2 四人目
気がついた時、俺は社長室の床に横になっていた。
「もう大丈夫かな」
周防章だった。動画できいたのと同じ、豊かな響きと甘さのあるテノールの声だ。
俺は辺りを見回した。俺が横になっていた隣には健吾も寝かされていた。こちらは目を閉じたままである。
周防はそちらに手をのばそうとしたが、何かに弾かれたようにすぐに引っ込めた。
「こちらは介入はできない、と。どうしたものかな」
俺はゆっくりと起きあがった。そこに、やはり俺の傍に膝をついていた社長が声を掛けてきた。
「大丈夫か」
「はい、まあ。……これは一体?」
「お前たちがログアウトしてくるのを待っていたら、こいつと周防章が部屋に入ってきてな」
と、隣に縮こまるようにして控えていた鈴木を顎でしゃくって示す。
「周防がものすごい血相で今すぐにお前たちのゴーグルを外せというから、ゲーム中だと言ったんだが、意識はちゃんとあるかと訊かれて。それでお前たちに話しかけてみたら二人とも反応がなくて、慌ててゴーグルを外したら、二人とも意識がない状態で。それで、ゆっくりお前たちを床に寝かせて、救急車を呼ぶかと話していたところだが」
社長の言葉を引きついで、おどおどした様子で鈴木が、
「あの、周防さんが何とかすると思ったんで、少し待ってもらうように御願いしたんです。救急車を呼んでも何にもならないのに呼んだら、救急隊の人たちに申し訳ないですから」
「私にはこいつの言い分は理解不能だが、周防がお前の顔の上に手をかざして少ししたら、確かにお前は目をさました。それは事実だ。で、氷上健吾の方はどうだ」
社長は周防に話しかけた。周防は目を眇ながら、眠り続ける健吾を見ていた。
「まだ目をさましませんね。ただ、彼は自分で帰ってこられるとは思いますけど」
そこに、鈴木がおそるおそるといった様子で俺に話しかけてきた。
「あの、大丈夫ですか」
「ああ、まあ。……何で彼がここに?」
俺は目で周防を示した。鈴木は相変わらず縮こまった様子で、
「周防さんが約束の時間より早く来たので、会議室に案内して一緒に面接の時間まで待っていたんですけど、突然周防さんがこの建物の中に行かないといけない場所があるって言い出して。周防さん一人を行かせるわけにはいかないから僕もついていったら、社長室まで来たんです。それで、津和主任とあっちの人がゴーグルを着けてゲームをしていているのを見た周防さんが、お二人からゴーグルを外すように社長さんに言って。社長さんがお二人に話しかけても反応がないから、これはまずいってことになって」
うん……?VR酔いでもしたのか。
周防は俺を見た。
「気分はどうですか」
「ああ、別に問題はないが」
「一体何があったのか教えてもらえませんか」
「何って……FPSをやっていただけだが」
「FPSですか。その中で何か変わったことはありませんでしたか」
「変わったこと、と言われても。そうだな、ゲームの場面がいきなり変わったが、それはまあ、そもそも独自に作ったオリジナルのゲームだったようだから、そういうこともあっておかしくないんじゃないかな」
そのとき、健吾がむっくりと起きあがった。少しぼんやりしている様子だったが、すぐにスマホをポケットから取り出すと、誰かに電話し始めた。しばらくのコールの後、相手は出たようだった。
「もしもし、瑠璃ちゃん?大丈夫?」
どうやら、巧にゲームに誘われてVR酔いをしていた知り合いに電話したらしい。少し話をした後で、健吾は今日必ず訪ねていくから、と相手に伝えて電話を切った。そこで少し息をついていたが、やがて気がついたようで、俺たちを見た。
「えっと……これってどういう状況ですか。というか、周防さんがどうしてここに?」
「こんにちは、お久しぶりです、氷上さん。今日は知り合いからここの事務所に仕事の話があるときいて来たんですけど。氷上さんこそどうしてここに?」
「僕は、僕も仕事の関係で来ていたんですけど。えっと……」
健吾は説明を求めるように俺を見た。俺は肩をすくめてみせた。
「俺たちはゲームの途中で意識を失っていたらしい」
「それだけなら問題はないですけどね」
周防は立ち上がった。
「FPS、と言われましたけど、ネットで誰かと対戦をしていたということですか。ここで氷上さんとそこのあなたが対戦していたわけではない?」
「ああ。外部の人と対戦していた」
「そうですか。この部屋でゲームをしていて、今までにおかしなことがあったことは?」
社長が少し肩をすくめて見せる。
「おかしなことっていうのがどんなものを指しているかはわからないが、特に何かがあったという記憶はないな」
「今みたいにゲームをプレイしていた人が突然意識をなくした、とかは?」
「ないな。元々この部屋で私以外の人間がゲームをすることがほぼないんだ。私以外でこの部屋でゲームをプレイしたことがあるのは、そこの津和くらいだな」
周防は私を見た。
「あなたが今までこの部屋でゲームをしていて意識をなくしていた、ということは?」
「ない」
「あなたは、VR酔いをしやすい体質ですか?」
「いや」
「なるほど。氷上さん、あなたは今までにこの部屋でゲームをした経験は?」
「この部屋に入ったこと自体が初めてですよ」
「VRに弱いということはありますか?」
「いいえ」
周防は考え込む。
社長が言った。
「とりあえず、大丈夫そうならこの部屋から移ったらどうだ。今日、会う約束をしていたんだろう。話はきちんとした部屋でしろ」
社長の言葉に周防は黙っていたが、やがて、わかりました、と言った。
俺たちが社長室を出て、更にその前室にあるマネジメント室を出ようとしたとき、健吾のスマホが鳴った。健吾はそれを見てすぐに出た。
「もしもし。どうかしましたか。え、ツカズさんですか?今、傍にいますけど、でも今から話をするのはちょっと難しいです。お客さんが来ていて。え、お客さんがどういう相手かって……」
困った様子で電話に応対しながら、健吾は俺たちとは反対の方へと廊下を歩いていく。まあ、健吾は周防との面談とは無関係だから問題はない。というか、司たちとの面談は、あれはどう考えればいいのか。尻切れトンボみたいになってしまったが、また会ってもらえるのだろうか。健吾に後で確認しないと。
しかしその前に、周防との面談だ。俺と周防と鈴木の三人で、司との面談で使っていた会議室に入った。鈴木が同席するのは最初から決まっていたことだった。周防の説得に力を貸してくれるとの申し出があり、俺は鈴木の応援を大いに当てにしていた。
まずは無難に俺は自己紹介をした。周防は俺をじっと見ていた。明らかに品定めされている。愛想笑いの一つもなく俺を見続ける周防に、隣に座っていた鈴木が焦ったように言う。
「周防さん、こちらの津和主任が、貝塚先生を紹介してくれたんですよ。お礼を言わないと」
貝塚先生、ときいて俺は内心首を傾げた。それはうちの顧問弁護士の名前だが。……もしかして。
「前に、知り合いがSNSで攻撃されていて開示請求を考えているから、うちの顧問弁護士を紹介してほしい、っていう相談を受けたが、それは周防さんのことだったのか」
「はい。そうなんです。本当に助かりました。事務所に所属していたら顧問弁護士に御願いできるんですけど、その頃には周防さんは事務所をやめてしまっていたので。周防さんの家の弁護士はそういう手続きは詳しくないそうで」
「そうか。それで、どうなった。目処はたちそうか」
「はい。貝塚先生に御願いして、手続きは進んでいるんです。ね、周防さん?」
鈴木の問いかけに、周防は小さくため息をついた。
「それは僕の個人的な話ですよ。勝手に喋らないでください」
「でも、津和主任はいい人ですよ。絶対によそには漏らさないと思います。それに、所属タレントになったらいろいろお世話になるんだし、話しておかないと」
「まだ承知していないんですけどね。まあ、行道くんの言うことだから、信用しますけど。とりあえず、まずは挨拶を。周防章といいます。こちらの鈴木行道くんの家の店子です。今日は大家さんから仕事の紹介があるというので来ました」
「周防さん!」
「だって事実でしょう」
焦る鈴木に対し、周防は冷静だ。
「それで、仕事の話に入る前に、さっきのパソコンがたくさんあった部屋でのことなんですけど。あそこはどういった部屋なんですか。普段は何に使われていて」
「ああ、あそこは社長室ですよ。社長の趣味でゲームができる環境が整っているんです」
「社長さんがあの部屋でゲームをしていて、さっきのあなたと氷上さんみたいなことになったことはないですか」
「ありませんね」
「最近新しく機材が入ったとかそういうことは?そのせいで機械の調子がおかしくなったとか」
「いや、ないですけど。何ですか」
俺は怪訝に思って訊ねた。が、周防は俺の問いかけには答えず、鈴木に訊いた。
「行道くんはこの社内でさっきの津和さんや氷上さんみたいになった人のことを見たり聞いたりしたことは?」
「ありませんけど。……まさか」
「ええ。あれは、よくないもののせいではないかと」
俺はぽかんとして訊き返した。
「よくないもの?」
「周防さん!」
鈴木が悲鳴のような声を上げた。周防はそんな鈴木に構わず、ジャケットの内ポケットから名刺入れを取り出すと、そこから一枚の名刺を取り出し俺に渡してきた。
「申し遅れました。僕はこういう仕事もしているんです」
そこには、心霊調査 宿り木 と書かれていた。




