紺色のスニーカー
18時を指すアナログの時計に目をやると、俺はPCの電源を落とした。
仕事に横槍を入れられ、帰国後はなかなか仕事が進まなかったが、婆様は昨日今日と…何やら忙しくしているようで、婆様の子飼い達も俺の仕事に横槍を入れる暇もないらしい。
今のうちに…大事なところは抑えておこう。
葉月ちゃんを守るためには、婆様の権力を削ぐのが一番だ。
それに…これ以上婆様の思い通りにやって行けば、グループの主要企業である、この久住商事は必ず行き詰まる。そうなると…久住グループとて、問題が生じるだろう。だから早いうちに久住商事は、婆様から一旦、養父に権限を移し、婆様にはグループの別会社に移って貰うのが一番だ。
それにしても、なぜ婆様はこんなに大企業になっても、後継者は創業者の家系からと考えるのだろうか…ここまで拘るのは異様だ。有能な人間をどんどん入れ、そして上に据え、社内を活性化しないと、どんなに大きな企業とて、何れ破綻は来ると思わないのだろうか。
急がなくてはならないことばかりだが…まずは一歩だ。目の前の事を片付ける。
俺がやるべき事は、婆様の力を削ぎ、葉月ちゃんを守る事。そして…由梨奈だ。由梨奈の病気の件は、理香さんから助言を貰った。取りあえず、病状を把握しろと…まず《病院で再検査》それからだと…
だが、理香さんの言っていた言葉が気になる、あれは…
『女性にとってはデリケートな器官の病気だけに、あたしから桐谷 由梨奈に言うから、樹からは何も言うな。』
それは納得したが…
『でも先日、理香さんは由梨奈と知り会ったばかりで、親しくもないのに…突然、がんの再検査を受けるようにと言っても…由梨奈は頷くとは思えないのですが。』
『だな…。だけど、あたしの感が言ってんだ。桐谷 由梨奈は自らあたしに会いに来るとな。』
『由梨奈が自ら…なぜ?』
『一時期はいろいろ遊んでいるとおまえの噂を聞いていたが…まだまだお前は、恋愛に対してに純粋なのか?はたまた鈍感なのか?フッ…女を知らないな。桐谷 由梨奈という女心や…そして…いや、これはいい。』
そう言って、それ以上は笑ってなにも言ってはくれなかった。俺にできることは…由梨奈が、がんであった場合、そして手術が必要な場合に備えて、子宮がんの手術の症例が多い病院をリストアップすることぐらいか。
由梨奈を久住から解放してやるには、まず病気のことを片付けてからだ。やっぱり今のところは、理香さんにお願いするしかないな。
ふぅ~
問題は山積みなのに、何ひとつ、まだ解決の糸口さえ見つからない。
でも…今はこれしか出来ない。
また小さく息を吐き
「さぁ…帰るか…」と、立ち上がった時、足元に置いたあった袋に目がいった。
これは…葉月ちゃんから借りていた靴だ。
靴を酔ってどこかに失くした俺に
『あっ!!私、スニーカーを持ってます。紺色だし…』
そう言って、二階に駆け上がって持ってきたのは、確かに紺色のスニーカー…但し22.5cmだった。
俺は…そのときを思い出し口元を緩め、袋から紺色のスニーカーを出した。靴自体はもう何年も使っているようだが、靴紐を買い換えて、大事に使っている靴。それを…俺に貸してくれたんだった。
いろいろあったせいで、返しそこなっていたんだ。困っていないだろうか?返さないと…
ぁ…でも…俺は…言ったんだ。いや決めたんだ。
『もう二度と君の前には現れないから、だから…せめて君を、陰から守らせてくれ。』…と
どうやって返すんだ。もう会わないと言ったんだぞ。
そう…会えないんだ。俺は…もう、葉月ちゃんを今までのようには見れないから…。
ブッ…ブッ…ブルブル…
…理香さん?
「樹です。」
(今、どこだ?)
「まだ、職場にいますが。」
(なら、一番お前が葉月のコンビニに近いな。)
「あっ、でも…俺は…もう…葉月ちゃんには会えません。俺は…好きだと、葉月ちゃんに好きだと言ってしまいました。すみません、理香さんに言われていたのに…」
(……昨日の事は知っている。だが、今はそんなことを聞いている暇はない。九尾の狐が現れた。)
「婆様が…葉月ちゃんに会いに…。そうか…昨日今日と忙しくしていたのは…これだったんだ…。理香さん、直接…婆様と対峙するんですね。」
(そうだ。片付けようぜ。)
理香さんの言葉に、俺は頷いていた。




