第24話 新境地
「……ッ!?」
ファルクスの鋭い眉が、初めて微かに跳ね上がった。
目の前に立つ俺の足運び、呼吸、視線——その一切の予備動作が消え失せたからだ 。
踏み込みのタメすら存在しない。
俺の肉体は人の動きとは思えない滑らかさで地を蹴っていた 。
蒼い光を帯びたファルクスの長刀が、空を裂いて襲い来る 。
今までの俺なら、軌道を読めていても避けきれなかった一撃 。
だが、胸を掠めたのは、刃が切った風圧だけだった。
関節の稼働限界ギリギリまで身体をしならせ、紙一重で超電導の刃を回避する 。
そして、回避の運動エネルギーを殺すことなく、反作用をそのまま次の一撃へと流し込んだ。
死角から放たれた俺の刀が、ファルクスの胸部装甲を抉り取る。
「ぐっ……!?」
ファルクスの口から短い呻きが漏れ、彼の身体が大きく揺らぐ。
切り裂かれた胸元から鮮血が飛散し、無機質な地面に赤い点描を描いた。
即座にファルクスがバックステップで距離を取り、着地と同時に低く身を構え直す。
「異様な動きはメトセリアと似ているが、速度とキレがまるで別物だ……まさかNORNに運動神経の制御を直接差し出しているのか……!?」
「……どうだろうな」
ファルクスの読みは当たっている。
俺は片方の思考をNORNに引き渡し、身体を直接操作させていた。
加えてスーツの機動力を連動させることで、人間離れした極限の動きを実現している。
だが——。
「脳へ凄絶な負荷がかかる上、制御の切り替え時には激しい意識混濁が生じるはず。普通の人間に耐えられる芸当ではないが……まあ、お前になら可能か」
「投降してくれないか? 加減が利かない。このままだとお前を殺してしまう」
「フッ……自惚れが過ぎるな」
ファルクスの姿が視界から消えた。
空間を切り裂く極速の突進。
AIに委ねた俺の身体が、コンマ数ミリ秒の最小動作で刃を回避し、最速のカウンターを叩き込む。
だが、ファルクスの長刀は、その軌道を完璧に読み切って弾き返した。
火花を散らし、幾度となく噛み合う二枚の刃。
徐々に、俺の攻撃が通用しなくなっていく。
ファルクスもまた、俺の最適行動をNORNの戦闘演算でリアルタイムに解析することで対応しているのだ。
そう——身体をAIに任せることは万能ではない。
お互いが最適解を出し合えば、環境や基本スペックの差によってデッドロックへ追い詰められる。
そんな計算など、端から織り込み済みだ。
(——今だ!)
防御の構えをとったファルクスの眼前で、俺は身体操作のスイッチを切り替えた。
AIの統制から脱した生身の左脚が、ファルクスの腕を蹴り上げる。
「なに……!?」
最適解の計算に存在しない不合理な隙——そのコンマ一秒の体勢崩れに、俺は主導権をAIへ戻した最速の一閃を叩き込んだ。
——ガツンッ、バリバリバリッ!!
「ぐあああッ!?」
高圧電流を帯びた刃が、ファルクスの左肩の装甲ごと肉を焼き切る。
相手が俺の最善手を読んで動くのならば俺はその裏を書けばいい。
意識を保持したままAI操縦と手動操作をミリ秒単位で往復できる俺だからこそ成立する、二重思考の新境地だ。
ファルクスが肩を押さえて跳び退いた瞬間、背後から澄んだ高周波音が響いた。
メトセリアが突き出した小型装置から、指向性の強磁場パルスがファルクスの長刀を穿つ。
長刀が激しくスパークし、蒼白い光を失った。
「ファルクス……まだ続けるか?」
「……さすがだな。この三人相手では、流石に骨が折れる」
視界の端では、メトセリアとルーポも敵部隊を完全に圧倒していた。
ルーポの野性的な超近接格闘に翻弄された兵士たちへ、メトセリアが冷徹に捕縛銃を撃ち込んでいく。
すでに敵の戦力は半数以下に落ち込んでいた。
「奴らの言葉に耳を貸すな! 意識を飛ばされるぞ!」
後方でケルマードが悲鳴のような警告を上げる。
メトセリアは戦火のさなか、事もなげに「エルフは人間だ」といった言葉を混ぜ込んでいたのだ。
敵兵のNORNが検閲対象の言葉を認識すると、記憶を消去しようとしてコンマ数秒のフリーズを引き起こす。
その恐ろしさを察知した兵士たちが、接近を諦めて距離を取り始めていた。
「おいおい、遠くから撃ってばかりで近づいて来ねぇのかよ!? こいつがどうなってもいいってのかぁ!?」
ルーポは拘束したアグスの首元に青く輝く爪を突き付け、盾にしている。
「クソッ……かまわん!俺ごと撃て!」
「おいアグス、そう気負うなよ。お前ぇは何のためにこんなところで命を張ってんだ?」
「お前らテロリストから……家族を守るためだ!」
「へッ、なら安心しろよヒーロー。悪いようにはしねぇからさ」
ルーポは凶悪な笑みを浮かべ、アグスの肩をポンと軽く叩く。
「アグス……悪いな」
膠着したように見えた戦場の中で、ファルクスが呟いた。
その瞬間、視界が歪み、内臓が重く沈み込む感覚を覚えた。
「ウグッ……!?」
突如として頭上から巨大な鉄の塊を叩きつけられたような猛烈な重圧。
俺たちの足元を中心に、局所的な重力発生器が起動したのだ 。




