由梨奈③
花見中央駅に着いたら、松下さんはスマホを出すと誰かに電話した。
「電話に出られるところを見たら、丸山…おまえ、どこかに逃げたな?」
《松下さん、人聞きの悪いことを言わないでください。俺は松下さんの指示を貰うために、バックヤードに隠れただけです。》
「そうか…なら指示をだす。」
《…えっ?!!》
「いいか、このままスマホを持ったまま、葉月の近くに行け。その場の会話を聞かせろ。」
《い、いや、戻れませんよ。変でしょう、また戻ったら…》
「大丈夫、お前はモブキャラだ。誰も気にしていないから、戻っても大丈夫だ。」
《何気にそれって、傷つきます。》
「ごめんな。」
《…えっ?えええっ?!!!松下さんが…ご、ごめんって…》
「丸山…お前が頼りだ。葉月と樹の状況を知りたいんだ。頼む。」
《ま、任せてください!!》
松下さんは舌を出すと、私に向かって
「豚も煽てりゃ木に登る。」
「えっ?」
「傷つけないように、嘘だとばれても笑えるぐらいに…男は利用しな。」
「利用…なんか…「してません!利用されてばかりですって言うのか?」」
松下さんの声が、私が言おうとした言葉を言った。
「なぁ…10年の間、知らん振りしていたのに樹に…今更、助けてって手を伸ばすのは…利用しているとは言わないかい?」
それは…
久住という伏魔殿から出たいのなら、自分の足で出るんだ。自分自身で解決しなければ、また捕まる。だから自分で扉を開けて、久住から出て行けと言ったあたしの言葉をどう思った?」
私は…でも…ひとりじゃ…
「ひとりで歩いて倒れそうになったなら、弁護士のあたしが杖になってやるって言ったろう。だから自分で扉を開けろ。」
松下さんの真剣な目を避ける事ができなかった。
「樹は、幼い頃、引き裂かれた家族という温もりを、愛を、探していたんだと思う。そうしないと不安だったんだろうな。だから10年の間、縋ったあんたとの恋を引きずっていたのだとあたしは思うよ。
あんたと樹は…似ているのかもしれないな。家族という温もりを、愛を、探していた点は…。
だから10年前の樹との恋が、誰かに愛されたと言うことが、あんたにとっては心の拠り所なんだろうな。
だから思うのさ。
10年前の樹とあんたの恋は…あたしから見ると、ただお互いの傷を舐めあっていたようにしか見えないとね。」
聞きたくなかった。これ以上聞けば…自分がすごく惨めに思えて…。
「もう、聞きたくない!」
叫ぶように言って、両耳を手で押さえたら、松下さんがそっと私の手を耳から外しながら
「今、樹は久住という伏魔殿から出ようとしている。自分の足でな。聞いてろ!逃げずにあんたは聞くべきだ。あんたに見捨てられ傷だらけになった少年が…!あんたが思うほど強くない…いや強くなかった男が!久住という化け物に牙を剥く瞬間をな!」
そう言って、松下さんはスマホを差し出した。
《昨日の今日でカッコ悪いけど…でも…》
《君を守りたいから…カッコ悪くてもいいや思ったんだ。》
スマホから、聞こえる樹の声は…優しかった。
《間に合ったかい?葉月ちゃん。》
《はい!》
優しい声は、葉月ちゃんと呼ばれた女性に【好き】と言っているように聞こえ、そしてその女性のたったひと言、《はい》と言う言葉に、【好き】という思いが溢れていた。
《婆様のその価値観には、もううんざりです。これ以上、その価値観で人の人生を振り回すのなら…俺は許さない。》
い…樹?今のスマホから…聞こえてきた声は樹なの?
冷たくて…恐かった。
《どういう意味?》
《言葉通りです。久住 華子さん。》
《樹?!》
《あなたを久住から、追い出す。》
叫びそうになった口を手で押さえた。
久住から…出るんじゃない。
久住からお婆様を…追い出すなんて…
ただ震える私に、松下さんは
「あいつの本気は…想像以上だったな。」と言って…
私の肩を叩くと
「女は男を利用しても…潰しちゃいけない。男は…育てるものさ。いい男になったな。樹は…。なんで10年前、こうやって育ててやらなかった。でも、いくらいい男になっても、もう手を出すな。いや、もう樹は自分の足で歩いているから、そんな心配はいらないか。どうだ、あんたも久住に、牙を剥く度胸はついたか?参謀はあたしが付いてやる、そしてもうひとり…、優秀な助手をつけてもいいぜ。」
そう言って、笑った松下さんの視線の先に…秋継さんが、不安げな顔で立っていた。




