7 社長の反応
申し遅れました、過去編「僕が巧と出会った日」を昨日公開しました。よろしければそちらもどうぞ。
司たちとの面談の後、俺は陰鬱な気持ちで社長室に行った。成り行きを話すと、社長は豪快に笑った。
「スポークスマン役のライバーを立てて、他のライバーを守る、か。で、そのスポークスマン役をお前にやらせる、と。いいじゃないか」
「いや、簡単に言いますけど、ガワはどうするんですか。鎔先生にお願いするのは無理でしょう。絵師の手配を今からするとか難しいですよ」
「鎔に頼むさ。問題はない」
「でも費用とか」
「大丈夫だ、安心しろ。とりあえずは、巧と司のキャラクターを描いてもらうことにしよう。写真は手に入れられるか」
「頼みましたけど、断られました。直接会いに来い、と言われて」
面接の最後に頼んでみたのだが、巧の返事はけんもほろろだった。確かに、デビューを了承してもないのに、写真を送ったりはしないだろう。
社長は少し首を傾げ、
「仕方ないな。二人はどこに住んでいるんだ」
「鹿鳴だそうですよ」
山陰地方の海沿いにある町だ。かなり遠い。しかし社長は、
「わかった。旅行気分で行ってくるように鎔に言おう。あいつ、今、ウチに提供するライブ2D用のキャラクター用のイラストを描くにあたって、相当入れ込んで勉強してるからな。気晴らしになるだろ。お前も世話係として同行しろ」
「氷上健吾と周防章のキャラクターはいつ描いてもらいますか。健吾はデビューを了解しているんで、もう取りかかってもらっていいんですが」
「まあ、それについてはちょっと考えがあってな。方向性が見えてきたら、私の方から鎔に話す」
一体何を考えているのかと訝しく思ったが、社長は何も言わなかった。そう言えば、副社長が言っていた。社長には何か考えがあるらしい、と。こういうときは待つしかない。
その翌日、俺は健吾に連絡した。巧たちに会おうにも、二人の連絡先をきいていなかったからだ。昨日はそれどころではなかった。
「社長さんとの話はどうなりましたか」
俺が用件を切り出す前に、健吾が訊いてきた。俺はため息混じりに言った。
「俺をライバーデビューさせることも含めて、社長はゴーサインを出したよ。とりあえずは鎔先生を巧と司に会わせてキャラクターデザインをしてもらうことになった。それで出来上がった絵を二人が見てデビューを了解してくれればそれでよし。そうでなかった場合は……頭が痛いな」
周防は他のメンバーを見てからデビューについて考えると言っていたので、巧たちが断った場合、判断そのものが白紙になると思っていいだろう。というか、巧たちと一緒にやるということ自体を彼は承諾してはいないのではないか。
「大丈夫ですよ、ツカズさん。少なくとも周防さんは、巧さんたちが承知してもしなくても、今回の話を受けようと思うって言っていました」
「は?そんな話、いつしたんだ」
「昨日の夜、周防さんから電話があって。周防さんとしては、巧さんだちが最終的にどう判断するにしろ、今回の話を受けようと思う、と言っていました。このことは、僕からツカズさんに伝えてくれていい、って。昨日、そちらの事務所を出てから、ツカズさんの事務所が上げている動画とか所属しているライバーの活動がどんななのか、あとそもそもライバーってどんなことをするか改めてをネットで調べたらしくて。ライブをやることに興味を持っていましたよ。調べるまで、VTuberも観客を入れた会場でライブをできるとは知らなかったみたいで。ただ、巧さんが言うようにトラッキング技術がもっと良くなれば申し分ないけれども、とも言っていたし、あとは、ライブでバーチャルならではの表現ができるといいって言っていました」
「そうか」
「それにしても、巧さんたちの方が先に鎔先生にキャラクターを描いてもらえるんですね。まあ、巧さんたちがデビューするかどうかは、ガワのデザイン次第だから、そういう順番になるでしょうけど。楽しみですね」
「まあなあ。それで、巧たちを訪ねていくのに、二人の連絡先を知りたいんだが」
そう伝えると、健吾は承知した。
「司さんから、ツカズさんからそういう話が来たら、喫茶店の連絡先を教えていいって言われているんです」
手回しのいいことだった。
そうして、司や鎔先生と連絡をとり、鹿鳴への二泊三日の旅が決まった。宿は司が紹介してくれて、そこを予約する。五色椿という名の、海の側の宿だった。
翌週の月曜日、鎔先生の自宅マンションまで手配したタクシーで迎えに行った。鎔先生は準備万端といった様子で、俺が迎えに行ったときには既にマンションの前に出ていた。鎔先生は少しふくよかな体型で、いつもギャザーとかフリルがたくさんついたデザインのワンピースを着ている。今日もそうだった。うちの社長は痩せぎすでいつもレザーのスーツとかパンクな感じのファッションだから、二人で行動しているときにはかなり対照的に見えるだろう。
羽田空港で少し待ち時間があり、俺は自分の荷物が入ったリュックサックを背負いながら、先生のキャリーケースを引いて歩く。先生は申し訳なさそうにしていた。
「自分の荷物なんだから、自分で運ぶわよ」
「駄目です。先生はもう結構な荷物を持っているじゃないですか」
先生はスケッチブックやタブレットが入ったトートバッグを肩からさげていた。それはそれで結構なボリュームである。
先生は苦笑いをした。
「気を遣わせてごめんなさいね。きっと祷子から私のことをいたわれとかそういったことを言われたんでしょう」
「いや、そういうわけでは。先生は、鹿鳴に行ったことはありますか」
「ないわ。津和くんは?」
「俺は二回目です。子どもの頃、一度行ったことがあります」
夏に家族旅行をするのが通例で、そのうちの一回が鹿鳴市への旅だった。歴史好きな父親が、家族を引き連れて行った感じである。
「そうだ、手みやげは用意してある?」
「すみません、用意していません」
今、事務所は七周年記念ライブの準備で大忙しで、俺もその例に漏れずバタバタしていてすっかり失念していた。鎔先生はほほえんで、
「そう。じゃあ、何か買っていきましょう。甘いものがいいかしら。あちらの好みを何かきいていない?」
言いながら保安場の手前で鎔先生が向きを変え、俺もそれについていこうとしたとき、声を掛けてくる者があった。
「鎔先生」
声のした方を見ると、一人の男性が立っていた。知った顔だ。
名賀兆。ライバー事務所大手であるウミツグリの社長だ。




