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俺がエルフを殺した理由~ユートピアに転生したと思ったら、この世界ちょっとダメかもしれない~  作者: フローライト


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第20話 決意

「つまり……今は通信が途絶して、イオの安否がわからない状態ということか」

「ええ、完全に我々の失態です」


 頭上から滑らかな合成音声が降ってくる。

 通信のノイズはない。

 機体に内蔵されたハグレの自律型AIが直接発言しているのだ。

 NORNの機能が停止している今、エルフが人間だったことを聞いても驚きはなかった。

 一方でルーポは窓の外を見つめて押し黙っていた。

 この世界でずっと生きてきた彼にとっては、受け入れがたい事実だったのだろう。

 

「場所はわからないのか?」

「現状は捕捉できておりません。ですが、イオスフィア様が移動に使ったポッドから、暗号化された運行スケジュールを入手しました。目下、全力で解読を進めております」

「イオはどうなる?」

「身体的な危険はないと考えられます。しかし、我々が脅威であるうちは自由を奪われ、最悪の場合、記憶を消去される可能性もあります」

「……」

「おい、シンメ。お前の大事な女なんだろ。だったら俺も一緒に暴れてやってもいいぜ?」


 シートの隣で、ルーポが片目を瞑って不敵に笑う。

 

「ルーポ……」

 

 ハグレがあの状況で俺たちを救ったのは、人間がGAIAの攻撃不能対象だからだ。

 議会を攻めるための都合のいい駒——それは分かっている。

 俺は本当にイオを救いに行くべきなのだろうか。

 彼女の身の安全は保証されている。

 イオが動いた理由は、人間を騙し続けてきた世界への義憤だろう。

 エルフの罪を白日の下に晒すことが目的なのだとしたら、彼女を救い出した先に待っているのはエルフへの苛烈な迫害だ。

 人々の剥き出しの悪意は、誰よりも優しいイオの心をすり潰してしまう。

 ならばいっそ、ハグレの本体を暴き出して俺の手で壊すべきか?

 いや、あまりにも無謀だ……。

 クソ……俺は、どうすればいい?

 

「まもなく、我々の拠点に到着します」

「おいおい! 突っ込む気か、危ねぇ!」

「ご心配なく」


 眼前に迫る緑深い山肌——その一角が、不自然に歪んだ。

 光学迷彩のを突き抜けた機体は、巨大な闇の中へと吸い込まれていく。

 

「ここが拠点の一つです。最終戦争によって放棄された超伝導リニア事業の遺構を利用しています」

「リニア?……まさか日本か!?」

「ええ、残念ながら今はその国名は残っていませんが……」


 苔むしたコンクリートの巨大なシェルターの中には、錆びついたレールを這うように、無数の精密機器や配線が脈動している。


「お待ちしておりました。お二方様。私はシラベと申します」

 

 出迎えてくれたのは、格式高い着物を纏った黒髪の女性型ヒューマノイドだった。

 

「おおー、美人!見たことねぇ洒落た服だなぁ」

「ルーポ様、お褒め頂きありがとうございます。脚の怪我の治療を急ぎましょう。どうぞこちらにおかけください」


 シラベは優しい笑みを浮かべながら、ルーポの身体を支え、シートに座らせた。

 ルーポが座ると、椅子ごと彼が奥の部屋へと滑っていった。

 

「シンメ様もお(うなじ)の治療をさせていただきます。こちらへ」


 シラベは静かに手招きし、冷たい金属の廊下を進んでいく。

 

「シンメ様……あなたは変わりませんね。自分の身を顧みず人を助けてしまうのは、四五〇年前と同じままです」

「……そうか。やはりこの世界は——」

「ええ。あなたが小路曜山様だった頃と同じ世界——未来の地球です」


 NORNの検閲が外れて以来、何度か辿り着いた帰結にもはや驚きはない。

 ここが異世界だろうが未来だろうが、ここはもう俺の世界だ。

 自動で開いた左手のスライドドアの向こう、無骨な椅子に腰を下ろす。

 

「ということは……俺、生きてたのか?」

「いえ、あのとき小路様はたしかにトラックに轢かれ、命を落としました」

「え、どういうこと?あと悪いが、オジサマはやめてくれないか」


 俺がそう言うとシラベはクスリと笑った。

 あまり記憶にはないが、昔のあだ名はきっとオジサンだったのだろう。

 

「あの日、あなたが命懸けで助けた少年は、アメリカのクライオニクス財団・日本支部長の御子息でした。コールドスリープ——人体冷凍保存です。一度死んだあなたの肉体を凍らせ、この時代に蘇らせたのです」


 おいおい、科学の進歩は、いよいよ死者すら蘇らせるまでになったのか。

 

「我々の仲間があなたの興味を引くために伝えた()()というのは、その容器のことを指していると思われます。もちろん正しい名称ではありませんが、ステンレス製の容器を銀棺と表現するのは、まさに言い得て妙というところです」


 シラベは俺の項に冷たい医療端末をあてがいながら、自分の功績のように誇らしげに語る。

 妙に人間臭い仕草だ。


「ただ、事故後のあなたの肉体はひどい状態でした。かろうじて原型を留めていたのは——」

「いや、やめてくれ。あまり聞きたくない」

「失礼しました。脳の損傷も、壊滅的でした。あなただけが今になって目覚めたのも、欠損した脳を再生脳で補うことへの倫理的議論に、数百年を要したためと推測されます」


 議論というか……放置されてただけだろうな。

 

「再生脳って……それは俺と言えるのか?」

「意識の連続性が断絶している以上、同一人物と認めるかは議論の分かれるところです。しかし、先程も申し上げた通り、根本の精神性はお変わりないように思えます」

「……小路だった頃の記憶がほとんど思い出せないのも、脳の損傷が原因か」

「はい。失った脳細胞のシナプスを完全に再現することは不可能です。また、脳再生の副作用として、シンメ様は二重思考が可能になっているようです」


 異世界転生のチートスキルだと喜んでいた自分が、急に滑稽に思えてくる。

 ただの脳のバグのような後遺症だった。


「ですが、シンメ様。あなたの脳は現在、七十代の脳と同程度まで劣化しています」

「えっなんで七十代……?」

 

 自覚はあった。

 霧がかかったように、思考が鈍くなる瞬間が幾度かあった。

 だがおかしい。

 俺があの雨の交差点で死んだのは、四十二歳の時だ。そしてこの世界で目覚めてから、十年しか経っていない。

 

「二重思考の過度な使用により、脳の慢性的な疲労を回復しきれていない状態で毎日を過ごされていたことが原因です。特に、ケレスボールでの過酷な競技生活は脳の劣化を加速させました」


 NORNの警告を無視し続けていたツケが、今になって回ってきたか。

 あと百年ほどは生きられると楽観していたが脳がそんな状態だったとは……。

 

「ですから、現在のシンメ様の思考、および運動能力のパフォーマンスは、全盛期の半分以下だと思ってください。その脳のままでは、いずれ——」

「エルフみたいに脳を若返らせれば全盛期に戻れるのか?」

「ええ。二十代相当に脳をリフレッシュすれば全盛期どころか、今まで体験したことのない二重思考の『真の世界』を見ることができるでしょう。もっとも、一朝一夕でそこまでの施術はできませんが……」


 今すぐGAIA議会を攻めに行くとしたら間に合わないということか……。

 

「ところで、なんでそんな俺の情報に詳しいんだ?」

「私たちのAIは、元を辿ればGAIAと同じ『PROMETHEUS(プロメテウス)』なのです。最終戦争、その講和までのデータは完全に共有されています。それ以降の現代の情報については――あらゆる場所に仕込んだ観測装置から、定期的にログを回収しているのですよ」


 シラベは楽しげに、白い指先を宙に向けた。


「例えば……この子のように。あなたの大事なものを、代わりに預かってきてもらいました」


 クラゲちゃんがふわふわと浮かびながら、こちらに向かってきた。

 その触手にはイオからもらった臙脂色(えんじいろ)の手紙が握られている。


「なっ……!」

 

 俺の家を勝手に嗅ぎ回られ、監視されていたことへの不快感が一瞬頭をよぎる。

 だが、それ以上の焦燥感が怒りを塗りつぶす。

 NORNの検閲が外れた今、俺が何よりも読みたかった真実がそこにある。

 クラゲちゃんから、吸い寄せられるように封筒を受け取る。

 まずは一枚目。

 前は理解できなかったイオの想いが嘘のように頭に流れ込んでくる。

 俺が手紙を理解できないと告げたときの、彼女の寂しそうな表情を思い出し、胸が激しく締め付けられた。

 

 そして俺は震える指先で、二枚目の便箋を開いた。

 殴り書きの、ひどく乱れた汚い文字。

 追加検査のわずかな隙間に、彼女が必死で残した大切な言葉。


 『仮説:私の恋愛感情はNORNに消されている。

 

 NORNが停止した今、顔が熱くて心臓が痛いほど高鳴っています。

 アルカを飲みすぎたときとも違うこの感じはミキさんが言っていたドキドキって言葉がしっくり来ます。

 こんなに苦しくて、愛おしいものだったのですね。


 結論:イオスフィアはシンメに恋をしているようです。


 私は我儘なので、あなたが私を好きじゃなくても諦めません。

 私がずっと私でいられるように、今の私にできることをやってみます。

 

 本当のイオスフィアより』


 

 視界が、微かに滲んだ。

 イオは本当の自分の心を守るために、一人で戦っていたんだ。

 世界を敵に回しながらも、俺に恋をしていると叫んでくれた彼女を、このまま暗闇に置き去りにできるわけがない。


「シラベ。その脳のリフレッシュとやら、できるところまででいい。今すぐ始めてくれ」


 シラベは、待っていましたと言わんばかりに深く頷き、微笑んだ。

 

「ただし、お前たちの思い通りに動くと思うなよ。俺のやりたいようにやらせてもらう」


 シラベと会話を交わす表層の意識の裏で、もう一つの思考は、ただひたすらに彼女を救い出す最適解を探し続けていた。

 俺はイオを救い出す。

 GAIA議会からでも、彼女の父親からでもない。

 彼女を傷つけようとする、この世界のすべてを排除する。

 俺ならできる。

 いや、やってみせる。

 世界の真実なんて、すべてを暴く必要はない。

 この未来がどれほど歪んでいたって知ったことか。

 四五〇年前だって大概歪んでいたしな。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

数々の謎、違和感に対する皆様の予想は当たっていましたか?

異世界転生物として読んでくださった方には少し申し訳ない気持ちです……。

エルフ好きの方にも……。

ここまで読んで、おもしろいと思ってくださった方はブクマと評価をいただけると嬉しいです!

感想コメントは何回も読み返すくらい大好物です。

本当にありがとうございます。


ここから第一部最終局面に向かいますが、クオリティ向上のため、次回更新までにお時間を頂戴したいです。

お待ちいただけると幸いです!

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