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6.階段

 長年学んできた王配の教育と、王太子としての教育の内容、そして執務は勿論異なる。クリスアンから婚約破棄されるまでに学んで来た事は無駄には全くならなかったけれど、女王の夫として女王を支える立場と、王として国を切り盛りするのは当然大きな差がある。

 僕は王太子になって更に上級の帝王教育を授けられたけれど、元々勉強が好きだし、自分自身の裁量で国を支えていくのだと思うと、男として意気はあがる。


 でも、内政について学ぶ度、僕は頭が痛くなる。

 自分の未婚の子どもは身分の低い側妃の娘で年若いマリーアンしかいない、現国王陛下のたった一人の甥である僕、の養父母の、アルシード公爵家は、長年貴族の第一席として、宰相の座を世襲のように占めて来た。けれど、現王妃陛下の生家、ウィルバート公爵家からいまの王妃陛下が立って以来、アルシードの方では宰相位も譲った形で、争うつもりは全くないのに、長年の恨みを晴らさんとばかりに、ウィルバート家はアルシードに様々な形で報復してこようとしてきたようだ。養父の公爵について根も葉もない下品な噂話を流したり、収税に関して不正があったかのように言われたり(養父は清廉潔白な人柄なので、これは民衆からの多くの否定の声で潰されたけれども)、何かと機会があれば養父を蹴落とそうと言う思惑が透けて見える過去の出来事。

 まあ、国王陛下と養父は学院で親友になっていたし、陛下が養父を疑う気持ちはさらさらなくて、だからこそ孤児になった僕の養育を任せた上で、僕をクリスアンの婚約者にすることで、ウィルバートを牽制しようとなさってきた訳なんだけど。

 でも、クリスアンが他国に嫁ぎ、僕が王太子になった事で、均衡がまた崩れた。僕が国王になったって、別段、今のウィルバート家の宰相(可もなく不可もない人物だ)を罷免してアルシード側の人間を後釜につけようなんて全く思っていないけれど、ウィルバートではそれが危惧されているらしい。僕は、そんな事はしないと直に王妃陛下に申し上げたけれど、あんまり信用されていない。

 だけど、僕が将来の王妃としてセレイラを選んだ事で、ウィルバート側は安堵した筈だと思う。我が国の中枢である貴族家同士の派閥や争いなんて愚かしい事だ。


―――


 けれど、僕が国の為にセレイラを選んだ事は、元々後ろ盾のないマリーアンの立場を一層弱いものにしてしまった。

 後から知った事だけれど、元から、マリーアンの生母である、男爵令嬢だった側妃は、王妃陛下から陰湿な苛めを受けていて、半ば精神を病んでいるという。幼児の頃はともかく、七歳の時にはもう、マリーアンは、自分たち母子の立場も理解していたし、心も体も弱い母の事を自分が護らなければならない、と思っていたそうで……とは、セレイラとの婚約を決めた後で、恨みがまし気な目の、マリーアンの侍女リリーから聞いた話。

 マリーアンは、年齢よりずっとしっかりした振る舞いを周囲に見せていたけど、優しいおにいさまである僕の前でだけは、幼い女の子でいたかったのだ、と。

 側妃を持つつもりがなかった国王陛下が、中年になって激しい恋に落ちて側妃にしたマリーアンの母……でも、精神を病んでからは、陛下を責める事が続いて、お渡りもなくなった。陛下は母子の事を案じてはおられるし、マリーアンとは時々会って親子の語らいをなさるようだけど、それ以上してあげられる事はない。たった一人手元に残された我が子なのに、マリーアンを表立って可愛がれば、尚更王妃陛下の当たりがきつくなる。もしマリーアンが僕の妃になれば、ウィルバート家の力は削がれてアルシード優位の昔からの関係に戻る、ともお考えのようだったけれど、生憎、一度権力を握ったウィルバート家の執着はそんなに甘いものではない。だから、マリーアンには、あの子をしっかり護ってくれる立派な貴族の男を見つけてあげないといけない……。


 ふと先日の、少しだけおとなびたマリーアンの微笑みが脳裏に浮かぶ。

 おにいさまおにいさまと慕ってくれたあの子も、近いうちには婚約を調えて、いずれは誰かの妻になるのだ、という当たり前の事に少しだけ戸惑いを感じたのだ。

 別に普通の事なのに。むしろ、22歳の僕が未だに結婚していない事の方が遅いだけなのに……なんだか、おかしな気分だ。僕はセレイラとの結婚に何も幸福なんて期待していないのに、マリーアンには、良いひとと結婚して、幸せになって欲しい……。

 匿名の手紙の、マリーアンが嫌がらせを受けているという事については、秘密裡に調べさせたけれど、何も掴めない。本人も楽しいと言っているのだから、大丈夫だろうと……その時僕は思い、その後も時々会ったけれど、何も嫌な話は出なかった。


―――


 そして二年が過ぎる。 

 セレイラの方から急かしてこないものだから、僕は婚約者として舞踏会にエスコートしたり、表の場では仲睦まじく振る舞っていたけど、どこからも結婚を急く圧力がかからないので、この問題を放り投げ、学問にのめり込んでいた。勿論武術の鍛錬も怠ってはいないけど、僕は元々、学ぶことが好きだから。

 セレイラは殆ど学院の授業に出ないので、未だ在籍扱いになっているけど、王太子妃になるのだからどうでもいいと思っているのか、相変わらず宴や観劇やと遊びまわっている様子。

 でもまあ、僕が彼女の分までカバーすれば、外国からの客人への礼儀とかそういう事をおろそかにしないでさえいてくれれば、そんなに困る事はないかも。僕は彼女を愛していないし、今後そうなるとも思えないので、彼女が愛人を作って幸せに過ごしてくれれば、まあそれでいいかな、とか思っていたり。

 でも、王太子の義務としては、結婚したら、彼女と子どもを育んで、育てていかないといけないだろう……。なんだか、人生って面倒くさいな。


―――


 そんな風に日常が流れていっていたある時に。

 変調が訪れた。


「王太子殿下!! マリーアンさまが!」


 真っ先に告げに来たのは、忠実な侍女のリリー。


「どうした?」

「学院で……誰かに、、階段から突き飛ばされて! 頭を強く打たれて、意識が戻らないのです!!」


 僕は言葉を失った。学院生活が順調だというのは間違いだった? 


「誰か……って誰だ?」

「わかりません。証拠はありません」


 証拠がない。階段から突き落とされたのに、誰も見ていなくて、本人は意識不明。


「なんてことだ! すぐ行く!」


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