2 芸能記者
うちの事務所のビルを見張っている男がいる、と所属タレント二人が言い、その人物の画像を確認した副社長はその男を知っていると言う。
「芸能記者です。確か、鳴瀬さんとか言いましたか。私の前の職場で所属タレントがスクープを抜かれましてね。それはそのタレントも迂闊だったというか、こちらの脇も甘かったというか、時間の問題という感じのものではあったのですが、そのときに面識はあります。まあ、この人はそんなに悪い人間ではないですよ」
「はあ……。しかし、何故こちらを見張っているのか理由がわからないのは気味が悪いというか」
「そうですねえ、ではちょっと話してみますか。今、彼がどこにいるかわかりますか」
現在の映像を確認すると、隣のビルにあるコンビニに入っていくところだった。
「ちょうどいい、私が対応しましょう。藍堂さんたちは事務所で待っていてください。大丈夫になったら津和主任に電話しますから」
副社長は言うなりモニター室を出て行った。
不安そうにしている藍堂たちを会議室で待たせ、俺はマネジメント室に戻った。鎔先生はまだ社長室にいるらしい。芸能記者の件を今の時点で社長に報告すべきかどうか悩んでいると、俺のスマホが鳴った。
副社長からだった。
「もう大丈夫です、藍堂さんたちに帰っても大丈夫だと伝えてください。それと津和主任、今日はもう上がれますか」
「はあ、まあ大丈夫ですけど、どうしたんですか」
「鳴瀬氏と少し話した方がいいと思って。誠に勝手ながら、店を押さえました。私の鞄を持って店まで来てもらえますか」
「俺も話すんですか」
「ええ。お願いします」
俺は藍堂たちに、もう帰って大丈夫だと伝えると、言われた通りに副社長の鞄を持って、副社長と鳴瀬がいる居酒屋に行った。前からちょくちょく会社で使っている店だ。個室があり、人の耳がないところで飲みながら話したいときに使える。
副社長たちがいる個室に入っていくと、既に副社長と鳴瀬は既に飲んでいた。副社長はほんのり顔色が良くなっているくらいだが、鳴瀬は明らかにアルコールのせいで顔が真っ赤になっている。
鳴瀬は俺と同じくらいの身長で黒縁のめがねをかけた痩せぎすの男だった。酒が入っているのに全体的な顔色の悪さが拭えていない。年齢は四十歳くらいか。
「初めまして。私はこういう者で」
鳴瀬は俺に名刺を差し出してきた。大手の雑誌社の記者だった。俺も名刺を出した。お互いの名刺を交換しながら俺は言った。
「おたくみたいな大手がうちみたいな事務所を調べてるっていうのは意味がわからないんですけど。ライバー業界はまだメジャーとはいえないし、その中でもうちは大手じゃない」
「違うんです、この事務所のタレントじゃなくてですね、この事務所に最近出入りしているタレントのことを知りたいっていうか。氷川健吾って知っていますよね。最近、このビルに出入りするのを立て続けに目撃されている」
俺はさりげない風で言った。
「知っています。俺は昔、制作会社にいて、彼とはその頃からの知り合いで、時々俺のところを訪ねてきてくれるんです。事務所の皆も彼が俺の知り合いであることは知っています」
「そうですか。……すみませんでした、お騒がせして」
鳴瀬は謝った。副社長はにこやかに、
「いえいえ。しかし、何故氷上健吾さんを狙っているんですか。こう言っては何ですが、彼は芸能人としてどちらかというと落ち目でしょう。そんな人のスクープにどれほどの価値があるものですか」
「彼じゃないんですよ。彼の家族のことなんです、追っているのは」
「家族というと、父親の氷上甚ですか」
健吾の父親の氷上甚は、ここ数年、海外での大作に連続して出演し、日本を代表するアクション俳優の名をほしいままにしている大人気俳優だ。
鳴瀬は首を横に振る。
「氷上甚だけじゃない、氷上健吾の家族には他にも今をときめくタレントがいる」
「藤原駆ですか」
副社長が合いの手を入れる。藤原駆は氷上甚の後妻の連れ子で、つまりは健吾の義理の弟にあたり、アイドルをやっている。デビュー時には氷上甚の七光りと言われたが、持ち前のダンスのセンスで今は大人気ダンスボーカルユニットFOR-KNOTのメンバーとしてものすごい人気だ。
「そうですね、まずは藤原駆。そして藤原マリアっていうインフルエンサーがいる。藤原マリアはご存じですか」
「健吾の母親違いの妹の名前がマリアだったと記憶していますが。インフルエンサーなんですか。でもまだ小学生でしょう」
「ええ。でもかなりの美少女でインスタグラムのフォロワーもものすごい数になっている。おっしゃるとおりまだ小学六年ですが、インフルエンサーと呼んでいい」
「そんなに美人なんですか」
俺が訊くと、鳴瀬は自身のスマホでマリアのインスタのページを見せてくれた。確かに、日本人形の面影もあるビスクドールのような美少女だった。
「人気がある理由がよくわかりますね。健吾に少し似てるかな?でも、インフルエンサーとはいっても、一般人でしょう」
「そうですね。ただ、母親には彼女が中学に上がったら芸能界デビューさせたいという意向があり、大手事務所の争奪戦が始まっているという話です。……まあ、こういった面々の中だと確かに氷上健吾は一番大人しいというか、人気面では劣ります」
「健吾だって頑張ってますよ」
俺が思わず言うと、鳴瀬は少し慌てた様子で、
「いや、すみません、あなたの知り合いをけなすような物言いになってしまって。別に彼を悪く言おうとしたわけじゃないんです。というか寧ろ、私は彼のファンでして」
言いながらビールをあおり、空になったジョッキをドンとテーブルに置いて、鳴瀬は座った目で俺を見た。
「津和さんは彼を昔から知っていると言っていましたが、ナイトレイヴンは見たことがありますか」
ナイトレイヴンというのは健吾が父親と一緒に出演していた特撮番組だ。急に変わった鳴瀬の様子に内心たじろぎながら、俺は言った。
「勿論です。親子で共演するから是非見てほしいと、当時彼から連絡をもらって見ていました」
「何と、彼から直接言われたんですか。もうその頃には知り合いだったんですね。いいなあ」
さっきまでの厳しい雰囲気はどこへやら、鳴瀬はぼんやりと笑う。そんな彼のジョッキに副社長がビールを注ぐ。
「その番組は私も見ましたよ。下の子がちょうど保育園で、毎週あの番組を見るのをとても楽しみにしていました。私も一緒に見たものです」
俺は少し驚いた。この人はそういうのには興味がないと思っていた。
「副社長があの番組を見ていたのは意外でした」
「そうですか?まあ、私が前にいた事務所のタレントが出ていたので、その関係もあって見ていたんですが、あの番組の氷上健吾くんは良かったですね。父親の方も評価があれで上がったでしょう」
「鴫沢親子ですよね。親子鷹で格好よかったですよねえ」
うっとりした様子で鳴瀬は言った。鴫沢親子というのは、健吾とその父親が演じた役のことだ。氷上甚はナイトレイヴンの司令官の役で、健吾はその息子の役だった。二人とも特技の武術を生かした立ち回りがあり、主役であるヒーローを喰う勢いの人気ぶりだった。
特に健吾が演じた鴫沢レンは、そのルックスに加え父親の不在時には代わってヒーローたちに指示を出せる聡明さと武道の腕前という属性てんこもりのうえに、年上のオペレーターに思いを寄せられているのを天然ぶりでかわしながら、同級生とのほのかな恋愛模様の後に悲劇的結末を迎えるというドラマもあり、番組中随一の人気だった。
「俺、ああいう親子に憧れてるんですよね。強い父親にその跡を継ごうと頑張る息子。息子の方は十分に優秀なんだけど、ふとしたときに父親の大きさが見えるっていう。まあ、そう思うのは俺が親になったからなんでしょうけど。放映当時は子ども側の目線でレンを応援してましたね。彼のひたむきさというか、がむしゃらさというか」
「がむしゃら、ですか」
訊き返すようになってしまう。鴫沢レンはスマートで、そういう泥臭いワードは無縁そうに思えるのだが。
「そうです。鴫沢司令官がレンに剣術の稽古をつけるシーンがあったの、覚えていませんか」
ありましたね、と先に反応したのは副社長だった。
「ものすごい迫力だったのを覚えています。レンが何度かかっていっても父親にはねのけられて、最後には足蹴にされて。道場の壁に激突しても挫けることなく彼は父親に向かっていっていた」
そのシーンは俺も覚えている。画面からひりつくような緊張感が伝わってきて、その回のヒーローたちの戦闘シーンがかすんでしまっていた。ネットでもものすごい評判をとったものだが、中には虐待ではないかという声も上がるほど一方的な力を氷上甚は健吾に対して振るっていた。
後で健吾にきいたところ、実際の親子の稽古にカメラが入ったという感じで撮影されたものだったという。
鳴瀬はしみじみとした様子で言った。
「俺、たまたまテレビをつけたときにそのシーンを見たんですよ。そのときに初めてナイトレイヴンを見たんですけど、画面に釘付けになりました。中学生くらいの子がへこたれずに何度も父親に立ち向かっていく姿を見て、俺も頑張らないとって」
「頑張る、ですか。そのとき鳴瀬さんは幾つだったんですか」
明らかに俺よりも年上に見えるが。
「俺はそのとき、二十三歳でした。大学を出て雑誌社に就職して、芸能人のこととか詳しくないのに芸能部門に配属されて、上司とか先輩に怒鳴られながら仕事をしていて、心が折れかけていたんですけど、あのときくじけずに父親に立ち向かっていく鴫沢レンの姿を見て負けていられないと自分を奮い立たせて、それからは辛いことがあるとあのシーンを見返して」
「見返す」
「ええ。円盤が出たときにすぐに買いました。それだけじゃなくて、十五周年のボックスも買いましたよ」
「ボックスまで、ですか」
なかなかの値段がした筈だが。鳴瀬は苦笑する。
「まあ、妻への交渉は大変でしたけど、認めてもらって。本当は娘に布教したいんですけど、どうしたものかちょっと迷っているんです。見たら娘は絶対に鴫沢レンに惚れますよ。父親としてはちょっと複雑というか」
「鴫沢レンは一部界隈では初恋泥棒と言われていましたからねえ」
俺も知らなかったことを副社長が言う。凄いな、健吾。
「まあ、そんな感じで。俺は氷上健吾さんに悪意はないです。というか、できる限り守りたいというか、ダメージを少なくしてあげたいというか。うちの編集部の中で氷上甚の家族を記事にしようっていうことになったときに、氷上健吾さんの担当になれば、ダメージコントロールできるのではないかと思って、それで志願して氷上健吾さんについていたんです」
「ははあ、なるほど。でも、氷上甚とか藤原駆とかその妹とか、何かダメージを受けそうなスキャンダルがあるんですか」
「スキャンダル、というか。まあ、イメージが悪くなる要素はありますね」
鳴瀬は言った。




