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俺がエルフを殺した理由~ユートピアに転生したと思ったら、この世界ちょっとダメかもしれない~  作者: フローライト


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3/22

第3話 ファッションセンター

「シンメ、昨日はよく寝れた?」

「うん、こんなに安眠できたのは久しぶりかも」

「あなた、治療室でずっと寝てたのよ?」

「あ、そっか」

「あはは。でも、顔色も随分よくなったね」

「イオのおかげだよ。このスープもすごく美味しい」

「でしょ?シンメの味覚や栄養状態をNORNが分析して、最適な食事を作ってくれてるのよ」


 薄紫色の髪が、朝の光を受けて淡く透けていた。

 宝石のような琥珀色の瞳に見つめられると落ち着かない。

 ふと、イオが何かに気付いたかのように顔を上げる。

 

「あれ、いつのまにか翻訳じゃなくなってる。もう言葉覚えたの!?」

「うん。まだ完璧ってわけじゃないけど、概念転送ってすごいね」

「……シンメって、なんだか子どもには見えないわね。いつも落ち着いてるし、すごく賢いし」

 

 正解。

 中身はおじさんなんです。

 

「僕としては、大人の男として接してくれても構わないんだけど?」

「あははっ、何言ってるの?」

 

 イオは楽しそうに笑って、俺の頭をぽんぽんと撫でた。

 まぁこれはこれでいいんだけどさ。


「ねぇ、今日は人間の街に行ってみない?シンメの服を選びに行きましょ」

「でも、お金とか持ってないよ」

「お金?」


 イオはきょとんとする。

 もしかして、通貨の概念がないのか?

 

 《はい。現行社会において、通貨の流通は確認されていません。》

 

 仕事がないくらいだからそれも当然か。

 ということは貧富の差もないんだろうか。

 資本主義に毒された俺には想像もつかないけど、それはきっと良い社会だ。

 

「いや、なんでもない!楽しみだなー人間の街」

「そうだ。シンメにこれあげる」


 そう言って、イオは手のひらに収まるほどの人形のようなものを差し出した。

 丸い頭に、ふわりと広がる半透明の足。

 クラゲをかわいらしくデフォルメしたような形で、淡い青の光が、体の奥でゆっくり瞬いている。

 

「これは?」

「この子はクラゲちゃん!私が使ってた浮遊型補助端末なんだけど、カメラになったりホログラム出したり、結構便利なんだよ」

「わあ、ありがとう!」

「使い方は移動中に教えるから、準備できたら出発しちゃいましょ」

「片付けなくていいの?」

「家事ロボットがやってくれるから大丈夫よ。ありがとね」

 

 うん、そういう世界観ですよね。

 居候なのに家事手伝いすらできないのは少し肩身が狭いな。

 それは仕方ないとして、これから行くのは人間の街。

 この世界で目覚めてから、俺は人間を見ていない。

 これから自分が暮らしていく世界がどういう世界なのか、期待と不安が入り交じる。

 イオに案内されて家の外へ出ると、道の端に箱のようなものが鎮座していた。

 いや、箱というより、小さな部屋だ。

 入口から見える室内には、向かい合う柔らかそうな座席とテーブルがあった。

 

「これに乗るの?」

「ええ。移動用ポッドよ。人間の街までなら、すぐ着くわ」


 席に座ると、入口が静かに閉じた。

 同時に、天井と壁が透明になったかのように外の景色が見えるようになった。

 ポッドは一度だけ、ふわりと体を持ち上げるように揺れた。

 次の瞬間、景色が横へ流れ始める。

 速いのに揺れが全くない。

 

「すごい……」

「そうね、改めて考えるとGAIAの技術は本当に素晴らしいわ」


 そう語るイオは、なぜか少し落ち着かない様子に見える。

 あまり人間の街に行くことはないのかもしれないな。

 

 道中、彼女はクラゲちゃんの使い方を簡単に教えてくれた。

 視界の共有。

 カメラ撮影。

 小型ホログラムの投影。

 くらげちゃんは通常自律的に移動するが、切り替えれば自分で操作もできる。

 操作はなんというか、念じるようなイメージだ。

 空中で自由自在に動かせるのはめちゃくちゃ楽しい。

 

「シンメ。よく歩きながらマニュアル操作できるね」

「いやー、楽しくてさ」

 

 イオの周りをクラゲちゃんがくるくる回る。

 そう、俺には二重思考がある。

 これくらい朝飯前なのだ。

 俺たちが歩いているのは、ファッションセンターと呼ばれる区画だった。

 空間を区切るように、いくつもの小さな展示室が並んでいる。

 室内では、様々な人種の人間たちが服選びを楽しんでいた。

 前世に比べて奇抜で凝った服装が多かったが、エルフのような貴族めいた服を着ている人はいないようだ。


「ここに並んでいるのは、個人クリエイターのブランドよ」

「人が作ってるの?」

「うん。ファッションデザインを趣味にしている人は多いの。ここでしか手に入らないから、人がたくさん来るってわけね」


 仕事がなくなっても、クリエイティブな領域では人間が活躍できるようになっているってことか。

 自分が考えた服を皆が喜んで着てくれるんだから、お金がもらえなくても十分魅力的だ。


「ところで、若い人しかいないのはなんで?」

「若い人?」

「いや、ほら。老人がいないからさ。髪が白い人とか、腰が曲がった人とか」

「……ああ。見た目の話ね」

 

 イオは納得したように頷いた。


「生物学的年齢を10代後半から20代で止める人がほとんどだからね。特別な趣味でもなければあえて老いた姿になる必要はないじゃない?」

「……なるほど。そりゃそっか」


 当然だ。

 誰だってそうするだろう。

 老化が止められるならの話だけど。

 この世界、いよいよなんでもありだな。

 しかしさっきから、こちらに向けられる妙な視線を感じる。

 

「なんでこんなとこに……」

「さあ。人間の服が珍しいんじゃない?」

「また人間観察かもね。エルフ様って、そういうの好きでしょ」

 

 大きくはなかったが、意識すれば聞き取れてしまう声だった。

 どうやら、人間とエルフの種族間対立は深刻なようだ。

 イオは気づいていないように歩いている。

 その顔はいつもの優しい微笑みを浮かべていた。

 彼女のスルースキルは俺並みかもしれない。

 だけどそれは決して良いことではないんだ。

 

「イオ、あのブランド見たい」

「へぇ……いいわね、きっと似合うわ。行きましょ」

 

 俺が指差したのは女性物のブランドだ。

 数ある展示室の中でもとりわけ可愛らしい雰囲気に見えた。

 イオの手を引き、パステルカラーのふわふわした空間に足を踏み入れる。

 

「シンメはこういう服が好きなの?」

「そうかもね」

「NORNを使って試着イメージを確認できるよ。欲しいのが決まったら注文すれば家に届くし、カウンターに行けばすぐ受け取ることもできるわ」

「やってみる!」


 きっとこの世界では、男が女物の(ように見える)服を好んで着ることも珍しいことではないんだろう。

 でも俺には、今のところそういう趣味はない。

 

 (モデルをイオにして試着イメージを確認できる?)


 《はい。ただし、プライバシー保護の観点から、サイズのご提案はできません。》


 なるほど、まあなんとかなるか。

 俺は展示された服を次々と視界に表示されているイオモデルに着せていく。

 だが、どれが似合うのかさっぱりわからない。

 何を着てもかわいいのだから困る。

 こうなることは予想してたから、俺はクラゲちゃんでイオをずっと観察していた。

 だから知ってる。

 彼女が1着の服を見て目を輝かせていたことをね。

 NORNで注文すると、カウンターへ向かう。

 

「もう注文したの?」

「うん。楽しみにしててよ」


 少しだけ待つと、ヒューマノイドが服を俺に手渡した。

 ヒューマノイドは視界で識別コードが表示されるから見分けがつくようになっている。


「イオ。これ、着てみてよ!」

「えっ……もしかして、私の服を選んでくれてたの?」

「うん。似合いそうだと思ってさ」

「これ、かわいいなって思ってたやつ!人間の服……似合うかな?」

「ま、試してみてよ」


 試着室に向かうイオは嬉しそうだった。

 さっきまで彼女に向けられていた冷たい視線が、少し変わったように見えた。

 どんな服を着て出てくるのかが気になるのだろう。

 着替えた彼女を見て、印象が良い方に変わってくれるといいんだけど……。

 サイズはクラゲちゃんを使ってこっそり測らせてもらったからたぶん大丈夫なはず。

 ……バレたら怒られるかな?


 ゆっくりと試着室の扉が開いた。

 出てきたイオを見て、展示室の空気が一瞬止まった。

 

 桃を思わせる、黄色から淡いピンク、珊瑚色へ溶けるグラデーションのワンピース。

 生地は薄く透けるようで、光を受けるたびに果汁を含んだような瑞々しい艶を帯びる。

 肩まわりは軽やかで、袖の薄布が花びらのようにふわりと揺れる。

 腰には小さな花飾りと細い銀糸のチェーンが添えられていた。

 華やかだけど優しい一着は、さっきまで彼女が着ていた、威圧的とも思えるような貴族風の服とは対照的だった。

 

「わぁ、かわいい!」


 小さい女の子の声だった。

 イオは驚いたように子どもを見て、それから、ゆっくり笑った。

 

「ありがとう。あなたもとってもかわいいわ」


 少女だけではない。

 周囲の人間たちが、思わず見入っているのが分かった。

 ただ綺麗だからってだけじゃない。

 人間のクリエイターが作ったブランドを選び、人間の街の中で、人間たちと同じように着ている。

 それもこんなに嬉しそうな顔をしているんだから、彼女が人を見下すようなエルフじゃないってことが伝わったんだろう。

 

「どう、かな?変じゃない?」


 頬を紅潮させたイオがこちらを見る。

 

「うん。すごくかわいい!」

「えへへ。シンメの服を選びに来たのになぁ」

「2人の服選んだ方が楽しいよ」

「……ありがとね。今度は私がシンメの服選んであげる!」


 それから2人でファッションセンターを歩き回った。

 相変わらずイオは注目を集めたが、その視線は決して不快なものではなかった。

【NORNシステム警告:バイタルエラーを検知】


《警告:対象読者の生体ステータスをスキャンしました。重大な眼精疲労、および肩こりを検出。血流低下に伴い、このままだと次回の更新までに身体機能の低下が発生するリスクがあります》

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