第二章 三節
あれからどのくらいの時間がたったのだろうか。
衛兵にとらえられた俺は敵国ランスタッドのスパイと思われて拷問を受けていた。両手に手錠をされて天井より吊るされている。背中は何回鞭を打たれたかわからない。ただ、自分の足元にたまっている血が全て自分のものと考えるともう死んでいるんじゃないかとすら錯覚する。拷問部屋には窓もなく今が何時なのかそれすらもわからない。
頭で考えるのはアスカのこと。もう夜を過ぎてしまっていたら。約束守れなかった。などと考えている。
と、本日4度目の休憩から衛兵が拷問の作業に戻ってくる。拷問する側もすごい体力を使うらしい。俺なんかを拷問し続けてもなにも情報など出てこないのに。このバカ共はそれでも拷問を続けている。
また拷問が始まるのか。うんざりしつつ衛兵の方をみると衛兵に続いて一人拷問部屋にはいってくる。俺はその男をみて驚いた。その男は全身に黒いローブを纏い、顔は白い仮面を被っていた。その異常な風貌もだがやつから感じられる殺気。俺は男から目が離せなくなっていた。
仮面の男は俺の方をじっと見つめると首から下げているネックレスを手に取る。
「…そのネックレスは母が俺に残したものだ。気安くさわるな」
仮面の男は俺の言葉など聞いていないと言った様子で言葉を放つ。
「お前、名前は」
「俺はシャル。名前なんて聞いてどうするつもりだ」
「そうか。そうでしたか」
仮面の男は急に改まる。と急いで衛兵に命令する。
「…彼を解放しろ」
「え、しかし…」
仮面の男は黙って衛兵をにらみ続ける。衛兵は仮面の男の重圧に耐えきれなくなった様子。
「はい!すぐに」
衛兵はいそいそと俺の手錠をはずすと倒れそうになる俺を支える。
「彼に服を与えてやれ。それとあとから王の部屋に連れてこい」
仮面の男はそれだけ言うと拷問部屋を出ていく。
いったい何が起こったというのだ。
その後、俺はキュリオス国の城に連れていかれ治療を受ける。
治療に立ち会っていた拷問兵達に耳元で
「あとで覚悟してろよ」
と、小声でささやくと震え上がっていた。先程まで偉そうにしていたやつらがビビるのはみていて気持ちがいい。
全身包帯だらけになったところで用意されていた服に着替える。
用意されていたのは新品のシャツ。シワ一つないズボン。そして豪華な上着だった。こんな服もったいなくて着れないぞ。そう思ったが、今後着る機会もないだろうといそいそと着替える。鏡をみて思ったことは、自分で言うのもなんだが孫にも衣装といった感じだった。鏡をみなければよかったと少し後悔した。
準備を終えた俺は衛兵に導かれ、キュリオス城。王の部屋へ通された。
中で待っていたのは初老の男性と先程の仮面の男だった。初老の男性は服装からして王と思われる。王は大きなベッドに座っている。どうやら体調がよくないと見た。
「エル。彼が本当に」
初老の男性が仮面の男に向かって訪ねる。
「えぇ、間違いありません。シャルさん、ネックレスをエリック王に見せてあげてください」
ネックレスが何か関係あるのか。いわれるがまま首から下げていたネックレスをはずしてエリックへ手渡す。
「君。これはどこで手にいれたんだ?」
「それは幼い頃俺が母からもらったもの。といっても俺はまだ幼くその記憶すらないのだが」
「そうか。間違いなくこれはエレノアのネックレス」
エレノア。初めて聞いた名前だ。それにこのネックレスのことを知っている様子。
「あんた、知っているのか!?俺の母のこと。エレノアは母の名前なのか?」
「君。王の前だ。失礼だろう」
「いいんだ、エル。あぁ、エレノアはお前の母。そして私の妻の名前だ」
何を言っているんだこの男は。いろいろなことをいっぺんに言われて頭が混乱する。
「待ってくれ、では貴方が俺の」
「そう、父親だ」
急に父と言われてもなかなかピンと来ないな。涙の再開というわけにもいかず、ただただ困惑してしまう。
「お前は名前をシャルと言ったそうだな」
あぁ、と頷く。
「お前の本当の名前はシャルティエ。シャルティエ・オーウェン。我がオーウェン家の長男だ。エレノアはお前のことをシャルと呼んでいたからそうだと思ったのだろう」
エリックはネックレスを俺の首にかけると抱き締める。
「お帰り、我が息子よ」
王との謁見を終えた俺は準備された部屋へ連れられて休むこととなった。
もう何がなんだかわからない。俺が王の息子?そんなの到底受け入れられるはずがない。ふと、部屋の窓を開けて外をみる。窓からの景色は城下町を一望できる眺めだった。この街は美しい。町並みというか、街全体の作りが綺麗だ。それにこの国はいつも晴れている。太陽が今日も燦々とこの国を照らしている。町行く人たちは今日も多い。皆誰かのために町を訪れ、町で誰かに会うのだろうか。
と、大事なことを思い出す。
「アスカ!」
大声をあげてしまった。
「きゃあ!」
後ろで声が聞こえ驚き振り返ると、メイドが尻餅をついていた。
メイドはすみませんといって急いで起き上がると、スカートを持ち上げて挨拶をする。
「失礼致します。私は本日よりシャルティエ様のお世話を仰せつかりました、マキナと申します。どうぞ宜しくお願いしま…きゃあ!」
「おい、俺が捕まってから今日は何日たった!?」
マキナの肩をつかんで質問する。突然の質問でマキナはすこし動揺しているようだった。
「えぇ!?えーと2日でございます」
まずい、アスカとの約束からだいぶ日がたってしまっている。
「すまない。ちょっと外に出る」
「いけません。シャルティエ様!」
部屋を出ると騎士が3人立っていた。
「何処へ行こうと言うのだ」
真ん中にいる一番小さい鎧の騎士が質問する。小さいと言うのは俺より身長が低かったのでそう思った。決してバカにしているわけではない。
「どこだっていいだろう。どいてくれ」
「それはできない。お前のスパイ疑惑がまだ晴れたわけではないのだ。お前は我々騎士の監視下にある。勝手な行動は慎んでもらう」
騎士が腰の剣をちらつかせる。くそ、こっちが丸腰だと思いやがって。
「それなら一緒に来てくれ。それならいいだろう」
騎士たちは突然の申し出に困惑したのか互いに確認しあったあと了承した。
騎士たちをつれて城下町を進む。歩く度に拷問された傷が痛む。まともに一歩一歩踏み出す度に傷口から血が出ていることがわかるほど。これはしばらくまともに歩くことはできないな。あの拷問兵ども、今度見かけたらマジでぶん殴ってやる。そう心に決める。
街の人たちにはすごい視線を感じる。というか謁見からずっとこの服装だから人前に出るのがすごく恥ずかしかった。それに後ろには騎士3人がついてきている。端から見たらどこかのお偉いさんだと思うだろう。
アスカとの待ち合わせの場所。西門を抜けた大木をみる。大木の回りには人気はない。アスカは一人で帰ったのだろう。そう思い城へ向けて戻るように歩き始める。
「もういいのか?」
騎士の一人が呼び止める。
「あぁ」
「ここがスパイ仲間との待ち合わせ場所だったりしてな」
「まぁ、そんなところだ」
騎士は俺の発言にすこし驚いているようだ。ともあれアスカは一人で旅立った。それが確認できれば安心できる。
騎士たちの監視は俺が部屋に戻るまで続いた。
部屋に戻るとマキナが部屋の掃除をしていた。俺の帰還に気づくと深々と頭を下げる。
「おかえりなさいませ」
「えーと、マキナさん。あまり堅苦しいのはやめてくれ。俺はそんな敬われるような人間じゃない」
「かしこまりました。シャルティエ様」
「それと、シャルティエって呼ぶのもやめてくれ。まだ呼ばれ慣れていなくて」
「では、なんとお呼びすれば?」
「シャルでいいよ。その方がいい」
「かしこまりました。シャル様」
もうそれでいいか。マキナにいろいろ言うのも疲れた。
「もうねるから。あとは適当にかえっていいから」
そういうとベッドに横になる。と、ベッドの柔らかさに驚いた。このベッドは体が深く沈んでいくようだ。やわらかく、気持ちいい。傷の痛みのせいもあり、意識を失うように眠りについた。
目が覚めるとすでに日は沈み、窓の外は月夜となっていた。体の包帯が新しいものに変わっている。寝てる間にマキナが代えてくれたのだろうか。
ベッドからでて窓を開ける。夜風が心地いい。
いまの自分の状況を整理する。拷問からは解放されたが、昼間の騎士の反応からしてまだ警戒は解かれていない様子だ。軟禁という状態に近いだろう。それに家族のことも気になる。昨日はあまり話をできなかったが、父がどんな人物だったのか。なぜ俺はランスタッド国でラクスの元に引き取られることとなったのか。知りたいことはいろいろある。
それにアスカは無事にこの国を抜け出せるだろうか。あいつは時々ぬけているところがあるから心配だ。
目線を城下町にうつすと屋根を走る一人の影が見える。漆黒のローブを羽織り、フードを深々と被っている。まさか!
「アスカ!?」
と、アスカがこちらを見上げる。ここから城下町はかなり離れている。見えるはずがない。なのにアスカはこちらに向かって進んでくる。
やめろ、こっちに来ては行けない。ここには精鋭ぞろいの騎士が大勢いる。アスカでは到底敵わない。
「くそっ」
急いで部屋の中に戻り、部屋のドアに手を掛ける。が、ドアには鍵がかかっているらしく、開くことができない。
こうなったら。カーテンを引き千切り、ベランダの手すりの端に結ぶ。助走をつけてベランダから飛び降りると窓を破り1階下のフロアへ飛び移る。衝撃で転がり、身体中に激痛が走る。傷口が開いたかもしれない。あまりの激痛に意識を失いそうになるが、気力で踏みとどまる。今、気絶したら本当にアスカを失ってしまう。今の音で衛兵達に気づかれた可能性が高い。早くアスカを見つけないと。
アスカは屋根を伝い城へ向かっていた。なら、城壁を飛び越えて中庭に直接侵入してくるだろう。右足を引きずりながら急ぎ向かう。
中庭に到着すると、衛兵は集まっていなかった。きっと、俺が破った窓を確認に城内へ移動したのかもしれない。かえって幸運だった。
と、そこへアスカが現れる。
「シャル!よかった。心配したんだ。早く逃げよう」
心配したのはこっちだ。のこのことこんなところまで来やがって。なんでさっさと一人で逃げなかった。どうして俺を見捨てなかった。お前には言いたいことがいっぱいある。本心を言えばアスカと一緒に逃げることができるなら、俺は迷わずそうしただろう。だが、ここはキュリオス城内。さらに衛兵たちは侵入者に気づき始めている。そして、俺は今重傷を負っていて走ることはおろか、歩くことで精一杯だ。そんな状態でアスカをつれて逃げることなど到底不可能。となれば選択肢は1つだけ。
意を決してアスカへ話す。
「アスカがここに来てくれて助かったよ。俺が敵国のスパイだと思われて困っていたんだ。お前が身代わりになってくれれば俺の疑いは晴れる」
「シャル。何を言って」
「ここで俺の代わりに捕まってくれよ」
奥歯を強く噛み締める。アスカが俺のことを諦めて一人で逃げたなら。まだ助かる可能性はある。
「嘘だよね。一緒に逃げようよ」
「お前は昔からグズで何の役にも立たないんだから、こういう時くらい役に立ってくれてもいいよな」
「嘘…嘘だ!シャルがそんなこと言うはずない!」
「言わなかっただけだよ。お前をみるとイライラするんだよ」
呼吸をしているはずなのに息が苦しい。心が締め付けられるように胸が痛む。はやく俺を嫌いだといってくれ。もう知らないと。勝手にしろと。…言ってくれ。
だが、俺の期待は裏切られた。
「…わかった。シャルがそういうなら僕はここで捕まる」
あれ、何を言ってるんだ。
「シャルの為になら僕は…」
違う。そうじゃない。俺が望んでいたのは。
背後で衛兵たちの声が聞こえる。もうすぐ近くまで来ているようだ。
「今までシャルの気持ちに気づけなくて、ごめんね」
アスカは笑うと一筋の涙を流す。
足早に近づくとアスカを渾身の力で殴り飛ばす。
アスカは突然のことに驚き俺の顔をみる。
「お前のそういうところがムカつくんだよ!」
どうして、俺の思うように動いてくれないんだよ。なんでここまでされて見捨てないんだよ。俺は、お前をこんなにも傷つけているのに。こんなにも…大切なのに。
アスカを見つけた衛兵たちはすぐにアスカを取り囲む。大人しくしているアスカを叩き伏せると。手錠を掛けてつれていく。あの方向は拷問部屋のある方向だ。
俺はアスカがつれられていくのをただ見送っていた。連れていかれるアスカに掛ける言葉がなかった。いや、俺には言葉を掛ける資格すらない。
その夜。俺はベッドに入ると自分のしたことに対する後悔と嫌悪感から一睡もできなかった。考えることはアスカのことだけ。朝になるのをただじっと待ち、王に謁見することができなたらアスカのことを解放してもらうように進言することを決めた。俺がスパイだったと、アスカはなにも関係ないと、そう言おうと決めていた。
しかし、翌朝。事態は思わぬ方向へ進んでいた。
拷問を行っていたエルドレッドが何の情報もない一般人が亡命のためにこの国に来たと判断し、アスカを追放したという。早朝のうちに馬車を出して国境まで連れて行ったそうだ。
この事を朝自室に朝食を運んできたマキナから知らされた。俺はその言葉を聞いて自分の罪が軽くなった気がした。朝食にすこしだけ手をつけるとベッドに横になる。アスカへ贖罪の言葉を頭の中で並べているといつのまにか眠っていた。
ガン
急にドアを開ける音で飛び起きる。
「シャルティエ!いつまで寝ているつもりだ!」
昨日の鎧の騎士。小さいやつが部屋の中へ突然はいってくる。その後ろからマキナが入ってくる。
「シャロン様!シャル様はお怪我がまだなおっておりません。まだ安静にしていないと」
「下がれ、マキナ。王が呼んでいる。シャルティエ!はやく着替えろ」
「勘弁してくれ」
シャロンと呼ばれた騎士に向かって片手をあげると布団を被る。が、それは許されない行為だった。すぐに布団を剥ぎ取られ睡眠は妨害された。
「なにをする!」
「それはこちらの台詞だ。はやく支度をしろ。マキナ。着替えを手伝ってやれ」
返事をしたマキナは俺の服を脱がそうとする。
「やめろ、自分でできる」
マキナを片手で押し退ける。と、なにやら柔らかい。視線をマキナへ向けて確認すると胸をさわってしまっていた。
「あ…す、すまない!」
いそいで手を引っ込める。事故だったとしても女性の胸をさわってしまうなんて、なんてことを。
「構いません。シャル様がお望みでしたらいつでも」
マキナは顔を赤らめている。そんな顔をされるとこちらの方が恥ずかしくなってしまう。
「い、いや、そんなこと」
「オホン!」
シャロンの大きな咳払いで我を取り戻す。
「外で待っている。はやく準備をしろ」
シャロンが部屋の外へ出ていく。
着替えを済ませると部屋の外へ出ると、シャロンが腕を組んで待っていた。
「いくぞ」
シャロンのあとに続き玉座の間へ向かう。改めて城内を見回すと広い城内にも関わらず隅々まで清掃が行き届いている。さらに通路の要所要所に価値の高そうな骨董品がおかれている。さすが王の城だ。と、見とれてしまった。
「キョロキョロするな」
城の中を物珍しそうに見回す俺を注意した。その後、づかづかと廊下を足早に進んでいく。
「ちょっと待ってくれ、俺はそんなに早く歩けない」
「なんとだらしない」
シャロンは振り向くとこちらを睨み待つ。俺だって好きで怪我をしているわけではない。
玉座の間につくと王エリックとエルドレッドが待っていた。王は車イスに座っている。昨日よりも顔色がよく、体調がよく見える。
「よく来たな、シャルティエ。待ちわびていたぞ」
玉座の間に入るとシャロンは跪く。
「お待たせして申し訳ございません。お父様」
「ご苦労だったな。シャロン」
シャロンが顎で跪けと指示をする。それに従い、シャロンの隣に跪く。
ここで疑問を感じた。王のことを父と呼んだか。
「まってくれ。エリック王が父親なのか?」
「なんだ、シャロン。まだシャルティエには自己紹介をしていないのか」
シャロンは鎧の兜をはずす。鎧の中は銀髪の女性だった。
「私はシャロン。王国騎士に所属している」
凛とした顔立ち。金髪の長髪をなびかせると、兜をとった彼女は急に女性らしく見えた。しかし、眼光は鋭く騎士として生きてきたと言われれば納得する。
「シャロンにはお前の警護を任せている」
「父上。警護ではありません。私は見張りとして任務についています」
シャロンはピシッと断言する。この二人の会話から小さい頃はおてんば娘だったのだろうか、などと想像する。
「二人は兄妹なのだから仲良くしてくれ」
シャロンの方をみると目が合うが、睨み付けられてしまった。俺はなにも悪くないのだが。
「そうそう、シャルティエを呼んだ理由だが」エリックが口を開く。
「昨晩、ランスタッド国人がこの街に現れた件でエルから報告がある」
エルドレッドは一歩前に出ると一礼する。
「昨晩連行したランスタッド人。名をアスカといいますが、拷問した結果、あの者からは敵意や悪意は感じることができませんでした。長時間に及ぶ拷問に対しても一向になにも情報を吐かないことから亡命目的の一般人だったと考えられます。ただ、だとするとなぜシャルティエ様があのランスタッド人と知り合いだったのか疑問が生じます。全てお話しいただけますか?」
俺はこの国に来た理由を皆に話した。アスカは同じ孤児院で育ったこと。ロイドの死。そしてロイドの母ロビンへネックレスを渡すためにこの国へ来たこと。一通り話終わるとエルドレッドは納得したようだった。
「なるほど、その話が本当ならやはり彼は一般市民ということになりますね」
「とにかくこれでシャルティエのスパイ疑惑は晴れたということだ。いいな、シャロン」
シャロンはムスッとしたまま頷く。確信をもって言える、この女は絶対納得していない。
「わかりました。では、シャルティエには騎士団に入団してもらいます。王族として剣を学ぶことは必須。また、己を鍛えるためにも剣を学ぶべきです。シャルティエには私から指導させていただきます」
これはまずい。直感が働く。俺の直感は大体当たる。とくに嫌な予感に関しては。
「いや、それは…」
「それはいい考えだな」
エリック王ははやくも決断を下したようだった。
俺はその日のうちに騎士団に正式に加入することとなった。




