秋継③
「私…ね。」
と、由梨奈が唇を動かした。
俺が黙って頷くと、由梨奈は微笑んで
「物のように利用される自分をいつも不幸だと思っていたの。人を人として扱わないあの人達を軽蔑していたはずだったのに、私は同じ事を樹にやっていた。それさえも気づかないくらい、私は…ぅ…」
言葉に詰まった由梨奈は、涙を拭うと軽く頷き
「松下さんから言われたわ。【あんたは自分が一番好きなんだ。樹より自分が、好きなんだ。】と…」
由梨奈はそう言って、薄く笑うと、
「そうかもしれないと思った。私は…10年前に樹を見捨てた。《助けて》《ここから攫って》と、樹に縋りながら、現実を見ると動けなくて、約束の場所には行けなかった。」
「…あの時、いくらしっかりしていても樹は17歳だったんだ…、19と17の世間知らずが生きてゆけるわけはない。動けなかった由梨奈を責められないさ。」
由梨奈は…
「松下さんも…そう言ったわ。でも…その後もっとひどいことをしたの。そしてもっと愚かな事をしたの。
あの後、久住のお婆様のお怒りが、恐くて…久住から逃げたいと言いながら、追い出され途方にくれる自分を想像して…見ないふり、聞こえないふりをして逃げたの。樹ひとりがお婆様の怒りをかう事は、わかったいたのに…
それだけじゃない。
そんな形で終わった恋だったのに、私はまだ縋ろうとしていた。一度籠を開けてくれた樹に…また縋ろうと…。」
「どうして…また…兄貴に」
「秋継さん…。私ね。子宮がんなの。」
「えっ?」
「桐谷や久住が望んでいた、血を次の世代に繋げる事が出来ないかもしれない。」
「由梨奈…」
「また、そう、また…なの。この久住を逃げ出したいくせに、ひとりでは逃げる勇気も、ひとりで外で生きてゆく勇気も…持てなくて、また…また…樹に縋ろうと、また樹を利用しようとしていたの。」
「……そんなに…久住は嫌か?」
「だって私は…子供を生むために久住の来たのよ。子供ができなければ…居場所はないわ。」
「居場所はある。…俺の側にある。」
「秋継さん…」
「由梨奈が俺を男として見ていないのは、わかっている。
でも…俺、由梨奈が好きだ。
でも…心配するな。久住という力で縛ったりしない。だって…俺、由梨奈に愛されたいからな。
だから久住を抜け出すのに、俺も手を貸す。それからでいい。それから俺の事を…一度、久住から離れたところで俺を見てくれ。久住 秋継という男を見てくれ。頼む。」
由梨奈は、何度も頭を振って、零れ落ちる涙をぬぐい
子供のように、ひとこと【うん】と言って、大きな声をあげて泣き出した。
好きな女を守るために、兄貴は…今…戦っている
結ばれなくても、好きな女の為に…女の心を、そして笑顔を守るために。
俺も…好きな女のために…
たとえ、由梨奈が俺を選ぶことがなくても…兄貴みたいに…好きな女の心を守ってやりたい。
幸せを守ってやりたい。
俺は、ポケットからハンカチをそっと差し出すと、由梨奈は…真っ赤な眼と鼻で…俺を見た。
愛していると思った。いつもとは違う子供のようなその顔も…
だから…
愛しているから…結ばれなくても由梨奈の幸せと、兄貴みたいに願えると思う。
「由梨奈、まずは病院だ。それから…次を考えよう。俺が…必ず自由に空を飛ばしてやる。」
そう言って、俺は兄貴が戦っているコンビニを見た。
俺も、腹を括らないと…いけないな。
兄貴と…一緒に久住を変えなければ…誰も幸せになれない。




