀬と連絡先を交換し、健吾から返事が来たら俺が仲介する形でインタビューの日程調整をすることになった。
俺から次第を知らされた健吾は、こちらに迷惑を掛けたと恐縮しながら、インタビューの件については、今の事務所にマネジメントをしてもらっている関係上、事務所の許可をとってからやりたいと言った。言われていることはもっともだ。そして、俺は健吾のこの返事をきいて、これでこのインタビューは断られるだろうな、と思った。
が、健吾からは、インタビューは受けるという連絡が来た。ただ、マネージャー同席のうえで、と。
「僕は一人で構わないんですけど、マネージャーが是非、と」
「それは相手がどう言うか、だな。とりあえず伝えてみるよ」
俺は、健吾から伝えられた条件をきいて鳴瀬の方が断ってくるかなと思ったが、そんなことはなかった。鳴瀬が伝えてきたのは、ちょうど良かったです、ということだった。
「実は、インタビューするのなら自分も同席させろと言ってきている同僚がいて。大丈夫でしょうか」
「あー、うん。わかりました。健吾に確認してみます」
健吾はそのことについても了解した。インタビューの場所は副社長が居酒屋で言った通り、うちの事務所の会議室を貸すことにした。社長や前島主任には事情を話して了解を得た。
俺は約束の日、時間の少し前にビルの入り口に立って客人たちを待っているつもりだったが、鳴瀬たちが想定外に早く来て、俺は打ち合わせ中に受付から呼ばれた。
「すみません、早くに来すぎました」
俺が受付に行くなり、鳴瀬がすまなそうに謝ってきた。約束の二十分前だった。
「いや、俺は構いませんけど」
言いながら、俺は鳴瀬の後ろに控えている男に目をやる。男はまだ二十代に見えた。身長はそこまで高くないが、肩が盛り上がっていて、ガタイがとにかく良く見える。逆三角形の体型、というか。濃い眉がつり上がっていて、どこからどこまで体育会系という感じの印象だ。
うちの事務所は、一階に外部の人と会う際に使う部屋を置いている。予約しておいたそのうちの一室に二人を素早く案内した。今日、藍堂たちが来る予定はないが、鳴瀬の姿を万が一見られるとまずいからだ。
鳴瀬の連れは伊東といった。伊東は俺に名刺を差し出しながら、
「津和さんは、昔、制作会社にいたというのは本当ですか」
「はあ、まあ」
鳴瀬に話したことではあるので普通に答えるが、何故そこをきいてくるのかがわからない。
「俺、この四月に芸能に配属されてきたんですけど、勉強がてら、昔のテレビ局のこととか調べているんです。今度、話をきかせてもらっていいですか」
「構いませんけど、俺はほんの少しの間しかいなかったので、お役に立てるかわかりませんよ」
「いえ。俺、業界に伝手がないんで、いろんな人から話をききたいんです」
「伊東くんは、この四月に新卒でうちに入ったんですが、大学在学中からバイトでうちの編集部には出入りしていて、もの凄く頼りになるんですよ」
鳴瀬が言う。確かに芯がありそうな感じはする。
健吾たちが来るまで、雑誌業界の話やライバー業界の話をしながら過ごす。健吾はマネージャーと一緒に時間通りにやってきた。
健吾は、少し緩めのシルエットの白Tシャツの上からフードがついた洒落た感じのグレーのベストを羽織り、ベージュのパンツを履いていた。ベストは少し凝っているが、それ以外はどこでも売っていそうなアイテムだ。まあ、何を着てもこいつかなり格好いい。やっぱりルックスいいよなあ。
マネージャーは、磯山という初老の女性だった。どちらかというと鎔先生に似た雰囲気だ。四月下旬とは思えない気温の最中、軽い感じのツイードのスーツで来た。鳴瀬たちに引き合わせると、早速と名刺交換が始まった。
「今月末には退職するので、この名刺が役に立つのもそれまでですけど」
にこにこしながら磯山は言った。鳴瀬が少し前のめりになって訊く。
「それは、事務所が廃業になるからですか」
水面下で話は進んでいると巧は言っていたが、その情報は業界には広がっているらしい。
磯山はにこにこ笑いながら、
「いいええ、親が倒れたんで、地元に戻るんです」
「それは大変ですね。今は介護はどなたかが?」
「娘がコブつきで出戻ってきたんで、丁度いいから先に地元に行かせたんですが、働きながら子どもの面倒を見て私の親の介護もするっていうのはやっぱり大変みたいで。私が仕事をやめてやっと加勢ができるっていう感じです。まあ、それはそれとして、やっぱり健吾くんの将来のことも気にかかっていて。インタビューということですけど、何をおききになりたいんですか」
ふんわりした雰囲気ながら、主導権を握っていく。俺は感心しながら話をきいていた。
鳴瀬は今日のインタビューの趣旨を説明した。それは、俺が居酒屋できいていたのと同じだった。
健吾は淀みなく答えた。父親は撮影で海外に行っていて、ほぼ一年以上会っていないこと、父親の再婚相手と異母妹は国内にいるが、そちらとは父親以上に長く会っていないこと。義理の弟である藤原駆とは半年ほど前に仕事でニアミスしたが、挨拶程度しか言葉を交わしていないこと。そして、家族の誰とも健吾は連絡を取っていないこと。
「というか、お互い連絡先を知らないんですよね。ああ、駆くんのは知っていますけど、でも、やりとりはないんで」
「お父さんの連絡先、知らないんですか」
意外そうに鳴瀬が訊く。健吾は素直に頷いた。
「そうですね。父が活動の拠点を海外に移してからはわからないですね」
「それでは連絡を取りたいときに困りませんか」
「特に?用があるときは、親戚か事務所か弁護士を通じて連絡があるんで問題ないです」
「親戚?」
「父のいとこです。僕の兄貴分みたいな感じの人で。その人には昔から世話になっているんです」
「はあ……。それじゃ、義理のお母さんとか血の繋がった妹さんとか、そちらと連絡を取るときも、その親戚の方とか弁護士とかを通じてやりとりをするんですか」
「いえ、それはないです。そもそも、その二人と連絡を取ろうということが全くないので」
「家族なのに、ですか」
「そうですね、父の家族ではありますけど、僕はどうも自分の家族とは思いにくいですね、何しろ一度も一緒に暮らしたことがないので」
健吾はさらりと言った。それは事実なのだろうが、健吾のタレントとしての好感度に影響が出るのではと俺は心配になった。




