第23話 落星
「メトセリア、元議員のあなたがまさかハグレの頭になっていたとはね……失望したよ」
「その表現には少々語弊があるな。議会首脳部の狂気を抑止できなかったときのために、私が種を蒔いたセーフティ——それこそがハグレの本質だ。……四百年も昔の話だが」
「四百年か、道理で手強いわけだ。我々議会でも、ハグレの完全根絶は不可能という結論に達したところでね」
メトセリアもファルクスも元議員……?
イオは議員同士の子どもということになるが、もしや彼女の父親もまた、メトセリアと同様にこのエルフ体制に疑問を抱いていたのだろうか。
「ファルクス……お前はエルフの存在についてどう考えているんだ?」
「私は幼い頃、クライオニクスの契約を結んだ。死後に冷凍保存され、蘇生と不老の技術が確立された後にその恩恵を受ける、という約束だ。実はエルフの半数以上は、この契約に基づいて蘇生された存在でね」
ファルクスはどこか遠くを見るような、穏やかな顔で答えた。
「そうした契約が存在したこと、そして全人類が等しく死を克服することなど不可能だった歴史を思えば、実に収まりの良い落としどころだったと考えている」
「今生きている人間たちには、そんな契約をする自由すら与えられていないのにか?」
「世界は決して平等ではない。……よく知っているだろう?」
メトセリアが俺を見ながら、話をしても無駄だという風に静かに首を振った。
「私は議員として今の平穏を維持することを願っている。わかっていると思うが、誘い込まれたのはメトセリア……あなたの方だ」
ファルクスが不敵に笑い、親指で背後を指し示す。
その奥の暗がりには、ケルマードとアグス、そして十名ほどの精鋭部隊が待ち構えていた。
何よりも、頭上を無機質に浮遊する、大量のサターン群が目についた。
——バチチッ。
俺たちの意識が一瞬だけ奥の敵陣へと削がれた隙。
ファルクスが地を蹴り、蒼い光を帯びた長刀をメトセリアの首元を一閃した。
だが、メトセリアはまるで最初から軌道を知っていたかのように、最小限の体さばきでかわしてみせた。
「ほう……奇妙な動きだ。そのスーツの機能か?」
「私は戦闘経験などないからな。直面する戦況における最適解を即座に算出し、スーツが私の肉体を自律駆動させているだけに過ぎん」
『シンメ、悪いがファルクスの相手は任せたい。彼の攻撃は私には避けきれない』
頭の中でメトセリアの声が響く。
最適な動きをしていても避けきれない理由は、事前に聞いていた生体保護のラグのせいだ。
人間の脳が認識していない超高速の運動を外部から強制されれば、肉体は負荷に耐え切れず容易に損壊する。
だからこそこのスーツは、駆動系を作動させる数ミリ秒前、本人のNORNへ「これから右へ動く」という予測シグナルを割り込ませ、筋肉をあらかじめ緊張させる設計になっている。
そのわずかなラグが、ファルクスのような達人には致命的な隙となってしまうのだ。
「ファルクス、お前の相手は俺だ」
メトセリアへ追撃をかけようとした長刀を、俺は刀で力任せに薙いだ。
紫煙を伴う青白いアーク放電が空間へ走り、激しい磁気反発によって互いの刃が弾き返される。
ファルクスが狂気を宿した瞳で笑った。
「シンメ……お前と本気で戦えるなんて心から嬉しいよ」
「後方は任せな! 俺があいつらを片付ける!」
ルーポは後方の敵に向かって駆け出していく。
「待て、ルーポ!大量のサターンがある!」
「私が援護する!そのまま進め!」
メトセリアは銃型の装置を構え、ルーポの後方を走り出した。
彼女は向かってくるサターン群に向け、その装置を起動させる。
メトセリアのトリガー操作と同時に、指向性の磁力パルスが前方の空間に展開された。
「な、なんだ……!?」
襲いかかってくるサターン群が一斉に異音を上げた。
——バツンッ! バリバリバリッ!!
凄絶な破裂音とともに、蒼白い光を放っていたサターンが一瞬スパークを放ち、やがて白煙を吐き出して墜落した。
クエンチ現象。
瞬間的に発生した電気抵抗が、内部を循環していた超高圧電流を膨大な熱へと変換させ、内部を焼き切ったのだ。
「ハッ!役に立たねぇ武器なんか捨てちまいなァ!」
勢いを殺さずに躍り出たルーポの爪が、先頭の男の腹部装甲を切り裂いた。
間髪入れずに叩き込まれた前蹴り……スーツによって増強された力は凄まじく、男の身体を壁面へ叩きつけた。
「さすがはメトセリア……ではこちらの武器まで無力化される前にお前との決着を着けるとしよう」
激しい煙を上げる戦場の中で、ファルクスだけは眉一つ動かさなかった。
——っ!疾い!
踏み込みの予兆すら感じさせない一閃。
俺はギリギリの体勢で刀を交差させる。
ファルクスは超電導武器同士がぶつかる反動を利用し、流れるような円運動で切っ先を返した。
刃線が描く軌道は完璧な直線ではなく、俺の防御の隙間を縫うように滑り込んできた。
「ぐっ……!」
装甲越しにかすっただけの太ももに鋭い痛みが走る。
ファルクスの連撃は止まらない。
NORNの予測とスーツの機動力でかろうじて回避しているが、完全に後手に回されている。
長刀の圧倒的な間合いと速度の前に、反撃の隙すら見出せない。
「どうしたシンメ、この程度か? 私を失望させないでくれ」
「チャンバラするには武器が凶悪すぎるんだよ」
超電導武器の前にはこのスーツの装甲など紙に等しい。
状況を打開するには、死を覚悟して懐に飛び込むか、メトセリアに頼んで武器をクエンチさせるか。
——いや……今こそアレを使ってみるか。




