5 巧の条件
「残り二人のメンバーが決まるまで、保留というわけにはいきませんか。いや、今、声を掛けている人たちがどんな人なのか教えてもらうだけでいいので。それをきいてから考えます」
周防の言葉に、健吾が答える。
「ゲームがうまくて歌える人たちですよ。そのうちの一人は、日本舞踊の経験があります」
俺は思わず訊ねた。
「そうなのか?どっちがだ?」
「司さんです。小学校低学年からずっと続けているときいています。巧さんは、ダンスの経験はきいたことないですけど、運動神経はあるからその気になればかなりのレベルに仕上げてくると思います」
「その気になれば、って」
「だって、そうとしか言いようがないです。あの人、気分屋だから」
周防が少し首を傾げながら、
「気分屋ですか。それはつもり、その気にならないと動かないということですか。それだと、今回のデビューの件も、承知しなさそうですか」
「どうでしょう。僕は大丈夫だと思っているんですけど」
とそのとき、健吾のスマホから着信音が聞こえた。何かメッセージが届いたらしい。健吾はスマホを見て軽く笑みを浮かべながら俺に言った。
「ツカズさん、司さんからです。オンラインでの面接、再開できないかって。巧さんが、今回の件に参加する他のメンバーを見てから決めたいと言っているそうですよ。周防さん、どうしますか」
「望むところです。是非会ってみたい」
周防が胡散臭い笑みを浮かべるのに、俺はいやな感じを受けた。社長が何かを企んでいるときと似ている。
だが、周防も他のメンバーが決まるまで態度保留と言っているし、渡りに船と思うしかない。
さっき巧たちと会ったときと同じように、会議室のモニターに健吾のノートパソコンを繋ぐ。さっきと同じオンラインの会議室に入ると、司と巧は最初から二人で画面で映っていた。
画面に映った二人を見て、周防は少し表情を動かし、鈴木は「すごい、かっこいい」と呟いていた。
巧が俺を見て口を開く。
「さっきはどうも。楽しかった。あんたも社長さんも、なかなかの腕だな」
「いや、お恥ずかしい。最近練習をしていなくて、あんな体たらくでしたが」
「じゃあ、練習して再戦な。社長さんにも伝えておいてくれ。で、あんたの隣にいるのが最後の一人ってことか」
巧に目を向けられて、周防が好感度マックスの笑顔を浮かべて言った。
「初めまして。周防章といいます。あなたは?」
「俺は巧。こっちは司。で、あんたは今回の件、参加ってことでいいのか?」
「そうですね、他のメンバーが決まるまで保留ということにしているんですが」
「何か心配なことでもあるのか?」
「一緒に活動するのだから、気にするのは当然でしょう。そちらもそうなのではないですか。他のメンバーを見てから決めたいということなのでは?」
「まあな。でも、今、決めたわ。俺が今から言う条件をそっちの事務所が呑んだら、今回の話を受ける」
「ちょっと、巧」
隣の司が少し呆れたように言う。巧は少し気分を害したように、
「何だよ、お前は嫌なのかよ。俺がやるんだったらお前はやるんだろ」
「それはそうだけど、でも、今巧が言ったのは、巧が言う条件を向こうが呑んだら、巧はアイドル活動なら何だってやるってことだよ。大丈夫?」
「うん……そういや、アイドル活動って何すればいいんだ」
巧の返しに、司は呆れを隠しもしなかった。
「やっぱり。そんなことだと思った。あの、津和さん。それと周防さんもきいてほしいんですけど。僕らは配信はできます。ゲーム配信ですけど。でも、会話でリスナーを楽しませられるかはよくわかりません」
俺は言った。
「別に構いません。今まで通りの配信をしてもらって、時々日本語で話してもらったら」
「そうですか。わかりました。それと、コンサートをしようということですから、歌だけじゃなくてダンスも求められますか」
「はい。歌もダンスもレッスンを受けてもらうことになります」
ここは譲れない。
司は困ったような表情をしていた。
「僕は今いるところを長くは離れられないんですよね。大学も週一回は行かないといけないし、喫茶店の仕事を続けないといけないし」
「お前がやらないといけないわけでもないだろ。おっさんが道楽でやっている店を雇われで任されているだけなんだし」
巧が言うが、司は小首を傾げながら、
「巧はいいの?配信は今まで通りだとしても、歌は多分、事務所が用意した歌を歌うようになるよ。今までみたいに気ままに歌って終わり、という訳にはいかない。あと、巧はダンスの経験はないよね」
「そんなの何とかなるだろ。グラハムに言ったら、ダンスの講師は紹介してもいいってさ」
「もうグラハムに言ったの?」
健吾が驚いたように訊いた。巧は鷹揚に頷く。
「そりゃ、あっちの会社との契約もあるからな。一応、意見をきいてみた。そしたら、好きにしろってさ。そうだ、健吾、お前のことは言ってないから。グラハムには自分で言えよ。まあ、いいタイミングなんじゃねえの。グラハムもあの女につきあうのはもう疲れたとさ。じきに事務所を畳む話が来ると思うぜ」
「そっか。でもそうしたら父さんはどうなるんだろう」
「さあ。個人事務所でもやるんじゃないか。あの女にできるかどうかは知らないが。まあ、どうでもいい話は放っておいて、さっきも言ったけど、俺は条件を呑んでもらったら配信と歌とダンスはする。コンサートも出る。それでアイドル活動とやらは大丈夫だろ」
「ありがとうございます。……で、条件というのは?」
俺はおそるおそるきいた。報酬の面でとてつもない金額とか言い出したりしたらどうしよう、などと心配しながら。
巧は指を三本突き立ててみせた。
「俺が出す条件は三つだ。まず一つ、俺は不細工なアバターの声をやる気はない。俺のアバターは俺が満足いくデザインにしろ。当然、司のアバターも俺のと釣り合うのにしろよ。二つ目は、お前らの事務所の3D技術の向上だ。よその事務所と比べて、お前らのところの技術は弱い。そこはグラハムの関連企業で強いところがあるから、そこと技術提携して、俺たちがライブをするまでに満足のいくものにしろ。それから三つ目は、ライバーと事務所の間に立つスポークスマン的役割のキャラクターをVTuberとしてデビューさせて、そいつをリスナーとの間に立たせることで俺たちも含む所属ライバーを守れるようにしろ。あ、それと追加の条件があった。今のグラハムのところで働くのは続けさせてもらうから」
「じゃあ、僕も。喫茶店は続けさせてもらうということで」
「ええ、その点については構いませんよ」
健吾と周防にだって今の仕事をやめてくれとは言っていないし。
それはそれとして、俺は怪訝に思った。巧が言ってきた最初の二つの条件はわかる。だが、三つ目は一体何だ?何故巧はそんな条件を出してきた?




