秋継①
大学内のカフェで、ぼんやりとしていたら…
「先輩、今日はどうされたんですか?」
「体調が悪いんですか?」
毎日ご機嫌を伺うようにやって来る後輩らに、イライラが爆発した。
「もう!うるさいなぁ!早く行けよ!」
知ってんだよ。お前らが見ているのは…俺の後ろの久住という家だってことは…初めっから知ってんだよ。睨むようにそいつらを見ると、妙な笑いを浮かべ、
「そうですか…じゃぁ…」
と言って俺に背を向け…きゃぁきゃぁと大きな声で話し、そして笑いながら去っていった。
フン…。どいつもこいつも…
あいつが日本からいなくなって、俺の周りに人が集まってくるようになった。始めは嬉しかった。カッコ良くて、頭が良いあいつがいなくなれば、周りの人間…両親…そして由梨奈も俺だけを見てくれると思っていたから、そして事実俺は、注目の的だったが、でも欲しいと思っていた人の心は変わらなかった。両親は10年経った今もあいつの部屋を残し、由梨奈は心にあいつを残している。近づいてくるのは漁夫の利を得ようとする奴らばかり。
婆様にしたって、ただ…本家の血が俺の中にあることが重要なだけだ。
このままだと、俺は久住の歯車のひとつになってしまうと思うと、本来なら今年から社会人だったが…久住に飲み込まれるのが恐ろしくて、俺は留年し久住から逃げた。
逃げる自分が、そんな弱い自分が大嫌いだった。
その気持ちが、あいつが帰国した事で…自身への嫌悪が、燻っていたあいつへの憎悪に火をつけ、むくむくと大きくなっていった。
いつも…あいつだ。久住 樹が俺の前に立ちふさがる。なんであいつばっかりなんだよ!
神様から、誰もが振り返る容姿と優秀な頭脳を貰い、俺の両親なのに俺よりも愛情を貰い、そして、俺がどうしても欲しいと思っていた由梨奈から愛を貰うんだよ。
いつ頃だっただろう。
由梨奈が俺を子ども扱いする事に、ふてくされるようになったのは…
あいつの視線に気が付いた由梨奈が、はにかんだような笑顔を浮かべる姿に、胸が痛いと感じたのは…
婚約した当時、小学生4年生だった俺を中学3年生の由梨奈が、いつまでも男として見てくれないのは…当たり前かもしれない。いつまでも子供だと思っていれば、好きなってくれるはずはないじゃないか。
思い通りに物事が運ばなくて、いつも…イライラしていた。
だが…あの時、あの言葉に…
『弁護士の松下 理香は、結構いい腕してんだよ。話せよ。あたしが解決してやってもいいぞ。』
俺は自然と口を開いた。
口の悪いこの女性弁護士を苦手としていたのに…(話せよ。)と言われた時、あぁ、俺は誰かに話しを聞いてもらいたかったんだと思った。
弁護士の松下 理香は…俺の話を聞いて、ひとこと
『解決の方法は簡単じゃないか。由梨奈嬢とラヴラヴになればOKだ。』
『ラヴラヴ…OK…』
俺の長年の悩みを、この弁護士は…そう言った。
間違った…絶対に間違った。
【弁護士の松下 理香は、結構いい腕してんだよ。話せよ。あたしが解決してやってもいいぞ。】
その言葉を信じたちょっと前の自分を恨んだ。
恨めしそうだったと思う。弁護士の松下 理香を見る目は…。
でもそんな胡乱な目つきの俺に、松下弁護士はニヤリと笑うと
『解決策は浮かんだ。あとは舞台だ。だが…主役のお前がうまくやらないと、舞台は拍手喝采で終わらないぞ。舞台はあたしが画策する。ボンボン逃げんなよ。あたしが用意する舞台に穴を開けたら…タダじゃ済まないからな。あたしが連絡したら、万難を排して来い!』
『お前さ…女を知っているのか?俺様気取りのくせに、肝心なところが弱腰で、それじゃ、女は靡かないぜ。あたしの準備ができるまで、女が揺れ動くような口説き文句を考えてろよ。』
ははは……。
もう、笑うしかない。
はぁ~口説き文句なんか…由梨奈に言えるはずないじゃないか…まだ心にあいつが住んでいる由梨奈に、何を言っても、その心が動くはずはない。
♪♪♪……
「誰だよ。人がいろいろ考えているとき、電話なんて………マジか?…」
「…久住です。」
(なに、トロトロやってんだよ。早く電話に出ろ。とにかく今から葉月のコンビニに来い!)
「ちょ、ちょ待てよ。なんだよ、なんで!あのとぼけた高宮のところに…」
(弁護士のあたしが、お前が長年悩んでいた事の、解決策になりそうな糸口を見つけてやった。だからすぐ来い。)
「いや…だから…」
ツ一一ツ一一ツ一
き、切れた。
来いって言うことは…俺が…由梨奈を今から口説くのか?…俺がか…?
無理だ。絶対…出来ない。
「……出来るわけがない。」
そう言って、頭を抱えテーブルに伏した…だが…耳元であの松下弁護士の声が…
『弁護士のあたしが、お前が長年悩んでいた事の、解決策になりそうな糸口を見つけてやった。だからすぐ来い。』
…という言葉が、また聞こえていた。
そんな俺に、さっきとは違うグループの後輩らが、
「先輩、どうしたんですか?」
「顔色が悪いみたいですけど?」
もう、大声で怒鳴る力もなくて、俺は覇気のない声で
「あぁ…最悪なんだ。悪いがひとりにしてくれ。」
そう言って、スマホを握り締めた。




