第25話 議場
何倍、いや数十倍へと急上昇する重力 。
足元の床材がメキメキと悲鳴を上げて同心円状に亀裂を刻み、舞い上がっていた砂埃が一瞬で地面へ叩き落とされる。
外骨格スーツの関節駆動部からキィィンと摩擦音が上がり、視界が「限界耐荷重オーバー」の警告ログで真っ赤に染まった 。
「なッ……んだ、これぇ! 体が、重ぃ……ッ!」
アグスを盾にしていたルーポが、膝を折って激しく床へ崩れ落ちる。
獣のような脚力をもってしても、その場に縫い付けられたように動けない。
巻き添えになった形のアグスは声を上げることすらできない。
「うぅっ……」
メトセリアは呻き声をあげるのみで、地面に突っ伏している。
さすがにこの状況を打開する策はないようだ。
俺自身も例外ではない。
全身の骨が軋みを上げ、肺から一気に空気が押し出される。
「——本当はもう少し遊んでいたかったが……ここまでだ」
ファルクスは心の底から残念そうな表情でそう言った。
彼が軽く右手を挙げると、背後から歩み寄ってきた兵士の手によって、俺の両腕は身体の前で強引に揃えられ、ガチャンと重い金属音が響いた。
電子制御のない、純物理的な合金の手錠。
正面で繋がれた手首の冷たい感触を確かめるが、どう考えても自力で引きちぎることは不可能な物理的束縛だった。
「おい……離しやがれッ! ケルマード!!」
重力場の中心で、ルーポが血走った目で叫び声を上げた。
立ち上がろうと腕に力を込めるルーポだったが、その背中に重々しい金属ブーツが踏み下ろされる。
重力が増強されたケルマードの脚が突き刺さる。
「無駄なあがきはやめろ。ハグレに唆されるような残念な頭を私が教育しなおしてやる」
ケルマードは腰から取り出した物理拘束アンカーをルーポの背面へ直接打ち込み、床面へと完全に縫い付けた。
バチバチと電子タトゥーが光り、ルーポが悔しげに牙を剥く。
「ルーポ……!」
「余計な心配をしている暇があるのかな?」
首筋に、冷ややかな金属の感触が走った。
視線を落とすことすら許されない。
ファルクスが手にしていたのは超電導の刃ではなく、無骨なまでに研ぎ澄まされた鋼の野太刀だった。
「少しでも不審な動きを見せれば、即座に首を撥ねる。立ち上がれ」
ファルクスの殺気が、刃先を通じて直接肌へと伝わってくる。
同じように両手を拘束されたメトセリアが、別の兵士によってこちらに連れてこられた。
「行こう、シンメ。……今は彼の指示に従うのが、最も生存確率が高い」
「……ええ」
俺たちは体の前で手錠をかけられたまま、首元に長刀を突きつけられてゆっくりと足を進めさせられる。
背後でケルマードに見下ろされながら吠え続けるルーポの声を背に受けながら、俺たちは暗い通路の先——重々しい鉄扉で閉ざされた別室へと連行されていった。
重厚な鉄扉がガコンと機械的な重い音を立て、左右に滑り開いた。
部屋に入った瞬間、NORNの反応が完全に消え去った。
強力な電磁シールドで六面を固められた完全ジャミング空間。
部屋を照らしているのは、天井の溝に埋め込まれた物理照光——鈍く黄色みがかった無機質な光だけだ。
その中央、重々しい石造りの円卓を囲むように、六人の影が腰掛けている。
全員がエルフだ。
GAIAの最高意志決定機関——この社会を支配するGAIA議会の議員たち。
そして俺の視線は、壁際に置かれた無骨な木枠の簡易ベッドへと吸い寄せられた。
(イオ……!)
薄い布をかけられ、イオが静かに横たわっていた。
規則正しい微かな胸の上下から、眠っていることがわかった。
傷ひとつないその穏やかな寝顔を見ると、すぐに駆け寄りたい気持ちに駆られた。
「動くな」
首筋に押し当てられた長刀の冷ややかな刃先が、じわりと肉を押し込んだ。
俺は奥歯を噛み締め、生身の身体に押し寄せる緊張感を強引に抑え込んだ。
「待っていたよ。裏切り者のメトセリア」
円卓の正面に座る老練な気配を纏ったエルフが、薄笑いを浮かべた。
「その目……まるで四百年前に戻ったかのようだ。ファルクス、よくぞ傷付けることなく捕らえてくれた」
琥珀色の瞳——イオの父親だ。
彼は視線をまっすぐメトセリアへ向けたまま静かに言った。
「……荒事は私の担当だからな」
ファルクスは短く告げると、俺とメトセリアの背を押して円卓の前へと立たせた。
手首にはめられた重厚な金属手錠が、ガチリと冷たい音を立てる。
「……よくも、ぬけぬけと」
首元に突きつけられた刃が皮膚を切り、赤い血が一筋滴り落ちるのも構わず、メトセリアは体を震わせた。
拘束された両手の手錠が、がちがちと激しく金属音を奏でる。
その瞳には、隠しきれない苛烈な憎悪が渦巻いていた。
「……お前の顔を見ていると、どうにも怒りが抑えられなくてね。お前に対してじゃない。こんな腐りきった愚物だと気付きもせず、気安く付き合っていた過去の己自身にだ」
「メトセリア……このような局面を迎えてしまったが、私としてはお前に謝罪をしたいと考えていたのだ。当時、お前へ施した処置が誤りであったことは認めざるを得ない。すまなかった」
イオの父は、痛ましそうにわざとらしく眉をひそめて続けた。
「しかし、その結果としてイオスフィアが生まれた。彼女の未来のために、過去の過ちは清算し、お互い前を向いてこの世界を良くしていこうじゃないか」
「謝罪など不要だ。お前の口から発せられる言の葉に、聞くに値する意味など一粒も存在しない。何より……あの子の名をその口で語る資格はお前にはない」
冷静なメトセリアが見せる尋常じゃない怒り。
それがイオの出生に繋がっている……気にならないわけがなかった。
「メトセリア……一体何があったんですか?」
俺の問いかけに、メトセリアの凍てつくような横顔がわずかに和らいだ。
「貴様のような雑兵に語る価値などない。折れた剣らしく大人しくしていろ」
円卓の議員の一人が、不快そうに俺を睨みつける。
だがメトセリアは、相手を一蹴するように冷たく言い放った。
「彼は剣などではなく、私と共に柄を握る存在だ。この期に及んでなお、人間を『下位の存在』と侮蔑する短慮を捨てる気がないのなら、交渉の余地など最初から存在しないが……」
メトセリアはイオの父親に指差す。
「お前がその欺瞞に満ちた反省を本物だと証明したいのなら、私に対して何をしたのかを彼に隠さず語ってみせることだ」
「丸腰で刃を突き付けられていても、自分が優位であると確信しているようだな。実際認めざるを得ない。お前に手を加えたらハグレがどう暴走するかわからないからな。……だが、私がこれから語るのは、私自身が罪を悔いているからだということは信じてほしい」
「白々しい講釈は不要だ。……早く話せ」
メトセリアから放たれる圧倒的な威圧感に、部屋の空気が一気に重く沈み込む。
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