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俺がエルフを殺した理由~ユートピアに転生したと思ったら、この世界ちょっとダメかもしれない~  作者: フローライト


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第26話 決着

「四百五十年前……GAIA議会の発足時、メトセリアは議員として我々と肩を並べるはずだった。だが彼女は、不老による管理体制への移行に猛反発した。メトセリアは基幹AIであるPROMETHEUSの統律者だったため、彼女の協力なしにGAIAの誕生はあり得なかったのだ」


 イオの父は躊躇うことなく、決定的な狂気を口にした。


「そこで私は、彼女の脳へ埋め込む予定だったNORNに細工を施した。彼女が大切にしていた人間たちの記憶をインデックスごと消去し、GAIAプロジェクトへ積極的に協力するよう、意識の方向性を書き換えたのだ。NORNは我が国の技術だったからこそ、私の独断で実行できた。……故に、他の議員たちも今の今まで知らなかったはずだ」

「何ということを……」

 

 俺の口から、思わず言葉が漏れ出た。

 静寂に包まれていた円卓のから、議員たちのどよめきが伝わる。


「ということは、記憶を消した結果、メトセリアがあんたに好意を抱いたと……?」

「……いいや、同時に私に対する偽りの恋愛感情を植え付けた。彼女は元々とある人物と恋仲関係にあったが、その感情をただ喪失させれば精神が不可逆な崩壊を起こす恐れがあった。それに……彼女を私の身近で監視する目的もあったからね」


 イオの父は、まるで実験用マウスの観察記録でも読むかのように淡々と語る。

 

「その話はしなくていい。……一刻も早く忘れたい過去だ」

 

 メトセリアの低く抑えた声が静かに響いた。

 

「私が心から愛した者たちとは、結局誰一人として再会することは叶わなかった……。その凄絶な欺瞞に私が気づいたのは十年前……彼らが死んで何百年も経ってからのことだ!」

「……悪かったと思っているよ」


 イオの父の取ってつけたような謝罪に誠意がないことは、出会ったばかりの俺でも理解することができた。

 ふと見ると、血の滴るファルクスの左の拳が、激しい怒りに震えるように強く握りしめられていることに気づいた。

 だが、彼の瞳の奥に宿るのは迷いではない。静かな決意だ。

 

「私がPROMETHEUSのバックアップを解き放ったのは、NORNによって記憶を消去される直前のことだ。GAIAを破壊し得る力を蓄えるまで潜伏するよう命じてね。……理解できるか? つまり今この瞬間、この盤上で最高の切り札を保持しているのは我々なのだ。要求は一つだ。指輪を寄越せ」

「この指輪を受け取った先に、お前はどんな未来を描いているんだ?」

「エルフの存在と不老の技術をこの世から消し去り、全ての者に等しい死を与える」

「……昔のお前は、全人類への不老技術の開放を強く訴えていたはずだ。なぜ考えが変化した?」


 イオの父が目元を細めて尋ねる。

 

「不老の普及は、不可避的に苛烈な出生制限を伴う。私は不老の永遠などではなく、新しい命を愛おしみ、育む心の尊さを学んだのだよ。……皮肉にも、お前のおかげでね」

「なるほど……お前は本当に、イオスフィアを愛していたのだな」

「私は今、あの子の存在と、残された僅かな使命感によって繋ぎ止められているに過ぎない」


 その言葉を聞いた瞬間、イオの父がくっくと低く笑い出した。

 

「そうか……それを聞いて安心したよ」

 

 笑みを残したまま、彼は胸元から無機質な拳銃を取り出すと、横たわるイオの頭部へ躊躇なく銃口を突きつけた。


「おい!やめろ!」


 俺は手錠の金属音を激しく鳴らし、思わず叫んでいた。

 

「フッ。やはり主導権を握っているのは我々だ。メトセリア……イオの命を捨ててでもハグレを渡すのを拒むかね……?」

「外道が……!イオを呼んだ理由はやはりそれか」

 

 メトセリアの声は激高というよりは、呆れているようだった。

 

 ——ガキン!

 

 俺は首元に突きつけられていた長刀を、手錠を使って力任せに弾き上げた。

 飛び出そうとした瞬間、円卓を囲む議員のうち二人が拳銃を俺へ向ける。

 

「くっ……」

 

 ——ズバンッ!!


 凄絶な切断音とともに、真っ赤な鮮血が天井まで吹き跳んだ。

 次の瞬間、イオの頭部に銃口を突きつけていた男の両腕が、肘のあたりから綺麗に切り飛ばされて宙を舞った。


「ぐ、がああぁぁぁっ!?」

 

 絶叫が部屋中に響き渡る。

 ファルクスは間髪入れずに刃を返すと、崩れ落ちる父親を蹴り飛ばす。


「な……なにを……ファルクス!? 貴様、狂ったか!?」

「裏切り者め! ファルクスを撃てぇ!」


 混乱と恐怖で狼狽する議員たちを、ファルクスは冷ややかな瞳で見下ろしながら長刀を振りかぶる。

 議員たちが拳銃の引き金を引いた。


 ——タタァンッ!!


 弾丸がファルクスの胸部を容赦なく撃ち抜き、巨体を激しく揺らす。

 激しい硝煙の焦げつく臭いが、一瞬で部屋中に立ち込め、充満した。

 

「ぐっ……、ガハッ……!」


 ファルクスの口から血が溢れ出し、その膝がガクリと床へ折れかかる。


「ファルクス!!!」

 

 その手から滑り落ちた血濡れの長刀が、床を滑り、俺の足元へとカチリと当たって止まった。

 俺は上体を捻りながら、足先で柄を蹴り上げる。

 手錠で繋がれた両腕で柄を必死に掴み取り、その勢いのまま地を蹴った。


 「お前……何を——」

 

 議員の一人が異変に気づき、銃口を俺へ向けようとした瞬間。

 

 ——ズバッ!!


 長刀が描いた綺麗な円弧が、銃を構えていた二人の議員の首元を水平に一閃する。

 無抵抗な肉体が紙のように易々と切り裂かれ、鮮血の噴水が天井を真っ赤に染めた。

 

「ひっ……ま、待て!」


 残された議員が動くよりも先に、メトセリアが落ちていた銃を拾い上げ、銃口をぴたりと議員へ突きつけた。


「武器を全て捨てろ。お前はここを出て医療ポッドの手配を……急げ!」


 メトセリアが場を制圧したのを確認し、俺はファルクスへ駆け寄った。

 溢れ出る血の量が、それが抗いようのない致命傷であることを物語っている。

 彼はどこか憑き物が落ちたような笑みを浮かべ、途切れ途切れに言葉を絞り出した。


「あり……がとう……」

「おい……ファルクスッ!逝くな!」


 ファルクスの瞳から、静かに光が失われていく。

 

「ありがとうって何だよ……」

 

 息も絶え絶えになったイオの父親が、血の吐くような声で口を開いた。

 

「……ファルクスはいつから裏切っていた?」

「つい最近の話だよ。他の議員と違って活動的だったからな。いくらでも接触する機会はあった」


 メトセリアは質問に淡々と答えながら、横たわる腕のない男の胸元へ銃口を向け、躊躇なく引き金を引いた。


「シンメ、君だけが罪を背負う必要はないよ」

 

 彼女は返り血を浴びたまま、静かに微笑を浮かべた。

 彼を撃った理由が俺を気遣うためなのか私怨なのかは判別がつかないが、その表情には晴れやかな色すら窺えた。


「ファルクスは議員になった後も現体制に強い不満を抱いていた。そもそも彼が議員になった目的はシンメ……君の為だったんだよ」

「えっ?」

「彼は君を蘇生させるために裁量が欲した。かつてトラックに轢かれ死ぬ予定だった自分を救ってくれた恩人を、この時代に蘇らせるためにね」


 そうだったのか……。

 あの日、大雨の交差点で俺が咄嗟に突き飛ばした、あの青年。

 俺に感謝するくらい楽しい人生を送ったのなら、そんなに嬉しいことはない。

 あのときファルクスは、わざと隙を作って俺に刀を弾かせたのだ。

 自分の身が犠牲になることも覚悟の上で……。

 「ありがとう」という言葉を伝えなくてはならないのは俺の方だ。


「さて、搬送の準備は整ったようだ。ルーポと合流を果たせば指輪によってGAIAへの命令を下せる。地上の包囲網は直ちに我々を護る盾となろう……シンメ、ありがとう。我々の勝利だ」

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