第6話 海底列車①
海底列車の駅まではそれなりに距離があったため、俺たちは広めの移動用ポッドを利用していた。
車内は、向かい合うソファ席の間に広めのテーブルが配置された、なかなかに快適な空間だ。
注文したハーブティーから涼やかな香りが立ち上り、車内では海をテーマにした流行曲が静かに流れている。
「この景色、好きだなぁ」
人間社会の服を身にまとったイオが窓の外を眺めながら、ぽつりと呟いた。
ポッドが滑るように走る港湾都市は、建築物のほとんどが青と白の二色で統一されている。
深い群青から淡い空色まで、さまざまな青が街並みに溶け合い、見事なグラデーションを描き出していた。
「日常を忘れさせようっていうGAIAの意図を感じられるな」
「わざとらしくて好きじゃない?」
「いや」
俺は窓からイオに視線を移す。
「誰かの善意はありがたいものだよ。それがAIからでも、エルフからでもね」
「うーん、GAIAと違ってエルフは誰にでも優しくするわけじゃないんだけど?」
イオはわざとらしく不満げな顔をする。
「俺にだけ特別優しいってこと?」
「……さあ?」
イオはふいっと窓の外へ視線を戻してしまった。
「少なくとも、今の質問にすぐ答えてあげるほど優しくはないかな」
イオの耳先がほんの少し赤くなっていた。
ポッドが港湾都市の中心部を抜け、緩やかな坂道を下りはじめる。
青と白の街並みの向こう側に、陽光をきらきらと跳ね返す本物の海が広がった。
その海岸線に、巨大な白いドーム型建造物が見えてくる。
《海底列車 サンタクルーズ駅》
視界の端へ静かに案内表示が浮かんだ。
ポッドを降りると、潮の香りを仄かに帯びた涼しい空気が二人を包み込む。
駅の構内は、どこか幻想的な青白い光に満ちていた。
驚いたことに、壁面全体が巨大な水槽になっており、近海の魚やクラゲたちが優雅に泳いでいる。
「あ、クラゲちゃん!」
「イオってやっぱりクラゲ好きなんだな」
「だって、見てるだけで癒されるじゃない?」
俺は機械の方のクラゲちゃんをふわふわと動かして見せたが、イオは別のものに意識を奪われていて気付かない。
「くんくん……何かいい匂いがする」
「エルフって鼻もいいのか?」
「知らなかったの?シンメの匂いだって遠くからでもわかるんだから」
「えっ、俺そんなに加齢臭……じゃなくて、臭うか……?」
俺は思わず一歩距離を取る。
「ふふ、冗談よ」
イオがクスクスと笑う。
彼女の鼻が捉えた匂いの先には、青い発光看板を掲げた食事提供カウンターがあった。
《駅限定・海底海老まん》
ショーケースの中では、海老の形を模した小さな包子がホカホカと湯気を上げていた。
丸く膨らんだ胴体の先が二股に分かれ、尾びれのようにピンと反った可愛らしいフォルムだ。
だが、その見た目とは裏腹に、香味油の濃い匂いが暴力的に食欲をそそってくる。
俺はイオと顔を見合わせ、無言で深く頷いた。
「2つください!炭酸アルカも!」
イオは受付のヒューマノイドに向けて、実にご機嫌な様子で指を二本立てた。
「熱いのでお気をつけくださいね」
差し出された海老まんは、ちょうど手のひらに収まるほどのサイズ。
薄い皮の内側には、本物の海老ではなく、海老の旨味と弾力を完璧に再現した最新の培養食材が使われているらしい。
そこへ刻んだ蓮根と筍、生姜、青葱、海藻由来のXO醤、そして花椒を中心としたスパイスを合わせた餡が詰められている。
イオが大きな口でがぶりとかぶりついた。
「あふっ!!」
「……熱いのでお気をつけくださいね」
俺はヒューマノイドのマネをしながら、熱さに悶えるイオへ炭酸アルカを差し出す。
「っはぁ……!ありがと」
「イオって、ときどき子どもみたいだよな」
イオは少し涙目になりながらも、しかし大満足といった様子で海底海老まんを見つめている。
「これ、ぷりぷりで美味しい!」
俺も負けじと一口かじる。
「うん、甘い皮とピリ辛の餡が妙に合うな。食感も楽しいし」
《海底列車A15便、発車10分前です。》
視界に通知が表示される。
イオは残りの海底海老まんを慌てて口へ放り込もうとして、ハッと動きを止める。
「熱いぞ」
「……学習したもん」
今度はふーふーと慎重に息を吹きかけている。
そのかわいらしさに思わずにやけてしまう。
ホームに停まっていた海底列車は、列車というより巨大な生き物のようだった。
流線型の車体には継ぎ目がほとんど見えず、淡い真珠色の外殻に、青い光のラインがゆっくりと脈打っている。
底部に折り畳まれた安定翼は、まるでクジラの胸びれだ。
巨大な観覧窓は肋骨を思わせる白いフレームで縁取られ、その奥には、海を眺めるためのラグジュアリーな座席が並んでいる。
「か、かっこよすぎる……!」
男のロマンを詰め込んだような超ハイテク列車を前に、俺は完全に興奮していた。
イオが意外そうに瞬きをする。
「シンメ、こういうの好きなんだ」
「当たり前だろ。深海を走るってだけでもロマンなのに、この外観はずるいって」
「なんか、無駄に見た目が凝ってるわね。でも海の中を走るなら、外から見られるのってホームにいる時だけじゃない?」
「そこがいいんじゃないか」
俺は巨大な列車を見上げたまま、熱っぽく声を弾ませる。
「この一見、非合理にも思える機能美……道具っていうより、もはや新しい生命体みたいで最高にそそるだろ」
先頭車両は高速列車のように鋭く尖ってはおらず、丸みを帯びていた。
大きな観覧窓の配置も手伝って、まるでシャチの顔のようにも見える。
水の抵抗を切り裂くためではなく、外からかかる圧力を均等に受け止めるための形なのだろう。
車体の側面を走っていた青い光が一度だけ強く瞬き、巨大なドアが音もなく左右へ開く。
内部から、ひんやりとした心地よい空気が流れ出してくる。
イオが先に一歩踏み出し、早く乗ろうよと言いたげに振り返った。
乗降口を抜けると、足の裏に伝わる床の感触が変わる。
ほんの少し、衝撃を吸収するようなふわふわとした素材だ。
車内は、外から見たよりずっと広く感じた。
座席は進行方向へ並んでいるのではなく、巨大な観覧窓を囲むように緩やかな円弧を描いて配置されていた。
丸みを帯びた高級ソファ席と、中央のローテーブル。
天井には水面の揺らぎを模した青い光が流れ、車内全体が静かな海の底に沈んでいるように見える。
「わぁ……」
イオが小さく声を漏らした。
「姫、お席はこちらでございます」
俺はわざとらしく執事のように片手を差し出し、NORNに案内された席へとイオを促す。
イオは一瞬きょとんとしたあと、すぐに背筋を伸ばした。
「あら、ご苦労さま。では、参りましょうか」
お姫様モードに入ったイオが、優雅に手を差し出してくる。
だが、もう片方の手には海底海老まんの包みが握られている。
イオが追加で注文したものだ。
俺はその手元へ視線を落とした。
「姫、食べ物持ち込みですか」
「これは王国の極めて重要な戦略物資です」
「少々匂いが気になりますが……」
「安心なさい。すぐしかるべき場所へお届けしますわ」
厳かな声で堂と言い切ると、イオは席へ腰を下ろすなり、先ほどまでの貴族らしい所作をすべて秒で放棄し、海老まんに思いきりかぶりついた。
俺は呆れたように笑いながら、彼女の右に腰を下ろす。
俺たちの席は、1両目右側の後方、なかなかいい席だ。
——まもなく発車します。皆さま、お席におかけください。
案内音声が流れると、客室のあちこちで小さなどよめきが起きた。
子どもが窓に張り付き、小鳥型の浮遊端末を飛ばしたカップルが発車前の記念撮影を始めている。
その時、通路の奥から紳士的な佇まいの添乗ヒューマノイドが静かに近づいてきた。
両手には、お洒落な三段式のスタンドが載ったトレーがある。
「ご注文の《深海アフタヌーンティーセット》でございます」
ヒューマノイドが丁寧な一礼と共に、淹れたての紅茶と色鮮やかなスイーツをテーブルに並べていく。
俺は思わず目を丸くした。いつの間に注文してたんだこのエルフ。
「ふふん、旅には美味しいお茶とお菓子が必要でしょ? 欲しければシンメの分も分けてあげなくもないよ?」
イオは二枚貝の形をした可愛いマカロンを手に、これ以上ないほどのドヤ顔で俺を見てくる。
「……イオが楽しそうで何よりだよ」
【NORNシステム警告:バイタルエラーを検知】
《警告:対象読者の生体ステータスをスキャンしました。重大な眼精疲労、および肩こりを検出。血流低下に伴い、このままだと次回の更新までに身体機能の低下が発生するリスクがあります》
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