魔法学校で推し活
「ここが、マリリンの通った学校かぁ……」
来たのは合格発表以来なのだが、あのときはそれどころではなかった。
マリリンが通っていた魔法学校、これから堪能しなければ!
深く、深呼吸する。
空気中のアルゴンは貴ガスで安定しているから、今この瞬間、マリリンと同じ空気を吸いこんでるかも……!
そう考えると、思わず頬が緩む。
学校事務室のメンバーは私を含めて三人。
学校はまだ春休み中だが、新学期の準備等で多忙を極めていた。
本当は八月からの採用予定だったのだが、『来られるのなら四月からでも!』と早められたのだ。
そして、あっという間に入学式。
「すみません、懐中時計の忘れ物は届いてないですか……?」
ーーそう、ここで、私は運命的な出会いをする。
◇
「レーナ、最近すごく楽しそうだね」
帰り道、隣を歩くルイの声が、どこか低くて硬い。
なぜか、初出勤の日から、こうしてルイと一緒に帰ることになった。
私は就職を機に一人暮らしをはじめたのだが……、なぜかルイも今年度から一人暮らしをはじめた。
しかも、同じマンションなのだ。
まるで同じ屋根の下……なんて考えは、理性に即効削除してもらった。
「実はね、この前話した一回生が、なんと、マリリンの子孫だったんだよ!
……あ、噂をすれば、レオンくん!」
通りの向こうから手を振って近づいてくるのは、先日忘れ物を尋ねにきたサラサラヘアーの髪の綺麗な男の子、レオンくん。
彼は何を隠そう、私が前世で愛してやまなかった『マリリン』の直系の玄孫だったのだ!
忘れ物の懐中時計には、本体裏の外周に『マリリン・M 』と刻印があった。
そして、忘れ物受領書の欄には、『レオン・メイソン』と記入されていて。
恐る恐る尋ねてみれば、彼から玄孫であることが明かされ、嬉しさのあまり気絶するかと思った。
「レーナさん、これ。探してた『初期型魔法の絨毯の試作品』、実家の倉庫で見つかったので、差し上げます」
「っ、本当に……!!?家宝にします!!」
「はは、レーナさんは本当に面白いですね。
でも、そんなに喜んでもらえると、ご先祖様も浮かばれます」
お互いに共通の『マリリン(私にとっては推し、彼にとっては祖先)』の話ができる唯一無二の同志。
私たちはすぐに意気投合し、最近は毎日のようにこうしてマリリンの裏話(公式設定)を語り合っている。
「ーーレーナ」
地を這うような、低い声が鼓動を跳ね上げさせた。見れば、レオンくんから魔法の絨毯を受け取る私の手首を、ルイが強い力で掴んでいる。ルイの顔は、今まで見たこともないくらいに強張っていた。
いつも私に優しかった瞳が、今はレオンを冷たく捉えている。
「……誰?」
「え? あ、一回生のレオンくんでーー」
「俺の知らないところで、いつの間に仲良くなってるの?家宝って、何……?」
ルイが何を考えているのか、さっぱり分からない。
掴まれた手首から、ルイの焦りのようなものと、恐ろしいほどの熱が伝わってくる。
「あの、ルイ。ちょっと痛くて……」
私が恐る恐る告げると、ルイはハッとしたように力を緩めた。
けれども、私の手首を掴んだまま、レオンから引き離すように一歩前へ出て私を背中に隠す。
「……君、レーナとどういう関係? よく会ってるみたいだけど」
ルイの声音は、冷徹そのものだった。
年の近い兄のような柔らかさは微塵もなく、周囲を制圧するような鋭さがある。
「あの……四回生のルイ・エース先輩ですよね?
レーナさんが言ってた『ルイ』 って先輩のことだったんですね!呼び捨てだったから、てっきり一回生なのかと思ってました」
対するレオンは、気にする素振りもなく、人懐っこい笑顔のまま話し出す。
「レーナさんは僕にとって、ご先祖様の勇姿を誰よりも讃えてくれる、世界一特別で大切な女の子です!だから、先輩、安心してくださいね!
では、僕はこれで失礼します」
なんか、誤解されそうな言い回しな気もするけれど……背中を向けたままだから、ルイの様子が読み取れない。
「……レーナが最近マリリンのことを好きだと言っていたから、俺も少し調べたよ」
「うん」
「マリリンも魔法学校の生徒だったんだね。マリリンに憧れて、魔法学校に就職することにしたの?」
「う、うん……」
「……そっか、やっぱりな」
ルイがこちらを振り返って、乾いた笑いをした。
それからなんだか気まずいまま、それぞれの家に帰った。
◇
エレベーターでレーナと別れた後、玄関を入ると、ルイは思わずその場にうずくまった。
「……俺、カッコ悪すぎるだろ」
幼い頃からずっと、レーナが好きだった。
いつも自分の後をついてきて、好奇心旺盛で、少し泣き虫なレーナがかわいくて仕方なかった。
彼女が中学生の頃、「優しい人がタイプ」と話しているのを耳にしてからは必死だった。今更キャラじゃないかもと不安になりつつも、ひたすら『優しい幼馴染』を演じ続けてきたのだ。
だから、彼女が自分と同じ魔法学校を目指すと知ったときは、純粋に嬉しかった。
「勉強を教えほしい」と言われ、自然と二人きりの時間が増えたときは、内心小躍りしたい気分だった。
あるとき、レーナから「受験が終わったら、聞いてほしいことがある」と打ち明けられた。
その時の彼女のーー顔を赤らめて、少し涙目になった表情が、いつまでも頭から離れなかった。だから、受験が終わったら今度こそ自分から告白しようと決めていた。
それなのに。
試験本番を終えて帰ってきた彼女は、あきらかに様子がおかしかった。
受験の重荷からひとまず解放されたはずなのに笑顔が消え、出掛けようと誘っても部屋に閉じこもるようになった。合格発表すら頑なに拒まれ、結局彼女は一人で見に行ってしまった。
模試では合格確実と言われていたレーナが、まさかの不合格。
その日、彼女が夜になっても帰ってきていないと聞いて、俺は血の気が引く思いでレーナの家族と街を探し回った。
幼い頃によく遊んだ公園でようやく見つけ出し、一緒に帰った。
それから、彼女は少しずつ元気を取り戻していった。
レーナの兄の協力もあって、二人でカフェに行くことだってできた。
それとなく好意を伝えたら、照れるレーナがあまりにかわいくてーー彼女が魔法学校の事務員として就職したのは、自分を追いかけてくれたからだと、都合よく思い込んでいた。
卒業したらと考えていた一人暮らしを一年早めた。「レーナの一人暮らしが心配」と言うレーナのお父さんに「同じマンションに住んで、少なくとも帰りは学校から送る」と約束して。
「……まぁ、とんだ勘違いだったんだけどね」
その事実に、絶望と愕然が同時に押し寄せる。
今、告白しても絶対にダメだ。あのとき「受験が終わったら話したいことって何?」と聞いておくべきだった。いや、もう何もかも遅い。
「玄孫ってなんだよ……」
あの玄孫と彼女が昼休みに事務室で一緒にいる様子を何度か見かけていた。楽しそうに談笑する彼女の姿を見て、中に入ることはできなかった。
レオンの「世界一特別で大切な女の子」という言葉に苛立ちが隠せない。
優しいだけじゃ、あのぶっ飛んだ現実に太刀打ちできないっていうのか。だったら、もう格好つけるのはやめだ。優等生の仮面を脱いで、素の自分で勝負するしかない。
◇
お昼休みはレオンが事務室にやってきて、みんなで一緒に過ごすことが多くなった。
私のマリリン推しは、今や事務室公認だった。
少し距離感が近いレオンは、事務室のみんなから可愛がられる存在だ。
ある日、彼が、「この前縦割りの合同実技があったんですけど、ルイ先輩の魔法技術、本当に憧れるんですよね」と目を輝かせた。
ルイは最終学年である四回生の首席で、その魔法技術は群を抜いているらしい。
魔法使いの資格を取得するまでは校外での魔法使用は禁止されているから、私はルイの魔法を一度も見たことがなかった。
……私も、見たいな。
幼い頃からずっと一緒で、なんなら今も同じマンションに住んでいる。彼のことはなんでも知っているつもりだったけど、実はそうでもなかったのかもしれない。ただの幼馴染だから、学校での特別な姿までは知らないのも仕方ないのかな。
「ルイさんって、レーナちゃんの幼馴染なんだよね。小さい頃からかっこよくて優秀だったの?」
隣の席のカーヴィさんが、長いポニーテールを揺らしながら話しかけてきた。
一回り年上のカーヴィさんは、仕事を丁寧に教えてくれる頼れるお姉様だ。
「そうですね。昔から賢かったし、顔も……カッコよかったですよ」
「性格は!?」
なぜだかカーヴィさんが身を乗り出して聞いてくる。
「幼い頃は少し意地悪だったんですけど、今は優しくて……でも、最近は背がすごく高くなって、なんだか色気がすごすぎて、正直直視できないです……」
テンポに釣られたとはいえ、私は一体何を言っているのだろう。
でも、実は内心、最近のルイは優しいだけじゃなくて、どこか少し強引な気もしている。
今週末、ルイと『マリリンの聖地』に行く約束をしている。今では恋人たちが集まることで有名な、とてもロマンチックな場所だ。
そのことを話すと、レオンから「それ、デートじゃないですか!」と揶揄われた。
「ただの幼馴染だから違うよ」
私はムキになって否定したんだけどーー
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次回は、明日更新予定です。




