葉月・・・ゴックンする。
「だ・か・ら、俺は心配して声をかけたのになぁ…。」
「…」私は黙って頷いた。
「だいたい、その道はこの桜の木をぐるりと囲んだ道だから、進んでもまた戻ってくるって、言おうと思ったのに…はぁ…人の親切をそうやって斜めに見るからだよ。」
この弟久住さんをチラリと見れば、嬉しそうに…いや可笑しそうに眼を細めて見ている。
くそっ…何たる失態。
フンフンと鼻息を荒くして、進んでいったら、この小憎らしい顔が、眼を輝かせて待っていたとは…付いていない。
弟久住さんは、わざとらしい微笑みをたたえ
「教えようか…広間までの道。」
うっっ…上から目線だ…悔しいけど…、ゆっくりと頷くと
「じゃぁ…《教えてください》って言えよ。」
私は黙って立ち上がり、頭を下げ歩き出した。
「おい!なんだよ。」
「やっぱり、なんかムカつくからいいです。さようなら。」
「なんだよ。それ!」
「あなたに聞くくらいなら、ここで遭難したほうが百倍もマシだと思うので、じゃぁ…さようなら。」
「はぁ…わかったよ。おまえを相手してると、疲れるから…もういい。付いて来いよ。」
「へぇ?広間に…行くんですか?」
「あぁ、隠れているとか言われて…少し、腹も立つけど…一理あるし…。」
「へぇ~」
「なんだよ。」
「高宮 葉月。」
「えっ?」
「名前ですよ。弟久住さん。」
「はぁ?!なんだそれ?!弟久住って…」
「だって、お兄さんを久住さんって、呼んでいるから同じだと、どちらの話をしているのか、わからなくなりそうなので…弟久住さん。」
「樹…って、呼んでいないのか?」
「ぁ、当たり前じゃないですか!年上の男の人を呼び捨てだなんて…」
「俺はいいぞ。秋継って呼び捨てでも…葉月。」
「嫌です!葉月って呼び捨ても嫌です!やっぱり、さようなら。」
「おまえ…。あぁ!もう…行くぞ!」
久住さんより、少し細い後ろ姿を見ながら、大きく息を吐いた。
まさか…久住さんの弟さんと知り合うとは…
久住さん…
由梨奈さんとお話できたのかなぁ。10年前の恋にちゃんと、さよならできたかなぁ。
「おい、高宮 葉月。ぼんやりしていたら置いてゆくぞ。」
「今、行きます!弟久住さん!」
チッと舌打ちが聞こえたけど…
一番解かりやすくて良いと思うんだけど…どうやらお気に召していないみたい。
いくつか上だったと思うけど、なんだか子供みたいで、少し苦手。
お坊ちゃまだからなのかなぁ、上から目線での物言いで、でもそれがなんだかバカにされてるみたいで…キツイ物言いでも、理香さんには愛を感じられるけど…この人には感じられない。
「高宮 葉月、兄貴は…。」
「えっ?」
「…兄貴は……由梨奈と話をしていたか…?」
あぁ…そうだった。この人が、由梨奈さんの…
「…まぁ、バカな事をしてくれなきゃ…どうでもいいけど…ほんとにどうでもいいけど。」
苦手なんて、言っちゃいけないよね。
お兄さんの好きだった人と結婚をするんだもの、きっと悩んで、そのイライラが人に対して尖がった物言いになっているかも。この人はこの人なりに、どうしていいのかわからなくて、ここにいたのかもしれないのに…私は…
アマちゃんを卒業しろとか…。
逃げてばかりいたって、物事は解決しないとか…。
こんなところで隠れていないで、あなたも前に足を進めるべきですとか…。
悪い事、言ったなぁ。
「今、お話しされているかも…知れません。でも久住さんは問題を片付けるために、日本に帰ってきたんです。だから…「そうか、そう言っていたのか…」」
私に最後まで言わせないで、弟久住さんはそう言って立ち止まり
「この塀を乗り越えると早いけど…高宮 葉月、どうだ。」
「いや、どうだと言われても、私はワンピースです、おまけにハイヒール。無理ですよ。」
弟久住さんは、う~んと唸ると
「でも、ここから行ったほうが、10分は早いんだけどなぁ。」と言いながら、私の顔を覗き込んできた。私は後ろへ下がりながら
「10分、遅くなっても普通の、そう普通の道でお願いします!!」
弟久住さんは返事をせず、じっと私を見て
「高宮 葉月…お前、それ本名か?」
「えっ…?!」
「どっかで…見たんだよなぁ。似たような顔…」
「はぁ?」
「…その髪の色は地毛か?」
「は、はい。」
弟久住さんは、鋭い眼をより鋭くして
「その瞳の色もか…?!」
「そうですが…。えっ…となにか?」
「…お前、ハーフか、クォーターだろう?」
思わず、ゴックンと大きな音をたてて、唾を飲み込んでしまった。




