豹変した魔法使い
就業後、ルイと待ち合わせをしているピロティに向かう。
ルイはまだいない。自動販売機にいたレオンがこちらに気づくと駆け寄ってきて、私の肩を叩いて、「今週末、楽しみですね〜」とニヤニヤしながら揶揄われた。
「もう、いい加減しつこいよ!……だったらルイと行くのは断るから、レオンが一緒に行こう!」
半分意地になってそう誘った、まさにその瞬間だった。
「ーーなにしてるの?」
低く冷たい声が響く。
振り返ると、そこには明らかに怒気をはらんだ表情のルイが立っていた。
私とレオンの距離が近かったこと、そして何より「ルイとの約束を断る」という言葉をバッチリ聞かれてしまったらしい。
ルイの綺麗な切れ込みの瞳が、凍りつくような冷たさで私を射抜く。
「あ、ルイ……! いつからそこに……」
「今週末の約束、断るんだ?」
一歩、ルイが足を進める。
その圧倒的な高身長と、怒っている時の独特の威圧感に、私は思わず圧倒されて後退りそうになった。
気まずい沈黙が流れる中、それまでニコニコしていたレオンが、ハッと何かに気づいたように両手を振って割って入った。
「あ、あの! ルイ先輩、怒らないでください! レーナさん、本当にルイさんとのデートを断るつもりなんてないんです! ただ僕がしつこく揶揄っちゃったから、恥ずかしがって意地を張ってるだけで……!」
「レ、レオンくん……っ!? 余計なこと言わなくていいから!」
慌ててレオンの袖を引っ張るが、天然な彼は『ルイ先輩の誤解を解かなきゃ!』と完全にスイッチが入ってしまっている。
キラキラした純粋な瞳で、ルイを見上げてさらに言葉を続けた。
「本当なんですよ!
さっきも事務室で、レーナさん、ルイ先輩のことすっごく褒めてたんです。
『背が高くて、カッコよくて、色気が男前すぎて直視できない、私の自慢の幼馴染だ!』って、すっごく嬉しそうに語ってて。だから僕、お似合いのデートだなと思って羨ましくなっちゃって……」
「んっっっっ!?」
心臓が跳ね上がる。
まさか、本人の目の前で暴露されるなんて!
私の顔は一瞬で沸騰したように真っ赤になった。レオンを見ると、「僕、ちゃんとフォローできましたよね!」と言いたげな、ドヤ顔に近い無垢な笑顔を浮かべている。
悪気が、本当に、1ミリもない……!
恐る恐るルイの顔を見上げるとーーさっきまでの冷徹な怒りはどこへやら、ルイは目を見開いたままフリーズしていた。
じわじわとルイの耳の尖端が赤くなっていくのがわかる。
「……色気が男前すぎて、直視できない?」
ルイが、低く、どこか掠れた声で私の言葉をなぞる。
その視線が、今度は怒りではなく、熱を帯びた『強引な男の人の目』に変わった気がして、私は本当にルイを直視できなくなってしまった。
「レ、レオンくんの嘘つき! 私そんなこと言ってないーー」
「へ? 言ってましたよ? 『最近は優しいだけじゃなくてちょっと強引でドギマギする』ってところまではルイさんには秘密にしておきまーーあ、言っちゃった」
てへっ、と可愛く頭をするレオンを、私は本気で呪おうかと思った。
ルイの大きな手が、そっと私の肩に置かれる。
「レーナ。……ちょっと、こっち来て」
いつもより強引な力で引き寄せられ、私はレオンに助けを求めることもできず、そのままルイに連行される羽目になったのだった。
◇
校門を出て人気の無い路地裏まで、早足で連れてこられ、ようやく立ち止まる。
乱れたスカートを直していると、ルイは逃がさないとでもいうように、私を壁と自分の身体の間にすっぽりと閉じ込めた。
いつもより何倍も近くにある端正な顔。じっと見つめてくる切れ長の瞳には、見たこともないような熱が灯っている。
「……レーナ、さっきの男とすごく親しいよね。俺との約束を断ってまで、どこがいいわけ?」
「さ、さっきは、つい意地になって言い返しちゃっただけなの、ごめんなさい……。
レオンくんは、どこというか、もちろん顔も綺麗だけど、マリリンに憧れてる同志なだけだよ!マリリンの子孫だから、私が知らなかったことを知ってたりするし……」
私がレオンくんのこと口にすると、ルイの顔が目に見えて歪んだ。
彼は私の肩をがしっと掴むと、これ以上ないほど顔を近づけてくる。
あまりの至近距離に、心臓が跳ね上がった。
「あいつが綺麗なら、俺だって顔は悪くないだろ? ……レーナが中学生の頃も、かっこいいって言ってくれてたじゃん」
「えっ!?」
「背だって俺の方が高いし。魔法だって、学年で首席を取っているから、俺の方ができるはずだ。
……俺の方がずっと、男として悪くないと思うけど」
低く掠れた声が、私の耳元を優しく、けれど強烈に刺激する。ルイの綺麗な顔が、かつてないほど色気を放っていて、私の頭は一瞬ショートした。
「……ルイは今もすごくかっこいいよ。
でも、私はただの学校の事務員だから、ルイみたいな将来有望な人とは、もう住む世界が違うから」
精一杯の強がり。ルイを諦めようと紡いだ言葉は、やっぱり私の胸をチクリと刺した。
「住む世界が違う、ね」
ルイはふっと、低く可笑しそうに笑った。
その笑みが、年上の男としての圧倒的な余裕を醸し出していて、私の心臓が跳ね上がる。
ルイの手が解かれて、身体が少し離れる。
「レーナ。俺のことを舐めすぎ」
ルイは私の目から一切視線を逸らさず、静かに微笑んだ。
「レーナが事務員で、俺が四回生だから何?
歳の差なんて、たったの三年だよ。学生と社会人っていう立場の違いなんて、俺が次の春卒業したら一瞬で消えるよ」
「っ、でも……!」
「事務員だろうが何だろうが、俺はレーナの側にいたい。
レーナの隣に立つために、俺がどれだけ努力してきたと思ってるの? ……それとも何? まだ俺は男として不満?」
意地悪く、けれど独占欲を隠そうともせずに囁くルイ。子ども扱いするどころか、私を完全に一人の女性として扱い、逃げ道をすべて塞いでくる。
「俺が今まで頑張ってきたのは、全部レーナにかっこいいって思われたいから。
……だから、勝手に俺の隣からいなくなろうとしないで」
すとん、とルイの額が、私の肩に預けられた。さっきまでの余裕が嘘のように、少しだけ切なげに響く声。
「俺じゃ……ダメ?」
う、嘘でしょ……
立場を気にして諦めようとした自分がバカらしくなるくらい、本気で口説かれてるの……!?
私の理性は、ルイが放つ包容力と強引さの前に、跡形もなく崩れ去ろうとしていた。
「……本当は、私が魔法学校に受かってたらって、思ってない? 」
初めて本音を口にすると、緊張して声が震えた。
「私がもっと、ルイに釣り合うような、優秀な女の子だったらって……っ」
遮るように紡がれたルイの声は、どこまでも優しく、私の心を包み込んだ。
「そのままのレーナが好きだよ。……だから、レーナも、そのままの俺を見てほしい」
ルイは、本当は、優しいだけの紳士じゃない。
独占欲を隠さず、冷たい視線を他人に向けるし、強引に私を壁に押し付けるような人だ。
けれど、そんな彼の本音すら、愛おしくて堪らない。
私がどれだけ、釣り合わないと引け目を感じていても、彼は私の想像を遥かに超える熱量で私だけを求めてくれた。
『そのままで』という彼の言葉が胸の奥深くに響いて、堪えていた熱いものが一気にこみ上げてくる。
「好き…ルイが、好きなの……」
ずっと胸に閉じ込めていた言葉。
今、やっと伝えられた。
ぼやけた視界の先で、ルイもまた、泣き出しそうな顔で柔らかく笑っていた。
「ねえ、キスしたい」
熱を含んだ、少し湿っぽい声で囁かれる。
至近距離で紡がれた甘い言葉に、私は心臓がバクバクと跳ね上がった。
「な、涙拭いてから!」
驚きと恥ずかしさで、さっきまで溢れていた涙が一気に引っ込む。
慌ててカバンの中を探そうとすると、ルイがスマートにハンカチを差し出してくれた。ためらいながらも受け取り、熱を持った頬にそっとあてる。
というか、なんで、さっき拒否しなかったんだろう!?
少しずつ頭が冷えてくると、今度は猛烈な羞恥心が襲ってきた。
ルイのハンカチから香る彼の香りのせいで、余計に心臓がうるさい。
このまま別の話題ーー明日の天気の話に無理やり切り替えれば、この甘すぎる空気を誤魔化せるかもしれない……!
「そ、そういえばっ、明日も晴れてーーー」
「もう、いい?」
紡ぎかけた言葉は、ルイの低い声に優しく遮られた。
ルイの大きな手が私の手首をそっと、けれど拒絶を許さない力加減で捕らえる。
熱を帯びた彼の瞳が、じっと私を見つめていた。ゆっくりと綺麗な顔が近づいてきて、触れるだけの、優しい唇の感触がした。
「目、閉じて」
耳元で、湿った吐息とともに囁かれる。
二度目は、さっきよりも深く、長く。
三度目は、少しだけ角度を変えて、私の唇をなぞるように。
四度目は、息が苦しくなるほど熱く、深くーー。
「ス、ストップ……っ!」
このままでは完全にルイのペースに呑まれてしまうと本能が察し、私は彼の胸を両手で押し返した。
「なんで?全然足りない」
ルイは不満げに眉を寄せながらも、ふっと意地悪く唇を歪める。その余裕のある笑みが色気をこれでもかと放っていて、顔がさらに熱くなった。
「ここ外だし!」
「じゃあ、屋内で続きしようね」
「なっ…!!!」
ルイに手を引かれ、歩き出す。
そして、恋人同士のように指を絡めて私の手を握り、ぐいと引き寄せた。
真っ赤になって固まる私を前に、ルイは満足げな笑みを浮かべたまま、足早に歩き出す。
立場を気にして、一度はさよならしようとした恋心。
だけど、この幼馴染の隣が、世界で一番甘くて逆らえない場所なのだと、私の心は完全に白状させられていた。
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