1 リアルで会う
今日は司が働く喫茶店を訪ねていくことになっていた。路程としては、司たちの住む町に一番近い空港から最寄りの新幹線停車駅までバスで出て、そこでまた別なバスに乗り換える。そこから約一時間バスに揺られていけば、鹿鳴の町に到着だ。空港でレンタカーを借りて行けばよいのだろうが、俺一人ならまだしも、鎔先生を乗せて久しぶりの運転というのは避けた方が良いだろうということでこの行程である。
俺たちは手荷物として預けていた鎔先生のスーツケースを到着手荷物受取場で受け取ると、到着ロビーに出た。
すると、ひときわ目立つ男性二人組が到着ロビー出口近くのショップの前に立っているのが見えた。それが誰かわかると、俺は思わず足を止めた。
巧と司だった。
巧は前にオンラインで会ったときとは違って髪をきちんとセットし、服は髪の色と同じ白のスーツの上下に淡い紫のスタンドカラーシャツを合わせて着ていた。靴も白で揃えて、何て言うか、頭の先からつま先まで決めている。
その傍に控えめに司が立っていた。長い髪をゆるやかに後ろにまとめ、黒いシャツと黒いパンツの上からほとんど白に近いグレーのロングカーディガンをふんわり羽織っている。リラックスした感じの中にも清潔感が漂う。
画面越しに見ても美形だなと思ったが、この二人は直接会うと更に美形オーラが凄かった。特に巧が。そしてその傍に立っても負けない司もなかなかである。
そしてそんな二人には、その場にいた全員の視線が集まっていた。
巧はにやりと笑うと、俺に向かって話しかけてきた。
「よう。そっちのヒトが、漫画家のセンセ?」
「あ、ああ。そうだけど、何故ここに」
すると、司が柔らかい表情で、
「お二人の飛行機の便を健吾くんに教えてもらって迎えに来たんですよ。空港からうちの店まで、バスを乗り継いで来るのは大変だと思ったので」
「それは助かる。しかし、喫茶店の仕事は……?」
「それがですね、オーナーに鎔先生が訪ねてこられると説明したら、オーナーの奥さんが鎔先生の大ファンで、是非迎えに行って差し上げなさい、と」
司がそう俺に説明する傍で、巧は鎔先生に対して恭しく身を屈め、挨拶をしていた。
「初めまして。俺は巧といいます。こいつは司です。遠路はるばるようこそ。よろしくお願いします」
今まで巧のやんちゃで傲岸不遜な態度しか見てこなかった俺は、あまりに礼儀正しい巧の様子に唖然とした。
すると司が苦笑気味に、
「オーナーの奥さんが、鎔先生の漫画とか画集とか巧にいろいろ見せてくれて、それでいたく感銘を受けたんですよ。巧は、才能があると認めた相手にはきちんと敬意を払えるので」
俺と司がショップの前で話しているうちに、巧と鎔先生は空港の建物から出ようと歩き出していた。そうしながら巧は顔だけこちらに向け、いつもの調子で、
「司、お前が来ないと車を動かせないだろ。ツカズも鎔先生の荷物持ってついてこないと。なんのために来てるんだよ」
「ごめんごめん、すぐ行く」
苦笑しながら司は軽く駆けだした。俺も慌ててそれについていく。
二人は黒いSUVで迎えに来ていた。司の車だという。
巧は鎔先生が後部座席に乗る際のドアの開け閉めまでスマートにやってのけた。鎔先生が座席に座るのを見届けると、自身は当然のようにさっさと助手席に乗り込む。司は俺が鎔先生のスーツケースをトランクに仕舞う手伝いをした後で運転席に、俺も運転席の後ろの席に乗り込んだ。
車中は主に俺と司の会話が続いた。当たり障りのない世間話がほとんどだったが、その会話の中で、司は地元の国立大学に通っていること、今は四年生で週一回のゼミに行けばよく、それ以外の日は喫茶店で働いていることがわかった。ゼミの単位をとり卒論を出せば、卒業できるらしい。巧はグラハムの投資会社で役員をしているのはきいていたが、普段の生活ぶりはほぼ在宅で、司が喫茶店で働いている日にはそこに行くこともあるということだった。
「二人は、昔からのつきあいなんですか」
俺が訊ねると、巧が助手席から俺を振り返って、
「そうだけど。なあ、あんた、もっと普通に喋っていいぜ。俺もそうしてるし。健吾には結構気楽な感じで喋ってただろ」
前から思っていたが、巧と司は完全に健吾のことを年下扱いしている。巧は健吾のことを呼び捨てにし、司は「健吾くん」と呼ぶが、健吾もそれをすんなり受け入れていて、ここの関係性が不思議でならない。巧と司は二十一歳、健吾は三十歳と、結構な年齢差があるのに。
俺自身は巧たちにどう接するべきか迷いながら、まだそんなに近しい間柄ではないし、距離は保つべきと思いつつも答える。
「それは、まあ。ただ、彼とは昔からのつきあいで」
「らしいな。つきあいはどれくらい?」
「かれこれ二十年くらいになるかな」
「そんなに長いのか。てことは、あいつが子役やってた頃から?」
「いや、その前だな。その後で健吾は子役デビューしたから」
「じゃあ、近所に住んでて知り合った、とか?」
「それも違う。最初に会ったのはテレビ局だった。父親の撮影にくっついてきていて」
鎔先生が不思議そうに訊く。
「それって、津和くんがADをやっていた頃ってことよね?でも、ADがタレントの子どもさんと友だちになるって、普通じゃあり得ないと思うんだけど。何かきっかけがあったの?」
それで、俺は健吾と出会ったときのことを話した。鎔先生は相当驚いたようだった。
「まあ、そんなことがあったの。それは氷上さんが恩を感じるのは当然ね。それで、その女優ってどなた?」
「あー、いや、知らない方がいいですよ。もう表には出てないけど今でも影響力はあるし。人から聞いた話だと、俺のことは恨みに思い続けているらしいので」
巧が言った。
「あんな奴のことはおそるるに足りないと思うけどな。ほとんどくたばりかかってるだろ」
「……もしかして、巧さんはその女優が誰か知っているんですか」
「巧、でいいよ。司のことも呼び捨てで。な、司?」
「勝手に決めるなあ。まあ、いいけどね」
司はすんなりと言った。巧は、つまらない話題を続ける、といった風に窓の外を見ながら、
「勿論、まだ子どもだった健吾に手を出そうとした腐れ女の名前は知ってる。グラハムからきいた」
「ああ、なるほど」
俺が相づちを打つと、鎔先生が、グラハムってどなた?と小声で訊いてきたので、健吾の父親のいとこで実業家だと説明した。
巧は俺たちのやりとりは気にせず話す。
「グラハムはそいつに天誅でも喰らわせたいと思ったみたいだけど、そのころは日本の芸能界に足がかりがなかったからあきらめたんだよ。今だったらいろいろできるけど、今更だしな」
「もしかしてその女優はまだ氷上さんに未練があるの?」
鎔先生が心配そうに訊いてくる。俺は首を横に振る。
「そのひとは声変わり前の子どもにしか興味を持たないんですよ。だからもう、健吾がほしいとかいう気持ちはなくて、今は、過去に狙った獲物を目の前でかっさらっていった俺に対する恨みが残っているという感じですかね」
「何なの、それ。巧くん、後でいいからその人の名前、教えてちょうだい。そんな人が出ている作品のDVDなんかが家にあったら嫌だから処分するわ」
巧が小さく笑った。
「あー、なるほど。だったら、鎔先生、その女の名前は」
そして巧はその女優の名前を言った。思いも寄らない相手に、鎔先生は固まっていた。そりゃなあ。パブリックイメージとはかけ離れてるから。
少しの間を置いて、先生は小さな声で言った。
「人って見かけによらないのね」
確かに。
空港に着いたときには完全な晴れ模様だったが、山の中を走り出した頃には空は曇ってきていた。進めば進むほど空の色は黒くなっていく。
途中の道の駅で昼食を取っている最中に、ものすごい雨が降り始めた。
鎔先生が窓の外を見ながら言う。
「天気予報通りね。今日の午後からひどく降るということだったわ」
俺もそれはチェックしていた。というか、日本全国ほぼ雨模様なのだ。関東の方はここ二、三日は風も強いので、そちらでは風への警戒も必要ということだった。
こんな雨だと観光はなかなか難しいと司が言い、街歩きは少し難しそうだと鎔先生が同意する。それでもお勧めはどこかあるかと先生が訊いたとき、司のスマホに着信があった。スマホの画面を見て、司が少し顔をしかめる。
巧が言った。
「久山のおばはんから?」
誰だ、それは。




