恋も魔法も、もういいや!
「っ、レーナ……!!」
人気の無い夕暮れの公園にかすれた声が響く。
鈍くなった頭では、自分に向けられたらものだと気づくまでに時間がかかった。ぼんやりとした視線の先で、近づいてくる影を見る。
影は私をきつく包み込み、それがルイなのだとようやく理解した。冷え切った私の身体に、彼の温かい体温がじんわりと染み込んでくる。走ってきたのだろう、彼の鼓動が速くうちつけている音が、耳元でうるさいほどに聞こえた。
「……一緒に帰ろう」
ルイは少し身体を離すと、私の頬に残る涙の乾いた跡を優しく撫でた。私は小さくうなずき、彼に手を引かれて歩き出した。
本当は、受験が終わったら、ルイに告白するつもりだった。
幼い頃のルイはやんちゃで、からかわれることも多くかった。年の近い兄、ずっとそんなふうに思っていた。けれど、中学生くらいから急に背が伸びて、大人びた顔つきになって、私に対してすごく優しくなって……気付けばどんどん彼を好きになっていった。
今日、一番最初に私を見つけてくれたのがルイで、すごく嬉しい。その反面、情けなくて泣きたくなる。
ルイや家族に心配をかけてしまった。
とぼとぼと歩きながら反省する。
ーーでも、大事な試験時間の真っ最中に、前世の記憶を思い出しちゃったんだから仕方ない。
だったら、これからはその記憶に従って『マリリンの世界』を満喫してやる!
聖地巡礼だってするんだ。
そのためにはお金が必要だし、まずは働かないと!
魔法学校の再受験なんて、絶対にしない。
そして……ルイへのこの恋心とも、今日でさよならするんだ。
◇
「久しぶりに外に出ないか?
どこか行きたいところ、連れていってあげるよ」
読書中だった私は、少し目線を上げてお兄様を見る。
この世界は、たしかに前世でアニメや小説として知っていた『マリリン』と同じ世界だった。でも、実際にマリリンが生きていたのは100年以上も前のことだと最近になって知ったのだ。
ーー約100年前。マリリンは、邪悪な魔法使いに父親を石にされてしまう。その呪いを解くため、魔法学校を退学し、幼馴染のフリードリックと魔法の旅に出た。
そんな『魔法少女マリリン』の伝記を全巻買い揃え、前世の記憶と照らし合わせながら読みふけっていたのだが……たしかに、ここ最近はずっと部屋にこもりきりだった。
魔法学校への入学を諦め、就職する(=マリリンの推し活をする)という私の選択を、家族はなにも言わずに受け入れてくれた。
「レーナがやりたいことをみつけたなら、それが嬉しい。……でも、本当に就職先はそこでいいのか?」とお父様は心配そうだったけれど。
『マリリンの推し活がしたいんです』とは言えないからね。心配しないで、お父様!
「あ、そうだ。マリリンの関連書籍、新刊が出たらしいよ」
「え、うそ!?」
「なんか、マリリンの聖地特集みたいなやつ」
「お兄様、本屋さん! 本屋さんに行きたいです!」
私が勢いよく身を乗り出すと、お兄様はフッと笑って部屋の入り口に目を向けた。
「……だってさ。ルイも行く?」
その名前に驚いて視線を追うと、ドアの隙間からルイがおずおずと顔を出した。
「レーナ、久しぶり。
俺も一緒に行っていい……?」
「え、あ、いいけど……」
「支度は30分あれば大丈夫?
そしたら、30分後にエントランスで集合で!」
お兄様の声に弾かれるようにして、急いで本を片付けて、お気に入りのダークブルーのワンピースに着替える。
髪の毛はハーフアップにして、手早くまとめた。本当は毛先を巻きたいけど、そこまで時間がない。
ルイと会うのは、あの日以来だ。
前髪が少し長くなって斜めに分けていたから、長いまつ毛の奥にあるダークブルーのきれいな瞳がよく見えた。久しぶりに聞いた低めの落ち着いた声はやっぱりかっこよくて、身体の中心が熱くなる。
彼とは釣り合わないと理性が告げているのに、まだこんなにも好きだった。
「よしっ」
仕上げにお気に入りの洋梨の香りのボディスプレーをサッとかける。
今日は、ルイとの最後のお出掛けだと思って楽しもう!
エントランスに向かうと、今日はじめてルイと目が合った。でも、不思議とさっきほどはドキドキしない。私の理性の勝利だ。
三人で『マリリンの聖地特集本』を買いに、本屋に向かった。しかしその途中、急遽お兄様の職場から電話が掛かってきて、彼は仕事へ行かなくてならなくなってしまった。
私も帰って、買った本を読みたかったのだけど、ルイに「せっかくだから」と、最近話題だというフルーツパフェのお店に連れていってもらうことになった。
目の前に置かれたのは、これでもかと贅沢にいちごが盛られたパフェ。一粒一粒が驚くほど立派で、噛みしめるたびに、濃密な甘さが口いっぱいに広がる。
「ルイも食べればいいのに」
ルイの前には手つかずのティーカップがひとつ。
「レーナは本当に幸せそうに食べるね」
嬉しそうに微笑むルイを見て、胸の奥が少しだけちくりとする。
ルイが誘ってくれたカフェだけど、本当に私が相手でいいのかな。もしかしてここ、魔法学校の仲間たちとよく来る場所なんだろうか。ーー女の子とも、来たりして。いや、絶対に来てる。ルイはモテる。昔から信じられないくらいモテてたんだから、今さら驚くことじゃないのに。
「レーナ」
「はい?」
「さっき、就職するって、聞いたんだけど」
「あ、お兄様から?
ルイにはいっぱいお世話になったから、自分から言おうと思ってたんだけど……遅くなってごめんね」
「いや、それは大丈夫なんだけど、魔法学校の事務員だって聞いて、驚いて……」
「そうだよね!でも、事務員だから、学校でほとんど会うことないだろうし、私から話しかけたりしないから安心してね」
大きなパフェグラス越しに、小さなガッツポーズを作ってみせる。それは、「私の存在はルイの学校生活になんの影響も与えません、無害です」という必死のアピールだった。
魔法学校は、マリリンが旅に出るまで通っていて、恋人になる前のフリードリックと過ごした場所ーーいわば聖地の一つなのだ!
推し活の資金を得ながら、推し活もできる最高の職場。
そして、ルイをはじめ、今後の国を担っていくだろう優秀な学生たちを陰ながら、支えていくつもりだ。
それなのに。私の意図が伝わったのか伝わっていないのか、ルイは私のガッツポーズの手を両手でそっと取った。優しく包み込むようにして、テーブルの上におろされる。
「俺はレーナと同じ学校に行けるの嬉しいよ」
包み込む手に少しだけ力がこもる。
「いやいやいや、私は生徒じゃないからね!?」
心臓の音が跳ね上がり、パニックのまま、そそくさと手を引っ込めてパフェに逃げる。
「会ったら、普通に話そう?」
そう言って優しく微笑まれると、顔から火が出るんじゃないかと思うほど熱が吹き上げてくる。それを隠すように俯くことしかできず、上手い返事を見つけられなかった。
「レーナ?」
返事のない私を不思議に思ったのか、ルイが少しだけ首を傾げて覗き込んできた。
「学校で他人の振りをされたら、俺、ショックで魔法失敗しそう」
「ええっ!? 」
驚いて思わず顔を上げると、ルイは少し眉を下げて、大真面目な顔でこちらを見つめていた。からかっている様子は、これっぽっちもない。
「だって、せっかく近くにいるのに、話せないなんて嫌でしょ。俺、レーナに会えるの、楽しみにしてるんだから」
さらりと、とんでもないことを言う。この男は、自分がどれだけ破壊力のある言葉を口にしているのか、本当に分かっていないのだ。
理性!理性!理性!
勝手に期待しそうになる自分が恥ずかしくてたまらなくなる。
「あ、会ったらね……! 」
蚊の鳴くような声で呟きながら、私は真っ赤になった顔を隠すように、再びいちごのパフェへとスプーンを動かした。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は、本日20時以降更新予定です。




