恋人になった幼馴染
「ただいま……って、ルイ、なんで自然に私の部屋に入ってきてるの!?」
玄関の鍵を開けたら、ルイは当たり前のような顔で私に続いて室内へと足を踏み入れた。
幼馴染の彼は、私の実家とも家族同然の付き合いだし、一人暮らしを始めてからも何度か手伝いに来てくれたことはある。
だけど、さっき恋人同士になったばかりの状態で二人きりで部屋にこもるなんて、心臓への負担が大きすぎる。
「なんでって、約束したでしょ。ーー屋内で続きをするって」
ルイはパタンとドアを閉めると、流れるような動作で鍵をかけ、チェーンまでしっかりと下ろした。
ガチャリ、という金属音が、静かな室内にやけに大きく響く。
退路を完全に断たれた気がして、ごくりと唾を飲み込んだ。
「ローブ、かけるね」
ルイは魔法学校の制服の上着を脱ぎ、ハンガーにかける。
白いシャツ姿になった彼は、いつもよりさらに肩幅が広く、大人びて見えた。ネクタイを少し緩める仕草すら、今の私には直視できないほどの色気を放っている。
「ルイ、あの、私、まだ心の準備がーー」
トボトボと後退りする私を、ルイは見逃してくれなかった。長い足であっという間に距離を詰められる。気がつけば、私は自分のベッドの縁に腰を落としていて、その目の前にルイが膝をついて、私を見上げるようにして視線を合わせた。
「レーナ。外じゃなきゃ、いいんだよね?」
悪びれもせず、けれど底知れない熱を孕んだ瞳が、私をじっと射抜く。
「……ルイのばか。そういう意味じゃないのに」
ルイはおかしそうに笑うと、私の膝の上に置いていた両手をそっと包み込んだ。彼の手は、私よりもずっと大きくて、男の人っぽいのゴツゴツとした厚みがある。その手のひらから、彼の高い体温がじわりと伝わってきて、それだけで身体がカッと熱くなった。
「さっきの男……レオンくんだっけ。あいつに肩、触られてたでしょ」
「えっ? あ、うん。でも、あれはレオンくんが誰にでもそうなだけで、私に全然そんな気はーー」
「俺はあるよ」
ルイは私の言葉を遮ると、そのまま私の腰を抱き寄せ、ゆっくりとベッドへと押し倒した。柔らかいマットレスに背中が沈み、その上にルイの身体が覆い被さる。彼の髪から、さっきのハンカチと同じ、甘くて少し冷たい香りが鼻腔をくすぐった。
「俺以外の男に、そんなふうに気安く触らせないで。……これ、仕事中に他の男と仲良くしてたレーナへの、ちゃんとしたお仕置き」
「っ、ルイ……」
「目、閉じて。今度は止めない」
降伏を促すような、優しくて、けれど圧倒的に強引な声。理性がどうとか、恥ずかしいとか、そんな言い訳はもうルイの熱い吐息の中にすべて溶けて消えていく。
私はただ、恋人の腕の中で、甘く溺れていくことしかできなかった。
◇
週末は、恋人になってはじめてのデート!
私たちは月守草の丘へ向かった。
ここはマリリンの聖地の一つでなのだが、マリリンの知名度がそこまで高くないため、一般的には『イルミネーションがキレイなデートスポット』と知られている。
週末の丘には、噂通りーーいや、噂以上に甘い空気に満ちていた。見渡す限り、どこもかしこ恋人たちばかりだ。
ルイと落ち合った後、彼はごく自然な、流れるような動作で私の手を引いた。指と指を深く絡ませる、いわゆる恋人繋ぎ。それだけで、私の心臓はうるさいほどの音を立て始める。
一方で、恋人になってからのルイはどこか余裕そうだった。カーヴィさんに話した、直視できないほどの色っぽさが、さらに磨きかかっている。
「月守草のつるにイルミネーションが付いているんだね」
ルイの言葉に頷きながら、私は鮮やかな光に照らされた無数の影を見ていた。
ーーマリリンの父親を石に変えた邪悪な魔法使いが、まだ邪悪でなかった頃。
彼は、命の恩人である少女と、十年後にこの丘で再会する約束を交わしていた。しかしながら、約束の印として渡したガラスの腕輪に希少な魔石が含まれていたせいで、少女は強盗に襲われ、命を落としてしまう。
強盗を手にかけ、冷たくなった少女を抱きしめた瞬間から、魔法使いは闇へ落ちていくのだった。
月守草は、自分の幹だけでまっすぐ立つことができない。だから、何かにしがみつくように、つるを巻き付けながら上へ上へと伸びていく。
少女の遺体を守るように絡みついたつるには、人が一生に一度見れるかどうかもわからない、それはそれは美しい銀色の花を咲かせるのだ。
……切なすぎる。
気がつくと、頬をつーっと一筋の涙が伝っていた。
「……レーナ?」
ルイはぎょっとした顔をして、慌てて私の顔を隠すように抱きしめる。
「じゃ、邪悪な魔法使いが、少女の亡骸を見て……『約束を破られたわけじゃなかったんだ』と気付くシーンを思い出しちゃって……」
ずびずびと鼻をすする私の背中を、ルイが優しくさすってくれる。
「うん……。今も月守草が、あの少女を守ってくれているのかもかな」
そんなマニアックな情報をなんで知っているんだろう。
ルイも、マリリンの伝記を読んでくれたんだ。
そう気づいた瞬間、胸がぽかぼかと温かくなって、幸せで、余計に涙が止まらなくなってしまった。
「ルイ、好き。大好きだよ……」
応えるように、ルイが抱きしめる腕にぐっと力がこもる。ルイの厚い胸板に頬を預けていると、こちらまで緊張してしまいそうなほどの、速くて力強い鼓動が伝わってきた。
「ねぇ、ルイもドキドキしてる?」
「当たり前だろ」
ルイは耳を真っ赤に染め、明後日の方を向きながらぶっきらぼうに答えた。そんな姿が愛おしくて、私は少し意地悪に囁いてみる。
「……直視できないくらい?」
「一緒だね」って言いたかったのに、次の瞬間、ルイの顔が信じられない近さまで迫り、カブッと耳を噛まれた!
「なっ……!!!」
「ほら、さっさと涙拭いて行くぞ。拭いたら、昨日みたくキーー」
「い、行くよ!!!」
彼の言葉を遮るように大声を出すと、私は真っ赤になった顔を隠すように、彼の胸をぐいっと押して歩き出した。
金曜日の夜、ルイとのキスを思い出してなかなか寝付けなかったんだから。そのせいで寝不足だし、ちょっと肌荒れしちゃったんだから……!
今日は絶対、絶対にキスなんてしないんだからね!
◇
「で? どうだったの?『マリリンの聖地』は!」
月曜日。昼休みになるなり、カーヴィさんがデスクの仕切りから勢いよく身を乗り出してきた。その向かいでは、室長が『早く話しなさい!』と言わんばかりに、目を輝かせている。
二人の熱烈な視線に耐えかねて、私は手元の書類で顔を半分隠した。
「……どうだったって、……普通にイルミネーションを見て、帰ってきました」
仕事中とは打って変わって、蚊の鳴くような声で答える。
「嘘だ! レーナちゃん、顔が真っ赤だよ!?」
カーヴィさんがすかさず声をあげた。鋭いお姉様の観察眼からは逃れられない。
「ほらほら、白状して。冷徹だけどモテモテで首席のルイさんですよ? あのロマンチックな場所で、何も起きないはずがない!」
「本当にその日は、何もないです! 」
「ーー『その日は』?」
ニヤリと笑った室長にそこを突っ込まれた瞬間、事務室の扉が開いて、颯爽とレオンが登場した。
「それって僕が恋のキューピットになったってことですか!?」
結局、金曜日に恋人になったことを洗いざらい白状させられた。
カーヴィさんは、「キャーッ!」と短い悲鳴を上げて両手で頬を押さえた。レオンくんに至っては、「よっしゃ!」となぜかガッツポーズを決めている。
「やっぱり! ほら見たことか! もう、『ただの幼馴染』じゃないわね」
「……私ばっかり好きな感じがしますけど」
両思いだとは思うけれど、ルイから一度も『好き』とは言われていない。
俯く私に、カーヴィさんが優しく微笑みかける。
「私は二人のこと応援しているからね。自信を持つのよ。
レーナちゃん、今度、学校でルイさんに会ったら、その姿をよーく見てごらんなさい。きっと、あなたに見せてる顔とは違う彼が見えるはずだから」
カーヴィさんの言葉が、胸の奥にトン、と居座った。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回、最終話です。明日の正午頃に投稿予定です!
最後までお楽しみいただけると嬉しいです。




