3 周防の質問
周防が差し出した名刺には、「心霊調査 宿り木」と書かれていた。周防の説明ではそこは心霊事件の調査事務所で、周防はそこの調査員ということだった。
周防は爽やかに、
「これはうちの実家の家業なんです。うちの分家がこっちで事務所を開いていて、僕は今、主にそこで働いているんです」
その傍で鈴木が口早に抗議する。
「周防さん、今その話をするんですか……!」
「だってこうでもしないと今から話すことをきいてもらえないでしょう。それに、もし今回のスカウトの件を受けるのなら、知ってもらわないと」
「それはそうですけど、でも、スカウトの件を受けてから話したので良かったのでは」
「そうはいきませんよ。それはフェアじゃない。まあ、それはさておいても、看過できない状況があるように見受けられたので、お訊ねさせていてだいているわけですが」
「今回たまたま津和さんたちの体調が悪かっただけで、そういう話のせいではないかもしれないでしょう」
「行道くんは僕の能力を信じていないんですか」
「勿論、信じています。というか、知っています。でも」
心配そうに鈴木は俺を見た。俺は首を傾げながら、
「よくないもの、ってのは、もしかしてお化けとかそういうことですか」
名刺の肩書きからするとそういう話だろう。周防は胡散臭い笑みを浮かべながら、
「まあ、人ならざるもの、という言い方がしっくりきますかね。そういうものの存在は信じておいでで?」
「いやー、俺はそういうの全然わからないんで。だから、信じてはいないけど頭から否定することもしないっていう感じですかね」
「それでいいですよ、十分です。それで、あなたと氷上さんはさっきよくないもの……いや、よくないというのとはちょっと違うかな。途方もないもののせいでああなったのではないかと思うんですが」
「もしかしから、ただのVR酔いだったのかもしれませんよ」
面倒くさい話が始まりそうな気配がしたので、俺は言ってみた。が、周防は胡散臭い笑みのまま、
「でも、あなたも氷上さんもVR酔いする体質ではないんでしょう?まあいいですよ、VR酔いしない体質の人間二人がたまたま二人揃ってVR酔いしただけかもしれませんしね。その可能性は否定しません。でも、さっき確かに何かの気配を感じたんです。あなたや行道くんの話からすると、この場所や機材のせいでもなさそうだし。そうだ、ゲームの対戦相手は大丈夫だったんですかね」
「大丈夫か、とは」
「あなたたちみたいに気を失ったりしていないかということですよ」
「それは……そんなことは起きないと思いますけど。向こうはしょちゅうFPSの配信をしている人たちだし」
「無事かどうかの確認はできますか」
「それは、健吾に……氷上健吾くんに言えば、連絡をとれると思いますが」
「氷上さん?そう言えば仕事の話でここに来ていたと言っていましたね。それがどうして一緒にゲームを?」
周防はしつこくきいてくる。俺は段々といらいらしてきた。新しいプロジェクトの面接のために来てもらっている筈なのに、何でゲームの話ばかり延々としているのだ。
俺は言った。
「成り行きですよ。氷上くんと一緒にオンラインでスカウト相手に会っていたんですけど、そのうちに、ゲーム内で戦うことでお互いに人となりがわかるだろうっていうことでゲームをすることになったんです。氷上くんがいたのは、その相手を紹介してくれたのが彼だったからです」
「氷上さんの紹介?相手は芸能人ですか?」
「いえ。芸能界とは関係のないところで知り合ったって言っていましたけど」
「そうですか。では、氷上さんに今すぐ連絡を取ってもらえますか。よくないものの影響がゲーム相手に出ていたら危ないので」
周防は胡散臭い笑みを崩さない。俺は眉間にしわを寄せながらその胡散臭い笑みに対峙してみた。が、周防の笑みは揺るがなかった。どうやら言う通りにしないと話は進まないらしい。
俺はスマホを取り出し、健吾に電話を掛けた。健吾はすぐに出た。まだこの建物の中にいるのか?どうやら屋外にいるのではないらしい。
「あ、ツカズさん。今、そっちはどんな感じです?周防さん、デビューの話は何て?」
「それがだな、周防さんがさっきのゲームの対戦相手は無事かと気にしていて」
「無事ってどういうことですか」
「んー、何というか。周防さんはだな、その、さっき俺たちが気を失ったのはよくないもののせいではないかと言っていて」
「よくないもの」
健吾がオウム返しに言ってきたのをきいて、俺は馬鹿げたことを言ったみたいな気がして妙に気恥ずかしくなってきた。
「いや、その何というか。人ならざるもの、というか。周防さんの説明はそういうことだったな。何でも、そういうのを調べる事務所の仕事を最近はしているそうで」
「人ならざるもの」
健吾がまたオウム返しで言う。呆れているのだろう、そこから先の言葉が続かないでいる。
俺はその沈黙が怖くて、思いついたままに喋った。
「そう。そのせいで俺もお前もさっき意識を失ったんじゃないかって。それで、もしかしたらゲームの対戦相手も同じように意識を失っているかもしれないから、大丈夫かどうか確認できないかって」
「巧さんたちなら大丈夫ですよ。というか、さっき社長室を出たときに僕のスマホが鳴ったでしょう。あれ、巧さんですよ。司さんのスマホを使ってすぐに掛けてきたんです。こっちの状況についてものすごく興味深そうにしていて、僕たちがゲームをやっていた部屋には誰がいたんだ、って。それで、ツカズさん、大丈夫ですか。ライバーデビューの話、周防さんにできてますか。その様子だと、全然そっちの話ができていないんじゃないかと思いますけど」
そのとき、テーブルを挟んだ俺の向かいの席でこちらの様子を窺っていた周防が言った。
「氷上さんはまだこの建物の中にいるんですか?もし時間が大丈夫なら、一緒に話せたらと思うんですけど。行道くんが持ってきた仕事の話、氷上さんも関わっているのでは?」
周防の提案は、俺からすると渡りに船だった。
俺は健吾に、今俺たちがいる会議室に来て、一緒に話ができないかと伝えてみた。健吾が同意したので、俺が会議室の場所を伝えようとしたとき、会議室のドアがノックされた。俺が返事をするよりも先に、周防がどうぞ、と呼びかける。
すると、ドアが開いて、健吾が入ってきた。さっき巧たちとの通信に使ったパソコンがそのリュックから顔を覗かせている。
健吾はスマホの通話を切り、俺の隣に座ると言った。
「すみません、僕も話に参加させてもらうということでいいですか」
「ああ、予定以上に時間をもらって悪いな」
「大丈夫です。えっと、改めて、周防さん。お久しぶりです。二年ぶりですか。最近は芸能活動をやっていないようですけど、どうされたんですか」
「ちょっと家業を手伝っているんです」
言いながら、周防は健吾にも名刺を渡した。健吾は怪訝そうにそれを見る。
「心霊調査……?」
「ええ。実はうちの一族はお祓いとかそういうのをやっていて。最近は僕はそちらの仕事ばかりなんです」
「じゃあ、もう芸能の仕事はしないんですか」
「いや、チャンスがあれば勿論やりたいですよ。今でも歌とダンスのレッスンは続けているし。それで、今回、行道くんから僕に仕事の話があるときいて、実は期待して来たんですよね。ここはライバー事務所だから、ライバーとして活動しないかっていう提案があるのかなと思って」
「それって、ライバー活動をやってみようという意向があるということですか」
健吾が訊く。周防の隣に座っていた鈴木は、期待を込めた視線を周防に向けていた。
周防は頷いた。
「ええ。活動の中で歌とダンスをやらせてもらえるんなら。ただ、今回のお話は本当にライバー活動のお誘いということでいいんですかね?さっきの社長室の件があって、実は僕の家業の方の仕事の依頼なんだろうかって思ったりしているんですけど」
思いもよらない周防の言葉に、俺は思わず眉間に皺を寄せた。どういう意味だ、それは。




