1─2─6
「落ちないの⋯⋯⁉」
しかし不死鳥は陸龍の攻撃などなんでもないかのように悠然と佇んでいた。
真梨が隼人の思いを代弁するかのように驚きを露わにしている。
「これくらいじゃ『フェニックス』はびくともしないぞー」
琴葉は楽しげだ。肘を卓上に乗せて手をフリフリしている。
どうやら『フェニックス』のクリスタルは偏重の上に相当な重さらしい。
《ピンショット》の手応えから、少なくともブレイクタイプ程度の重さがあると隼人は予想する。
『ドラゴニル』も二倍のゾーンに留まったが出目がバランスタイプゆえ『フェニックス』に劣る6。よって12点だ。
なんとか点を取らなくては。
2ndラウンド。隼人は『ガァルーダ』を《スピンシュート》で放つ。巨大な怪鳥が天を舞い、闘技場外周部へと降り立つ。
出た目11により22点が手に入る。
「『ガァルーダ』かー! 鳥勝負だね!」
「はい! 負けません!」
琴葉は再び『フェニックス』のクリスタルを放つ。琴葉の手から離れたクリスタルはかなりの回転力を持っていた。
重さの偏りのため『フェニックス』は不規則にフィールド内を動く。それはまるで華麗な乱舞。
『ガァルーダ』へと優雅に近づき一撃入れる。『ガァルーダ』は不死鳥の炎に焼かれ、踠き声を上げながら場外へと吹き飛ばされる。
『フェニックス』が得た点は18。『ガァルーダ』は点を全て失った。
「ぐっ⋯⋯」
隼人は呻き声を上げる。
これにより2ndラウンド終了時点で隼人は計12点、琴葉は39点だ。大きく引き離されてしまった。
「まだまだ行くよー!」
3rdラウンド。琴葉が余裕の笑みで不死鳥をフィールドへと飛翔させる。
『フェニックス』のクリスタルは相変わらず相当のスピンが掛けられていて、静止するまで時間がかかった。
不規則に移動しつつもまたもやフィールド最外部、ボーナスが×2の地点──隼人の目の前に収まる。
「⋯⋯⋯⋯」
その様子を真梨が真剣な面持ちでじっと見ていた。おそらく隼人と同じことを考えているのだろう。
──流石におかしい。
『フェニックス』はその偏重さにより必ず9が出る反面、動きもランダムになってしまいコントロールが非常に難しいはずだ。
狙った場所にクリスタルを放りやすいテクニック、《スナップショット》でさえ『フェニックス』を完全に御することはできないだろう。
それにも関わらず琴葉の『フェニックス』は毎回フィールド最外部、琴葉の思惑どおりに動いているといえる。
一体どんな仕組みがあるのだろうか?
隼人は場内の『フェニックス』を凝視する。しかしこれといった変哲は見受けられない。
ともすれば、プレイヤーである琴葉に何かあるのだろう。
琴葉は相変わらずにこにこしている。変わったところは見つからない。
──否、もっと集中して探すのだ。そこに勝利へのヒントが存在するはず。
「そんなに見つめられると照れちゃうなー」
琴葉は両肘を付き、両手で顔を支えながらからかうように微笑んだ。
「すっ、すいません!」
長い間琴葉を直視していたらしい。隼人は恥ずかしさでパッと視線を逸らした。
「松川君。あなたも『フェニックス』の異常なコントロールが気になったんでしょうけど、女の人を凝視し続けるのは良くないと思うわ」
「はい、気をつけます⋯⋯」
真梨の視線が突き刺さる。大会で出くわした時のような冷たさだ。
「真梨ちゃんジェラシー?」
「お姉ちゃんてきとう言わないで」
琴葉の言葉を真梨はバッサリ切る。
そんな二人を横目に隼人は深く息を吸う。気持ちを切り替えるためだ。
「⋯⋯よし!」
隼人は空のリターンマッチを試みる。『ガァルーダ』のクリスタルに平行回転を掛け、『フェニックス』との接触を避けるよう意識して放つ。
怪鳥は闘志を不死鳥の炎以上に燃やし、天空を飛び回る。猛々しく風を切って得た点数は不死鳥の18点を凌ぐ22点。場外ギリギリの場所で怪鳥は勝利の雄叫びをあげる。
34対57。僅かだが差は縮まった。
4thラウンド。隼人は『ガァルーダ』をフィールド端へと《スピンシュート》。
場外に弾き出される可能性は高くなるが大きな点数差のため、高得点を狙いに行かざるを得ない。
主人の気持ちに応えたのか、怪鳥は《スピンシュート》下でも確率二分の一の11の目を出してみせた。ボーナスで二倍され22点となる。まだ勝負は分からない。
「いっくよー!」
琴葉が陽気な声とともに投げる動作を開始する。
──『フェニックス』におかしなところは無かった。高い制御力のタネは琴葉にあるはずだ。
隼人は琴葉の一挙一動に注視する。先程注意されたばかりだが、いやらしい目的はないため少しの間見つめることには目を瞑ってもらおう。
大きな回転モーメントを得た『フェニックス』がフィールドへと投げられ、着地。移動を始める。
隼人は『フェニックス』に目が移りそうになるのをグッと堪えて対戦相手を観察する。
彼女はテーブルに肘を付き、クリスタル──『フェニックス』の動きを見ていた。
一見変なところは無いように思えるが、琴葉の表情は真剣だった。
そこに違和感を覚える。対戦中でも気楽に笑っている彼女らしくない。
──この段階で何かしている?
隼人は思考を巡らせる。クリスタルが場内にある状況で使えるテクニックは──
「────《スラントプレス》?」
「あったりー!」
『フェニックス』のクリスタルが『ガァルーダ』のクリスタルを押し出し止まったタイミングで隼人が結論に達する。
琴葉は元気良く肯定した。
「《スラントプレス》って⋯⋯?」
対戦を見ていた真梨が小首を傾げる。
「真梨ちゃんそれはねー、大いな──」
「松川君」
自信満々に答えようとした琴葉を真梨が遮り、隼人の方を向いた。
「ひどいっ」
「得意げなお姉ちゃんが正しいこと言うとは思えないもの」
「うっ⋯⋯あははー」
琴葉の抗議を真梨は退ける。図星だったのか琴葉は苦笑い。
隼人は再び真梨の視線が向けられるのを感じて口を開いた。
「《スラントプレス》は 机に体重を掛けて僅かに傾かせ、クリスタルをコントロールする高等テクニックだ」
琴葉は肘をテーブル乗せていることが多かった。きっとそれで体重を掛けていたのだろう。
「高等?」
真梨が尋ねる。
「そう。『テクニックを相手クリスタルに直接かけてはいけない』ってルールがあるだろ? だから《スラントプレス》で相手クリスタルが動いてしまった場合、反則でそのラウンドの自得点は0になるんだ。だから自分のクリスタルだけが動き、相手のクリスタルは動かないようにしなければならない。難しいんだ。だから高等テクニック」
「なるほどね⋯⋯。だからお姉ちゃんはあんなに『フェニックス』に回転を掛けていたのね」
真梨が納得したようにうんうんと頷く。
琴葉がクリスタルに大きな回転力を与えていたのは、クリスタルを少しでも長い時間動いている状態、すなわち摩擦係数が小さい状態を保つためだろう。
「まあ高等テクニックっていっても使いどきが限られてるけどねー」
隼人の解説に琴葉が補足する。
「確かにそうね。四隅に足のある、頑丈な机では使うのは難しいと思うわ」
「ああ⋯⋯! だから⋯⋯!」
真梨の言葉に隼人はテーブルのデザインの真意を理解する。
今使っているテーブルは中央に太い足が一本あるタイプのものだ。しかもプラスチック製。これならば端を強く押せば容易に傾斜をつけられるだろう。
先程ここを訪れた時、隼人は椅子に関してDBT向けの設計がなされていると印象を受けたが、机も同様だったのだ。
プレイヤーがより多くのテクニックを利用できるように配慮がなされている。
もうDBT専門店でよいのではないだろうか。
「さて、4thラウンドも終わったけれど、どうする?」
琴葉がにっこり笑ってくる。隼人は改めて状況を確認する。『ガァルーダ』は場外にされ、『フェニックス』は相変わらずフィールド端。18点だ。
34対75。残り一ラウンド。隼人はどんなに頑張っても『ガァルーダ』が×2のゾーンで得られる点数、22以上を出すことができない。
つまり、もう隼人が逆転することはない。
「俺の、負けです⋯⋯」
「あー楽しかったー!」
琴葉が椅子から立ち上がって伸びをする。
──負けた。それも完膚なきまでに。一度も点数が上回ることもなく。琴葉は常に余裕の態度だった。どうしようもできなかった。
隼人は下唇を噛み締める。
「⋯⋯また、対戦して貰えますか」
「うーん、どうしよっかなー」
琴葉は唇に人差し指を当ててニコニコする。そして何かを思いついたかのように、人差し指を唇から離してピンと立てた。
「そうだ! 私の所属するサークルがゴールデンウィーク初日にイベントするの! 参加者募集中なんだ! ゲームサークルでDBTも扱う──っていうかDBTがメインだから来てよ!」
「そこであなたに挑戦できますか?」
「うーん、多分? でも来なくちゃ出来ないぞー!」
「分かりました。次は勝ちます!」
こうして隼人は参加を決意する。
また、それまでに強くなろうとも。




