第二章 四節
アスカは手錠をはめられたまま馬車に揺られていた。
拷問の途中、仮面の男が現れた。僕を一別すると衛兵に告げる。
「この男は一般人のようだ。拷問をやめよ。強制送還の作業に移る」
先程まで拷問を行っていた衛兵は慌てて指示に従い、拷問部屋を出ていく。
拷問による疲労、ダメージによって僕は気を失った。気づいたら馬車のなかにいて移動していた。きっと仮面の男の言うとおりランスタッド国へ引き渡しされるのだろう。
馬車に揺られながらシャルの言葉を思い出す。
「サツキを、頼む」
きっと、もうシャルは戻らない。それだけは確信していた。
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王の謁見から一日が経過していた。
俺はまだ怪我がなおらずベッドの上で療養している。今までメイドというのはどういうものか考えたこともなかったが、使用人という存在がどれ程ありがたいものか痛感していた。
包帯を新しいものに交換してくれたり、食事の用意をしてくれる。以前、孤児院で生活していた頃は自分の分だけでなく子供達の分まで準備しなくては行けない。もちろん家事はアスカやテアが率先してやってくれていたが、俺も手伝わなければならない。
だが、服の着替えまで手伝おうとするのはやめてほしいと思った。いくら一人でいいと言っても手伝おうとする。他の連中は着替えまで手伝わせるのか。年頃の女性に裸を見せるのは抵抗がある。
そんな日々が三日程経過した朝、シャロンがドアを勢いよく開けて部屋に入ってくる。
「まだ寝ているのか!?はやく支度しろ!今日から訓練を開始する」
外をみるとまだ日の出前だ。それに今日から騎士の訓練をするなど聞いていない。
「訓練をするとは聞いていないが?」
「寝ぼけたことをいうな。我が国は今、ランスタッド国と戦争状態にある。騎士となったならば一日でも早く戦場へ赴き、敵を倒さなくては生きている意味がない」
シャロンは朝から大声で告げる。
「わかったから大声を出さないでくれ」
ゆっくりとマキナが部屋に入ってくる。まだ寝巻きのようだし顔は完全に寝起きだ。どうやらシャロンにたたき起こされた様子。かわいそうに。
マキナが準備した服に着替える。訓練をするというのにシャツにパンツという服装。こんな立派な服で訓練をするのはすこし気が引ける。が、シャロンをこれ以上待たせるわけにはいかない。部屋をでてシャロンと共に城の端にある訓練所へ向かう。
訓練所にはまだ誰もいなかった。
「なんだ、誰もいないじゃないか」
「当たり前だ。皆に紹介する前にお前をすこしでも鍛えておかなければ私が恥をかく」
シャロンは訓練所にある剣を二本手に取るとひとつを俺に投げる。
受け取った剣は一般に『ロングソード』と呼ばれる諸刃の剣だ。この時代に求められるのは頑丈で折れず、長時間戦うことができる剣。そういった意味でこのロングソードは一番メジャーな剣と言える。
「構えてみろ」
シャロンが言う。
剣を持つのは洞窟での戦闘以来だ。と、違和感を感じた。剣を持つ手にあの感覚が甦る。人の肉を断つぬるりとした感触、血液の暖かい飛沫。そして骨を打ち砕く鈍い感覚。瞬時に俺の脳裏にあの時の光景が甦る。
すぐに口を押さえる。すごい気持ち悪い。吐きそうだ。こんなこと今までなかったのに。これが人を殺したことがある、ということか。
剣を落として口を押さえる。
「何をしている。剣すらまともに握れないのか」
見下すシャロンに向かって質問する。
「お前は今まで人を殺したことがあるのか?」
シャロンはふんと鼻をならすと意気揚々といった具合で話始める。
「当たり前だ。これまでに何人斬ったかわからないほどに」
「お前はなんともないのか。なにも感じないのか」
シャロンは俺の目をしっかりと見据えて言葉を放つ。
「そんな感情など、既に捨てている。人を殺すとは、そういうことだ」
シャロンは剣を拾うと片付ける。
「今日はこれまでだ。お前には失望した」
そういうとシャロンは訓練所の奥に姿を消した。
これまで剣を手に取ったことは数えきれない。命を殺めることは何度だってあった。でも、人を殺したことはあのときがはじめてだった。
強くなければ守れない。それはわかっているはずだったのに。剣を握ることが怖くてたまらない。訓練所の端に木剣が見える。それを手に取ると軽く振る。
これならなんとか振るうことができそうだ。久しぶりに剣の稽古を一人で行う。
気づくと日が辺りを照らし始めていた。そろそろ戻るか。
木刀を訓練所の端に戻そうとしていたところ。騎士たちが訓練所に現れる。
「見ない顔だな」
「俺はつい先日王の命によって騎士団に入ることとなった。これからよろしくたのむ」
そう告げると出口に向かう俺を騎士たちは道を塞ぐように立ちふさがる。
「なんのまねだ」
「新人て言うのは先輩を敬うものだろう。俺たちの訓練に付き合っていけよ」
こういう連中はどこにでもいるのか、そう心のなかでため息をつく。
「わかった。何ができるかわからないが手伝おう」
騎士たちは俺の言葉を待ちわびていたようにそれぞれ剣を手取り始める。
「打ち込みの練習に付き合ってくれよ」
騎士の一人が剣を俺の足元に投げる。これを使えということだろう。
こいつら俺を試しているのか?
はぁ、とため息をつく。面白い、こいつらに目に物を見せてやる。
剣を手に取ると正面の騎士が斬り込んでくる。それを弾く。そのまま勢いを殺さずにやつの首を狙い斬撃を放とうとするが、殺人の光景が甦る。斬り込めない。俺の意思が斬撃を放つ事を拒んでいる。
騎士は弾かれたことに苛立ったのか力強く二撃目を放つ。体の動きが遅い。まるで、考えている通りに体を動かすことができなかった。
斬撃を剣で受ける。気分が悪い。だが、騎士が斬撃を止める気配もない。何度も放たれる斬撃を剣で受け続けているが、そろそろ限界が近い。
その時、斬撃の威力で倒れ込む。勝った、とばかりに笑みを浮かべて騎士が剣を降ろそうとした刹那。
「何をしている!」
シャロンが訓練所に姿を現す。
「えぇ、新人が入ったみたいなんで特別に稽古をつけていたんですよ」
シャロンは訓練所に座り込んでいる俺を一別する。
「丁度良い。皆揃っているようだから紹介しておく。彼が新しく入ったシャルティエだ。…そして、私の兄でもある」
ざわつく騎士たち。と、シャロンが咳払いをする。
「今日はもういい。お前は帰れ」
シャロンの言葉におとなしくしたがう。
自室へ戻るとマキナが部屋の掃除をしていた。俺の入室に気づくと慌てた様子でお辞儀をする。
「おかえりなさいませ。」
マキナの挨拶に片手をあげて応える。そのままベッドへ向かい倒れるように寝転がる。
「訓練はいかがでしたか?」
「すまない。しばらく一人にしてくれないか」
マキナはお辞儀をすると部屋を出ていく。
俺は一体どうしてしまったのか。あんなに毎日刀をもって剣技の修行を行っていたのに。
「それはね、君が弱いからだよ」
振り向くと部屋の中心に少年が立っていた。
全身白い衣装をまとい神官のような格好をしている。いつの間に現れたのか。先程まで気配は一切しなかったのに。
「どこから入ってきた」
「ぼくはどこでもいける」
突如俺の右側から声が聞こえる。
「ほらね」
驚き思わずベッドから転がり落ちる。起き上がりすぐに質問をぶつける。
「何者だ」
「ぼくはリュカ。この世界の均衡を守るもの」
「何を言って…」
リュカが服の袖をまくると右腕に紋章が浮かぶ。
「これがその証。ぼくは神の力を持っている」
こいつ、正気か?神の力、そんなものが存在しているはずはない。だけど先程のこいつの動き。
「信じてないでしょ」
リュカへ対する警戒を強める。
「君の名前はシャルティエ・オーウェン。幼少期に母と共に事故に遭い、一人生還。ラクスに育てられ12才まで牙連の剣技を学ぶ。そしてランスタッド王の死をきっかけにルークの元で孤児院を手伝う。そしてロイドをつれてこの国へ。間違っているかな?」
驚いた。いや、どうしてそこまで知っている。俺は牙蓮の剣技についてはだれにも話していない。
「お前は何者なんだ」
「だからいってるでしょ?神の力を持つ者だって」
本当にそうなのか?
「例えそうだとして、俺に何のようだ?」
「僕の友達になってほしいんだ」
「…どうして」
「君は信用に足る人物だから」
「俺になんのメリットがある」
「ひどいなぁ、そうだ。君の悩みごとを一つ解決してあげるよ」
いたずらに笑うとリュカはゆっくり近づくとおれの心を指差す。
「剣を振ることができないのは、きみの心が弱いから」
「なにをバカな」
リュカの手を振り払うが、案外当たっているかもしれない。
「ほら、当たってるでしょ?」
「心を、読んでいるのか」
「うん。人によってはわからない人もいるんだけど…君はわかりやすいね」
なんなんだこいつ。とにかく、今の問題を解決しなくては。
「わかった。どうしたら剣を振れるようになる」
「そうだな、剣を振れないのは君自身の問題かな。あ、そろそろ時間だから」
そう言うとリュカの体がどんどんと薄れていく。
「待て!どういう意味だ」
「自分の罪を受け入れることだよ。またくるね」
リュカの姿はは完全に消えた。気配もない。
その時、不意に開いたため警戒するとマキナが食事をもって入ってきた。
「あの、お食事を」
そういえば朝食を食べていなかった。マキナが部屋の窓際にあるテーブルにトレーにのせていた朝食を並べていく。
マキナが準備を進めている様子をながめつつ考える。罪を受け入れるとはどう言うことだ。神様にでも懺悔しろってことか?
「質問があるんだが、いいか?」
食事を準備し終えて戻ろうとするマキナを呼び止める。マキナは驚いた様子でいそいでおれの前に跪く。
もしかして、俺はこの子に嫌われているんじゃないかと思ってしまう。
「あの、マキナさん。そんなに堅苦しくなくて良いし、もっと普段通りにしてくれると助かる。俺も平民の生活をして来たからそんなに畏まられても困ってしまうんだ」
「はい、すみません。では今度からそうさせていただきます。それで質問とは?」
マキナはすこし落ち着いたようだった。あまり彼女をビックリさせないように注意しようと心に決める。
「その、罪を償うためにはどうしたら良いと思う?」
マキナは人差し指を顎にあえると考え事をするように上を見上げる。
「うーん、そうですねぇ」
ひらめいた!とばかりに顔が明るくなる。
「教会にお祈りです!わたしも失敗しちゃったときはすぐに教会にいきます」
教会か。神頼みするしかないとはな。とにかく、一度やっている価値はありそうだ。
「ありがとう。よかったら、案内してくれないかな。まだこの街に慣れていなくて」
「はい!私お城の仕事が忙しくってあんまり外出とかできないんです。本当について行ってもいいんですか!?」
マキナはぐいと近づくと大声で返答する。近い。肩をつかみ一歩下がらせる。
「あぁ、頼むよ。朝食を済ませたら早速教会へ行きたいんだけどいいかな?」
「わかりました。では朝食をとられている間に私が外出の許可を貰ってきますね」
マキナが部屋を出ていく。心なしか足取りは軽やかだった。どうやら嫌われているわけではなさそうだったのですこし安心だ。いそいで食事を済ませると外出の準備をしていく。
町中はいつもと比べて静かだった。その理由は商店のほとんどが休みとなっているためだった。
「それで、どうしてあんたまでついてくるんだ」
俺はシャロンの方を見て質問する。
「私はまだあなたを信頼したわけじゃない。監視がつくのは当然でしょ?」
マキナはというと後ろの方で縮こまっている。シャロンがいるため、メイドとして大人しくしているのだろう。
「それにしても以外だな。お前が宗教に関心があるなんて」
「まぁ、神にもすがりたいときは誰にでもあるだろう」
話していると大きな教会にたどり着いた。いや、教会と言うよりも大聖堂といった規模だ。
入り口の手前でシャロンが立ち止まる。
「いかないのか?」
「生憎、私に神の加護は必要ない。マキナ、しっかりと見張れよ」
急に名前を呼ばれたマキナはすごい慌てた様子で返事をした。緊張しやすい体質なのかもしれないな。彼女のことが何となくわかった気がした。
長い階段を登り入り口を潜ると中はとても広いホールとなっており、正面に大きな女神の像が立っている。女神像がかかえる壺から水が出ており、ちょっとした噴水広場となっている。大聖堂の中は人々で混雑していた。どうやら今日は礼拝の日らしい。皆、仕事を休んで礼拝に来ていることから、この国の人々の信仰心の高さがわかる。
と、真ん中の席が空いておりマキナと共に腰を下ろす。
ほどなくして教会の神父が現れ、ありがたいお話が始まった。俺がここの話を割愛しているのは言うまでもない。神父の話が始まると共に退屈で眠ってしまっていたからだ。目を覚ますと丁度神父の話が終わった頃で、となりのマキナは目を輝かせながら聞き入っていた様子だった。
「はー、本当に良いお話でした。そう思いませんか?」
「あ、あぁ。そうだね」
適当な嘘をついてしまった。神聖なる教会で俺は早速罪を犯した。
礼拝が終わり、皆が出ていくなか俺たちは奥の方へ進んでいく。
「シャル様。こちらが懺悔室です。こちらで自分の罪を神父へ告白することで助言がいただけるんですよ」
マキナの案内通り大聖堂の端に小さい部屋があった。一人懺悔室の中に入る。部屋の中は狭く薄暗く、小さな窓があり、その奥に神父がいるようだ。
「今日はどのようなご用ですか?」
神父の声は低く落ち着いた様子。声の感じからして初老の男性というイメージだ。
「罪を告白しに来ました」
「それはどのような?」
淡々と続く、会話。この小さい部屋には俺しかいない。自然と心を開かれる気分となる。意を決死、罪を告白する。
「俺は人を殺しました。剣で切り殺したんです」
「それは大変なことをされましたね。それで、どんな理由で殺すことになったんですか?」
「俺は、大切な人を守るために。剣を取った。それにあのときは相手も敵意を向けてきていたし、殺す他手段がなかったから」
「例え相手が悪であっても命は命。奪うことは許されません。それで、あなたはこれからどうしたいですか?」
「これから…?」
「そうです。剣を置き人々のために罪を償い続けるのか。それとも再び剣を取り、人を殺めるのか」
幼い頃よりラクスに言われていた言葉を思い出す。牙連は人の為に人を斬る。そのための力。俺がお前に剣を教えているのは、剣を強くなってほしいからじゃない。人として強くなってほしいからだ。
答えなど決まっている。
「俺は、これからも剣を握る。だけどそれは人を殺すためじゃない。人を守るために俺は剣をとる」
「答えが出たようだね」
突如神父の声が少年の声に変わる。
「まさか、リュカなのか?」
「そうだよ。ぼくは君に期待しているんだ」
「ちょっとまて!どういう」
神父の声が再び初老の男の声に変わる。
「あれ、えっと。今日はどのようなご用でしたか?」
もう、リュカはいないようだった。
「いえ、ありがとうございました」
懺悔室をあとにする。
部屋を出るとマキナが出迎えてくれた。
「神父様とのお話はどうでした?」
「あぁ、気づかされたことがあった」
「いいなぁ、私も懺悔してこようかなぁ」
「マキナはどんなことを話したいんだ?」
「この前は廊下の壺を割っちゃったでしょ。その前は植木を枯らしちゃったし。それから…」
マキナが罪を数えるように指を折る。
「待て待て、そんなことなら俺が話を聞こう」
「本当!?」
マキナは嬉しそうに問いかける。
「あぁ、だから神父へそんなことを言うの止めてあげろ」
いちいちそんな話を聞かされる神父がかわいそうだからな。
しかし、そこからの話が長かった。一時間ほど教会でマキナから話を聞かされ、疲れはてて教会を出た俺をシャロンは叱責した。
「遅い!」




