6 健吾の10年間
巧は言った。
「まあ、一時的に見えるようにしただけだけどな。今はそれで十分だろ。お前が今見えるようになったのは妖精だ。健吾は妖精の加護を受けている血筋で、常時妖精たちがまとわりついてる。とはいえ、健吾は妖精たちの声は聞こえない。瑠璃は妖精の加護持ちじゃないが、妖精の姿を見ることも声を聞くこともできる。とはいえ、今回は役に立たなかったみたいだが」
「町の中だと妖精たちの声をききにくくなるのは知っているでしょう」
健吾が巧に少し荒い口調で言った。
俺の周りを飛び交う妖精の姿を見ながら、加護がどうとか声が聞けるとかいうのを信じないわけにはいかなかった。……というか、巧は一体何者なんだ。妖精を見せることができるようになるとか、普通じゃ考えられないだろ。でも、俺以外は巧がそういうことができると普通に受け止めているようで、俺はそこには触れないことにした。とりあえず差し障りのない反応を返すことにする。
「あー、つまり、榊木さんがいることで、健吾は助かってるのか。妖精たちが何を言っているか教えてもらえるから」
すると、皆、虚を突かれたような表情をした。巧がすぐに大声で笑い出し、健吾は嬉しそうな笑みを浮かべる。瑠璃はそんな健吾を見て嬉しそうだ。うん、君たちいいカップルだよ。
巧はひとしきり笑った後、
「うん、いいな、お前。妖精とか言われて否定するかと思ったけど」
「いやまあ、こうやっていろいろと見せられると、受け入れるしかないだろう。さっき健吾たちが空を飛んでいたのも妖精たちのおかげか?」
「それは違う」
巧は言い、健吾を見た。健吾は笑みを引っ込め、少し緊張した様子を見せながら、
「あれは魔法なんです」
「魔法。……えっと、妖精の加護とかいうのとはまた違うのか」
「はい。あの、俺、十年間、行方不明になっていたでしょう。あのとき、異世界に行っていて」
「異世界」
普段使わない単語に、俺はオウム返しになってしまった。いやいかん、きっと健吾は大事な話をしようとしているんだ。それをそんな素っ気ない感じで受けてしまっては、健吾の気持ちを萎えさせてしまう。俺は慌てて言葉を続ける。
「あ、いや。えっと、それは別の世界ってやつか?ここではないまた別の?でも、何で?」
「何で、っていうのはちょっと説明しにくいですけど、とにかく僕は異世界に行って、そこで魔法を使えるようになったんです」
「あー、つまり、異世界で十年間魔法の修行をしてきた、と?」
「修行、というのとはちょっと違うというか。まあ、結果としてそうかもしれないけど」
「若く見えるのは、魔法のおかげとかそういうことがあるのか」
ふと思いついて訊いてみる。健吾は少し困ったような表情をして、
「僕は、異世界に行っていた間、肉体的には歳を取っていないんです」
「は?歳を取ってない?」
「そうです。あっちにいる間は歳を取らないという魔法をかけられて」
「あー、なるほど。それで若く見えるのか」
まあ、とりあえずはそう言うしかない。とはいえ、納得している自分がいた。健吾はとにかく若く見える。年齢は三十歳だがせいぜい二十歳そこそこにしか見えない。前に健吾自身も言っていた。そのせいでオーディションに落ちている、と。
少し気を悪くしたように健吾が言う。
「見えるんじゃなくて、実際若いんです」
「すまん。その、異世界に行ったっていうのは、お前が行きたくて行ってたのか」
「違います。突然あっちに行かされた感じです。巻き込まれた、というか。すみません、きちんと説明できなくて」
「いや、いい。わかった。とにかくお前は魔法が使える、と。で、何だっけ。記者に追われてたんだっけか?それで魔法を使って逃げてきたということなのかな。でも、記者を魔法でどうにかするとかすれば良かったんじゃないか」
「それはちょっとできないというか、しない方がいいというか」
健吾は迷った様子で言った。巧が面倒臭そうに言う。
「そりゃ、何とかできなくはないだろうけど、健吾にやらせたら、相手が肉塊になって終わるぞ」
「はあ?肉塊?」
俺は思わず声が裏返った。巧は頭を掻きながら、
「そりゃそうだろ。こいつが使えるのは風の魔法だからな。風で相手を処すとなったら、風の刃で切り刻むのが手っ取り早いだろ。あとは、突風で相手の体を空まで巻き上げて地面に落とす、とか?まあ、どっちにしても無事じゃすまないよな。こいつの制御は甘いし。瑠璃が何とかしたとしても、廃人コースまっしぐらだしなあ」
巧の視線を受けて、瑠璃は小さく縮こまる。
「すみません。私、人を相手にするの得意じゃなくて」
「ええっと……榊木さんも魔法を使えるのか」
「はい。私は健吾さんみたいな風の魔法は使えないんですけど、結界と空間転移が得意です。あとは、治癒魔法と感応魔法も使えます」
「感応魔法」
「えっと、物の記憶とか場所の記憶とかを読むんです」
瑠璃が説明すると、巧が少し顔をしかめながら、
「お前のは使えるとはいえないだろ。制御が甘い。それに、空間転移だって、ここの結界を貫通するほどの威力はないだろ。いつもそのせいでこの辺の空に出ないとならない」
「まあまあ。瑠璃さんに適性があるのは認めるでしょ。第一、ここの結界をもろともせずに転移できる術者なんて、そうはいないよ?」
司がとりなすように言う。
俺は司と巧を見た。
「もしかして、あんたたちも魔法を使えるのか」
「多少は。健吾くんほどじゃないですけど」
司はにこやかに言う。そして健吾を見て、
「それで、記者に追われててこちらに転移してきたのはわかるけど、でもそこまでしないといけなかったの?」
「尾行を撒けなくて、瑠璃ちゃんの家までついてきそうだったんです。それで仕方なく」
「魔法を使うところを見られたら元も子もないけど」
「それは大丈夫です。人目のないところで使ったし、空間転移するときには念のため隠蔽魔法も使ったから」
瑠璃が答える。司は一つ頷いて巧を見た。
「魔法を使ったところを見られてないのはいいけど、記者っていうのは気になるね」
「ああ。健吾の父親の関係でコメントを求めて、とかかな。そうしたら女と一緒にいたから、スキャンダルのネタを掴めるかもと思ってつきまとったか」
「あの、それは困ります。私、健吾さんの邪魔になるのは」
瑠璃が怯えた様子で言う。そんな瑠璃を辛そうに健吾が見るのを見て、俺は言った。
「ただ一緒にいるところを見られただけなら大丈夫じゃないかな。もし何かあったとしても、まずは事務所が対応するだろうし」
「その事務所っていうのが風前の灯火だけどな」
巧が頭をまた掻きながら言った。




