5・季節は巡り
王国の学院には、12歳から15歳まで、王族貴族の子弟が通う。庶民には庶民の為の学校があって、余程優れたものを持つ生徒が引き抜かれる事は稀にあるけど、まあ普通は関わりを持つ事はない。
僕とクリスアンも学院に通ったし、王族と言えども特別待遇はない……勿論、表向きは、だけど。
僕もクリスアンもそれぞれ選ばれた友人に囲まれ、安全に快適に日々を送れるよう、配慮がされていた。
マリーアンは12歳になり、春から学院に入る事になった。
一方、僕は遂に王妃陛下の圧力に負け、セレイラ嬢と婚約を結んだ。元々アルシード公爵家の人間であり、クリスアンが他国に嫁がされるきっかけになった僕を、義理の伯母である王妃陛下は全く快く思っていない。養父のアルシード公爵に争う気はないというのに、王妃陛下とその裏にいる実家のウィルバート家は、僕が国王陛下の希望通りに、マリーアンと形ばかりの婚約を結んだら、アルシードが台頭してウィルバートは没落するという思い込みに溢れている。僕は、美人ではあるけど見栄と思い上がりの塊のようなセレイラを全く愛せる自信はなかったけれど、彼女を王太子妃に迎えなければ派閥争いが激しくなり、王国の繁栄に影が差すと考え、敢えて国王陛下に自ら進言してこの道を選んだ。
マリーアンの事は、従兄として責任を持って護る、と約束した。何しろ、マリーアンの母君は男爵家の出の側妃、王妃陛下からの嫌がらせが激しく、心身不調で臥せっているそうで、国王陛下はマリーアンの行く末をとても心配されているのだ。
婚約したら、すぐに婚儀を、と急かされるのでは、と気が重かったのだけど、何故かそうでもなかった。
いま、中枢の王族は非常に少ないので、早く跡取りを、と要求されるかと思ったけど、取りあえず婚約が調ったので王妃陛下も気が収まったのか、あまり口出しがないのをいいことに、僕はセレイラから逃げ回っている。でも、もう本来なら卒業している年齢であるのに、ろくに授業を受けていなくて未だ学院に在籍しているセレイラは、将来の王妃の地位が約束された事に満足して、取り巻きの令嬢たちと夜会や何やと楽しんで満足しているみたい。本当は、王妃教育をしっかり受けなくてはならないのに、本人には地位だけが全てでそれに伴う義務を理解する気があまりないので、教師たちは手を焼いているそう。僕に対しては、僕が彼女を選んだ事で、僕に熱愛されていると勝手に解釈している様子。
マリーアンは、五年の間に、小さな女の子から小さなレディに成長していた。もう、おにいさまー、って駆け寄ってくる事はない。ちゃんと作法通りに接してくる姿に、やや寂しさを感じはするけれど、これが成長というものだ、と自分に言い聞かせる。マリーアンは、身体の弱い母上の為に気を張っているようにも見える。心配ではあるけれど、お互いに忙しいし、前のようには会えなくなっていた。
その代わり、手紙のやりとりをする。学院で出来た友達、楽しい出来事……様々な公務で疲れた僕の心を癒してくれるような内容ばかりで、僕はほっと息をつく事が出来る。僕の方からも、きちんと勉強を頑張って、と励ます手紙を送る。
いつも楽し気な内容から、僕はマリーアンが学院で幸せな毎日を送っているとばかり思っていた。
そうして季節は過ぎて行った。
でも……。ある日、匿名の手紙が寄せられた。マリーアンはずっと孤独で、嫌がらせを受けているのだと。
王女なのに、何故?
僕は、すぐにマリーアンと面会の手はずを整えた。
数か月ぶりに会うマリーアンには、もう、あのあどけない子どもの面影はあまりない。
「ローレンお兄さま」
ブロンドの髪を結い上げてリボンを巻いた少女は、おとなではないけれど子どもでもない。僕が近づくと嬉し気に伏していた顔を上げて笑う、その笑顔には、確かに昔ながらの心の温かみが宿っていたけれど。
ティーテーブルを挟んで座り、僕は遠回しに学院の事を尋ねる。
「楽しいですわ……お勉強も私は好きだし、ダンスパーティも時々催されて。私、随分ダンスが上手になったのよ。いつか、私のデビュタントの時には……ああ、でもその頃には、お兄さまもご結婚なされて、もしかしたら即位されているかも知れませんね」
「そうだね……」
会話が続かない。昔はマリーアンが一方的にお喋りしてくるのを、僕はただ聞いているだけで楽しかったものだった。
いつから、こんな風になったんだろう?
ふわりと花びらが風に舞って、マリーアンのティーカップの中に落ちた。




