葉月・・・ドキン・チク・チクン・ズキン・ドキドキ・フンフン。
「ごめん。葉月…ごめん。」
理香さんは、呟くように言うと、顔を歪め視線を私から外した。
理香さんにそんな顔をさせているのは…私?
ドキンドキン・・・
胸の鼓動が、早くなった。苦しい…胸が苦しい。
でもどうして?理香さんがそんなに辛そうな顔をするんだろう。私と久住さんが付き合うとか、そういう話じゃないのに、ただの片思いなのに…この事が、どうして理香さんに、あんな顔をさせることになってしまったの?
理香さんにそんな顔をさせたくない。
なにか、なにかあるんだろうか。
会うことさえも反対だなんて絶対おかしい…でも…
どんな理由があっても、理香さんは…私にとっては大事な家族だもん。
だから…私は…
笑うんだ。大丈夫って言って笑うんだ。
出来るだけ明るく笑って
「理香さん。何を心配してるんですか?私の片思いですよ。叶うはずない私の片思いです。」
「…葉月…」
「あっ?!葉月のくせに…恋をするなんて、100万年早い!!と言いたいんですか~。」
「…バカ…何言ってんだよ。」
「エヘヘ…」
「おまえ…」
「理香さん…。理香さんが久住さんと会うなというなら、もう会いません。」
チクン…。
大丈夫、まだ我慢できるもん。大丈夫。
「ぁ…。葉月…」
チク、チク…。
ちょっと…痛いかなぁ…。
「そろそろジョセフィーヌさんを助けに行ってください。今頃きっと困ってますよ。」
「でも…葉月。」
ズキン…
ごめんなさい。理香さん…。
「じゃぁ、先に広間に戻って、美味しいものを食べて待ってますから。」
背中で理香さんの声が聞こえたけど、涙が出てきて振り返る事ができないよ。泣いてる顔を見られたら、きっと理香さんはまた悲しい顔になっちゃう。
大事な人の悲しい顔は見たくない。
ジョセフィーヌさん、理香さんそして…久住さんの顔はいつも笑って欲しいから…
だから…泣いてる顔は見られちゃいけない。
・
・
・
走って、たくさん走って…胸の中で、大きくなりそうな物を吹き飛ばしたい。
走ろう、眼の前の道を走ろう。少しでも心の中を軽くしなくちゃ、押しつぶされそうだもの。
そして…
ドキドキ
ここは……えっと…どこ?どこなのかなぁ…?
ドキドキ
ま、迷子だ。これは迷子だ。
ぁぁ…なんてこと、なんてことよ!!!
力が…抜けそう。こんなときに迷子になるとは…
こんな広い庭で、誰かに遭遇なんてないよね。あぁ、どうしよう。
「あぁ、朝もお昼も我慢して、張り切ってここに来なきゃ良かった。お腹すいたし、喉も渇いたよ。あぁ~もう力が入らないよ…はぁ…でも…」
大きな桜の木にもたれ、ズルズルと座り込みながら
「でも、広間にもどる道がわからない。」
・
・
・
「ふ~ん…そうなんだ。」
えっ?…なにか聞こえたような、気がする。
キョロキョロと周りを見る私に、また声が聞こえた。
「上!」
「上?」
「そう、あんたが凭れている木の上。」
そっと見上げた顔の上に、冷えた缶ビールが……のった。
「へっ?!えぇっ!!!なに!」
「静かにしてくれよ。誰かに気づかれたらどうすんだよ。」
「で、でも、冷たい!!なんなんですか!いったい、あなたは誰ですか?!」
「俺を知らないの?あんた、兄貴の新しい女なんだろう。」
「兄貴?新しい女?」
「兄貴と一緒に来ていたじゃん。」
「いや…だから!兄貴って誰ですか?」
「久住 樹。」
「久住 樹…?!えぇっ…?!あなた…!じゃぁ…あの、あの秋継さんですか?!」
紺色のタキシードを着たその人は、鋭い眼を細め、木の上から飛び降りると、缶ビールを一口飲み
「…あんた、なんか変わってるね。」
と言って、また缶ビールに口をつけた。
「女性の顔の上に、缶ビールをのせる殿方こそ、変わってると思いますけど!」
「これまた、はっきりと仰る。こんな生意気なガキがいいとは…兄貴も、趣味が変わったもんだ。」
「あなたってほんと、一言一言がムカつく!」
「俺にムカつくって言うんだ。へぇ~」
「ムカつく!!何度でも言ってやります!ムカつく!ムカつく!」
「あはは…ほんとガキだよなぁ。」
なに、この人!久住さんとは大違いだ。言い方に刺がありまくりだ!
こんなのを相手にしていたら、心がぜっ~たい歪む。間違いない。
「では、失礼します。久住家のお坊ちゃま!」
「おまえなぁ…名前ぐらい言えよ。」
「お断りします!」
「ふ~ん、じゃぁ兄貴の女。」
「言っときますが!私は誰の女でもありません。もう少し、お兄さんを見習って、アマちゃんを卒業なさってはどうですか?」
「…どういう意味だ。」
「逃げてばかりいたって、物事は解決しないってことですよ。久住さんは、前に進むために帰ってきたんです。こんなところで隠れていないで、あなたも前に足を進めるべきです。」
「おい…」
「あら、失礼しました。生意気なガキが言ったことですので、どうかご容赦を…」
と言って、アッカンベーとしてやった。
フンフン
鼻息を荒くして、歩いたが…だが…このまままっすぐ行っていいのかなぁ…。
だけど、死んでもこの人には聞きたくないもん!道があるんだから、どこかに行くはず。
「おーい、おまえさぁ…迷ってんだろう。いいのか~」
後ろから、そう聞こえたけど…でも無視!




