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そう言って、真梨はふいっと目線を外した。
はさりと艶やかな黒髪が舞い、隠れていた耳が姿を表す。羞恥のせいか、紅色に染まっていた。
──渡辺さんが緊張していたのはこれを言い出そうとしていたから?
隼人はさらに思考する。
一緒にクリスタルを選ぶということは、一緒に出かけるということだろうか?
二人で? まるでデートではないか。
真梨はそのことに気づいているのだろうか?
気づいているから緊張したのだろうか?
いや、それ以前に、隼人と真梨はろくに会話したこともない。
純粋に親しくない相手に同伴をお願いするのには勇気がいるからでは──、
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯何か言って欲しいわ」
隼人は停止し、言葉が出てこない。真梨は反応しない隼人を赤い顔のまま睨みつけた。
「──え⁉ ああ、く、クリスタルだろ? でも、なんで俺と?」
硬直から立ち直った隼人はなんとかそう返す。
「あなた、DBT強いでしょ。意見を聞きたいの。DBTをしている知り合いはいるけれど、その人はちょっと──」
真梨は顔をしかめた。頼れる人物ではないらしい。
「そ、そういうことか。なら、亮太も誘って行くか」
隼人は意見を出した。
真梨の買い物に同伴すれば、その折に優等生である真梨がDBTをしている理由を聞けるかもしれない。
DBT関連で自分に話しかけてきたということは、大会で会ったこと自体を無かったことにしたいわけではないらしい。
亮太を連れて行けば、気まずさも多少和らぐだろう。だが、真梨は首を横に振った。
「それだと、あなたは篠崎君とばかり話すわ」
「そんなことは──」
「それに、私はあなたの意見が聞きたいの。私と対戦して、私の戦い方を分かっている、あなたの」
確かに真梨の言い分は一理ある。亮太がいると隼人は亮太とばかり話すだろう。
また、その人の戦い方をわかっていないと、どのクリスタルがいいのか助言できない。
残念ながら亮太が真梨に適切なアドバイスはできないだろう。
「でも、いいのか?」
隼人は問いかけた。それだと二人きりになってしまうという意味で。
「あなたさえ良ければ。私は気にしないわ」
真梨は平然と答えた。男子にお願いをするというハードルを越えたからか、もう顔に羞恥は見られない。
こうも真梨が堂々としているのに、自分が恥ずかしいと断るのは敗北感から憚られた。
「分かった。力になれるかわからないけど、付き合うよ」
「⋯⋯ありがとう。日曜日、空いてるかしら」
「大丈夫だ。ホビキンか?」
クリスタルを買うとして、真っ先に隼人の頭に浮かぶのはホビーキングダム。
だが真梨はやんわりと否んだ。
「そこはこの前見たからいいわ。⋯⋯行ってみたいお店があるの」
「でも、ここら辺にいい店あったか?」
『いい店』というのは、中古のクリスタルを売っている店である。
DBTのクリスタルは通常、ブースターにランダムで販売されている。
そのため、明確な目的のもとクリスタルを買う場合、トレーディングカードゲーム同様、中古品を探すことになる。
しかし、中古のクリスタルを扱っている店はなかなかない。カードゲームと違い歴史が浅いためである。店を探すのも一苦労なのだ。
そんな隼人の思考を遮るように、真梨が言葉を発する。
「新都心のマユーンよ」
「ああ⋯⋯!」
『新都心のマユーン』とは、さいたま新都心駅に外接する巨大な商業施設だ。いわゆるショッピングモール。
『マユーン1』、『2』、『3』の三つの建物から構成され、食料品から電化製品などの生活必需品から、トランプやパズルなどの娯楽品まで、様々な商品が販売されている。
その中に、最近ゲームショップがオープンしたらしい。
大きさ自体はホビキンと大差ない。だが、豊富な商品を取り扱っているそうだ。中古のクリスタルも数多く店頭に並んでいるらしい。
「じゃあ、新都心駅に集合か?」
「ええ。十時半でどうかしら」
「りょーかい」
「⋯⋯ありがとう。よろしくお願いするわ」
真梨は口元を僅かに綻ばせる。
「まあ、気にしないで」
隼人もつられて微笑する。
そんな折、隼人が開けた教室の窓の外から、登校してくる学生の喧騒が聞こえ始めた。
それに反応し真梨はもう一度「よろしくね」と言ってから、自分の席へ戻って行った。
やはり学内でDBTの件を広めたいとは思わないらしい。
隼人は真梨に悟られないよう、張り詰めていた気を息に乗せて吐き出す。今まで全く話すことのなかった人物との会話は精神力を使う。
続けて窓から入ってきた爽やかな空気を吸い込みリラックス。
「──あ」
通常の思考に戻り、結局真梨に質問できていないことに気付く。
だが、日曜日に聞くタイミングはいくらでもあるはずだ。今でなくても問題ないだろう。
逃げの考えで隼人は自身を納得させる。
そして時間の経過とともに喧騒は、校門から校舎、そして隼人のクラスにも徐々に伝播していった。
「おす隼人。今日早くね?」
「まあな」
登校してきた亮太に声を掛けられる。
亮太には話しておくべきだろう。
「亮太。俺、渡辺さんと出かけることになった」
「は? どーした?」
突然の隼人のカミングアウトに、亮太は目を白黒させる。
「今日朝早く来たら、渡辺さんと二人きりになってさ。クリスタル選びの同行を頼まれた」
「なるほどわからん」
「おい」
「つーかそれデートだろ? よかったじゃねーか」
隼人の話を聞いた亮太がニヤつく。
大方面白いことになったと楽しんでいるのだろう。
「デートじゃない。──俺も勢いで了承したけど、よくよく考えれば結構キツくないか? 全然話したことないんだぜ?」
「DBTトークができんだろ? よゆーだろ」
「そうはいってもな⋯⋯」
「いいから行って来いって。お前ならうまくやれるさ」
亮太は隼人の肩に手を置き、同行を促した。
「亮太──」
「面白ハプニング、待ってるぜ」
「それが本音だろ!」
期待と不安、二つの想いに板挟みになりながら、隼人は一週間過ごしたのだった。




