8 空港での邂逅
名賀兆、39歳。名門私立大学卒業後、外資系に入社。その後、当時成長途中だったウミツグリに入り、三年前に社長に就任。以後、会社の業績をめきめき伸ばしている。
俺は直接会うのはこれで二回目だった。前回は、たまたま一ノ瀬社長と一緒に行動していたときに、取引先の音楽レーベルが入っているビルの前で行き会ったのだが、そのときは社長が話をしただけで、俺は話していない。
鎔先生はそれまでのにこやかな笑みが少し堅くなっていた。
「名賀さん。こんにちは」
「こんにちは。取材ですか。どちらへ」
「ええ、まあちょっと」
鎔先生は俺に目線を寄越し、立ち去ろうという気配を見せたが、名賀が機先を制して俺に目を向けながら言った。
「そちらは?ご挨拶をさせてもらっても?」
「あなたには関わりのないことでしょう。行きましょう、津和くん」
立ち去ろうとする鎔先生に、名賀は構わず言う。
「シンクロニシティ・レッスンの続きを描く話、どうなりましたか」
シンクロニシティ・レッスンというのは鎔先生の最新作で、原作を担当していた鎔先生の夫が亡くなってからは連載が止まっている。
鎔先生はわずかばかり眦を上げて言った。
「それこそあなたには関係のない話です。行きましょう、津和くん」
俺は半ば引きずられるようにして手荷物検査場へ行った。手荷物の検査を終えてゲートをくぐる。
「ごめんなさいね、津和くん。手みやげはこちらで買いましょう」
鎔先生はにこやかに、しかしすまなそうに詫びてきた。
「構いません、こちらでも十分買えますよ。……ええっと、鎔先生は名賀社長と知り合いなんですか」
「ああ……、そうね、祷子の部下なんですもの、名賀社長のことを知っていても当然ね。そうね、まあ彼は知り合いの知り合いという感じね。私の作品のファンだそうで、夫が死んだ後、漫画の原作を引き継いで書きたいと言ってこられているのよ」
「名賀社長が、ですか?でも忙しいでしょう」
「そうなんでしょうね。でも、私にとってはそういう問題ではないのよ。私と夫のことを知りもしない人に大きな顔をして引き継がれるなんて、私には許せないの。……そうだ、津和くん、あなたが続きを書いてみる?夫のことも知っているし、夫が残した資料があれば、続きがどうなりそうかわかるんじゃないかしら」
「いや、俺は」
「ふふ、冗談よ。とりあえず今は、ライバーデビューに全力を尽くさないとね」
俺は固まった。鎔先生が意外なものを見るような目で俺を見る。
「あら、祷子から、あなたのアバターのデザインを頼まれたのだけど。違うの?」
「いや、違いません。けど」
俺が口ごもるのも構わず、鎔先生が微笑みかけた。
「大丈夫よ、安心して。あなたの声に合った素敵なのにするから。あなただけじゃない、勿論、ほかの四人の分もね」
言いながら、鎔先生は肩からさげていたトートバッグの中からタブレットを取り出した。
「一人はもう描いてあるの。これなんだけど」
そこには一人の美青年が描かれていた。端正な顔立ちでスタイルも良いが、目元口元にいたずら好きそうな笑みが浮かんでいて、そこがまた魅力的に見える。
不思議なことに、これが四人のうちの誰のアバターなのか、一目でわかった。周防章だ。まだ本人の口からデビューについて直接了解の返事を聞けていないのに、鎔先生はもう描いている。というか、それぞれのアバターのバックストーリーをまだ作っていないのに、既に描かれてしまっている。
「写真を参考に描いただけだけなんだけど、こんな感じでどうかしら。勿論、直接会って描くのが良いのだけど、祷子からこの方の名前をきいて、知っていた方だったから、つい描いてしまったわ」
そう言う先生は心底楽しそうだ。
俺がおそるおそる、
「あの、実は四人にはバックストーリーというか、設定をつける予定でして。まだそれが決まっていないんです。先生にはそれを踏まえて描いていただくことになるかと考えていたのですが」
「あら、そんなの、小物とか服装が変わるだけでしょ。幾らでも描くわよ、任せてちょうだい」
先生は気を悪くした風でもなく、タブレットを仕舞った。
「それにしても、楽しみね。この方も、あなたの昔からの知り合いだっていうもう一人の方も素敵じゃない?実物の魅力に負けないような素敵なキャラクターにしないと」
「先生の絵が実物に負けるなんてことないですよ」
俺が力を込めて言うと、先生はふわりと微笑んだ。
「ありがとう。そうであるように頑張るわ」
穏やかな微笑みに対し、その声には自信が漲っていた。
巧と司の過去編「僕が巧と出会った日」と「僕が巧を思い出すまで」を投稿しました。よろしければそちらもどうぞ。




