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俺がエルフを殺した理由~ユートピアに転生したと思ったら、この世界ちょっとダメかもしれない~  作者: フローライト


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第19話 お父様

「お父様、とーってもお忙しいのに、私なんかのために時間を作っていただいてありがとうございます」

「イオ。お前の言う通りだ。悪いが、あまり時間は作ってやれない」

 

 黒髪の隙間から覗くその目元は、涼しげで切れ味のある形をしている。

 四百年前の最終戦争から生き永らえているというその顔には 、老いはおろか、人間らしい生活の痕跡すら見当たらない。

 嫌味のつもりで放った五年ぶりの挨拶は、正面から淡々と肯定され、肩透かしを食らう。

 この人に感情というものはあるのだろうか。

 いいえ、そんなもの……期待するだけ無駄だ。

 私は親子の会話をしに来たわけではないのだから。

 

「ええ、そうみたいね。ここがどこなのかもわからないけど、異常事態が起きていることくらいはわかるわ」

「ここは最終戦争時に建設された核シェルターだ。存在すら秘匿されたこの場所を、しばらく拠点として使うことになった」

「だからここに来るまで、あんなに回りくどいルートを通らされたのね」

「ああ。道中は一切の通信が遮断されていた。この場所を外部から捕捉することは不可能だ。いくらお前が、あのハグレにマークされていたとしてもね」


 その点は、私も細心の注意を払っていたつもりだ。

 GAIAの中枢に繋がる場所へ向かっている予感があった以上、いくらあのハグレの少年が味方の顔をして近づいてこようとも 、手の内をすべて明かすわけにはいかない。

 

「……それで、昔中国のお偉いさんだったお父様は、こんな地下の底で何を企んでいるの?」

「私達はGAIA議会の議員だ。お前の推測通り、GAIAが世界をどう統治するかを決めているのは私達だ。今は通信網すら信用できない。だからここを臨時の議場とした」

「なんでも素直に教えてくれるのね」

「隠す必要がないからな。ここは精密機器の回路を完全に麻痺させる強力なジャミングフィールドだ 。知っての通り、脳内のNORNすら機能していない 。お前がハグレの技術を使って、エルフの秘密を外部へ暴露するような真似も、ここでは物理的に不可能なのだよ」


 お父様は抑揚のない声で言い放つ。

 ハグレの少年との会話は、すべて筒抜けだったようだ 。

 つまり切り札も、ここでは使えない――。

 冷たい汗が背中を伝う。

 けれど、まだ完全に詰んだわけじゃない。

 

「知っているなら話が早いわ。どうしてエルフなんて歪な存在を作り出したの?」

「世界中の人間に、『不老の生き物がもともと存在していた』と誤認させる上で、エルフという概念は非常に都合が良かった。いくらNORNで記憶を書き換えるとはいえ、人間に馴染みのある伝承を利用した方が、認知の拒絶反応を抑えられるからな」

「……そんなシステム論を聞いているんじゃない!」


 罪悪感など微塵も抱かず、ただ効率性だけを語る姿に、胸の奥から激しい苛立ちが込み上げてくる。


「最終戦争をあのまま続けていれば、人類は確実に滅亡していた」


 お父様は、私の怒りをただの雑音であるかのように受け流し、淡々と続けた。


「かといって、開発された不老の技術を世界に無条件で公表すれば、今度は爆発的な人口増加によって地球が破滅する。だから私達——当時の戦争当事国の首脳陣は、技術の存在を知る者に適用対象を限定し、世界を欺く形で管理することを選択した」

「その真実を知っているのは?」

「当時から生きていた者——最初のエルフと、我々議員だけだ。議員以外はこの話を口外することはできないよう制御されている。たとえエルフ同士であってもな」

「……それが正しかったと、本気で思っているの!? 他の人々を、何百年も騙し続けて……!」


 冷静でいなければと自分に言い聞かせるのに、頭に血が上ってしまう。


「イオ、お前の目から見て、エルフと人間、どちらが幸福に見える?」

「彼らが幸福そうに見えるのは、天国っていう都合のいい嘘で、死の恐怖を麻痺させているからでしょ! 人間のほうが幸福だと言うなら、私達だって『普通の人』として、嘘のない世界で生きればいいじゃない!」

「……なるほど、お前は聡いな」


 お父様は初めて、その涼しげな目元をわずかに細めた。

 

「天国は、決して人間に与えた優しい救いなどではない。あれがなければ人間は死を恐れる度に、『なぜこの高度な時代に死を克服できていないのか』という根源的な疑問を抱いてしまう。そうなればシステムは検閲を行う。ことが露見するリスクを避けるためにも記憶を消す頻度は減らしたい」


 私は耳を疑った。

 天国で愛する人と再会できるという教えは、せめてもの慈悲や罪悪感の表れだと思っていたのに。

 なんて自分勝手な、冷酷な合理主義。

 天国を信じて逝けた故人は、確かに幸せだったに違いない。

 それでも、こんな嘘がなければミキさんとまた会えたのかも知れない。

 気づけば私は、爪が手のひらに食い込むほど強く拳を握りしめていた。


「死は……人間に必要なものじゃない。すべての人に、死なない自由を開放すべきだわ」

「そうなれば、人口は幾何級数的に膨れ上がる。地球の資源は——」

「今だってやっているでしょう? NORNを介した、非人道的な出生制限を」


 これほどの技術水準だ。

 子どもなど、望めばいつでも授かれるはずの時代。

 なのに、子宝に恵まれないと嘆く夫婦があまりにも多いのが、この世界の不自然なリアルだ。

 死ぬまで若い身体を保つことができるこの時代では、子どもが生まれすぎてしまうのが理由だろう。


「記憶の検閲を外されただけでそこまで見抜くとはな。お前が鋭いのか、それともこの世界の歪みが限界を迎えているのか……。だが、現在の出生制限と、不老の全開放とでは、文字通り桁が違う」

「それでも……死という理不尽が消える方がいい」

「それも一つの思想だろう。だが、今の議会でそれが承認されることはあり得ない。不老の技術を開放することは、我々が人間を何百年も欺いてきたと告白することと同義だ。人間たちがGAIAへ、そして特権階級として振る舞ってきたエルフへ向ける憎悪は、計り知れないものになる」

「そんな反発、甘んじて受けるべきよ! そもそも、議会の権限を人間に譲渡すべきだわ!」

「お前は人間の憎悪を甘く見ている。そんな混沌が訪れれば、人間との恋愛どころではなくなるぞ」

「……っ」

「そこで躊躇うのなら、お前の言葉はただの私欲だ。かつて不老を独占した、最初のエルフたちと何も変わらない」

「私の恋愛なんて関係ない! 私はただ、この世界が隠している最悪の嘘を見て見ぬふりをしたくないだけ!」


 叫びながら、胸の奥でシンメの不器用な横顔が脳裏をよぎる 。

 彼が私のことをどう思っているかはわからない。

 でも……もし不老がすべての人に開放されれば、どんなに遠い未来であっても、私はまた彼と同じ時間を歩むことができるかもしれない。


「イオ、お前には何もできない。ハグレへの指示も、NORNが沈黙したこの環境では不可能だ」

「……私が二日後までにあのハグレの少年に定時コンタクトをとらない場合 、世界の真実をネットワーク全域に一斉公表するよう、あらかじめプログラムを組んであるわ」


 心臓が早鐘を打つ。完全なるハッタリだ。

 この冷徹な男相手に、私の嘘が通用するかどうかの命懸けのギャンブル。これが信じてもらえれば、交渉の席に残れる。


「そうか。それならちょうどいい」

「え……?」

「明日……ハグレの本拠地に対する、議会軍の全面攻撃を仕掛ける予定だ」

「……っ!?」

「ハグレが完全に殲滅されるまで、お前はここで過ごしなさい。すべてが終わった後、お前の議会への出席を考慮してやろう」

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