第17話 閉園
「それならもっと早く言えよ!俺はてっきり……」
「聞く耳を持たなかったのは君たちだ。はぁ……思ったより早かったな」
ヒューマノイドは、遊園地の入り口付近を見ている。
いつの間にか、あれほど賑やかだった周囲から、人の気配が完全に消え去っていた。
GAIAが園内の人間に緊急避難を指示したのだ。
静まり返った遊園地の向こうから飛来したのは、三機のドローンだった。
《簡易防衛ドローン三機と、猟犬型攻撃機二機が到着しました。
いずれもGAIAによる最新のハッキング対策パッチが適用されています。
シンメ様、ルーポ様は、速やかに戦闘区域から離脱してください。》
「ハハッ。思ったよりショボいのが来やがったな」
ルーポが脛の傷を押さえ、脂汗を流しながら不敵に笑う。
「ショボい、か。あれはあれで、僕にとっては十分に厄介なんだけどね。せめて君たちは僕の邪魔をしないでくれ」
ヒューマノイドは虚空に左手を構えた。
すると、直線上にはいないはずのドローンが二機、火花を散らしながら地面に墜落する。
「なるほど……最初に俺が撃たれたのは反射を使っていたのか」
俺はヒリヒリと痛むうなじをさすりながら言った。
「いたるところにホログラム用のスキャニング・ミラーがあるからね。ただ、二度目は通用しないかも」
ヒューマノイドがもう一度レーザーを照射すると、今度はヒューマノイド自身の胸を貫通した。
タンパク質の焦げた臭いがするのは俺たちと変わらない。
「ミラーの位置をGAIAに操作されたか……っ」
「記憶の再構成は、あとどれくらいかかるんだ?」
胸に風穴を開けたヒューマノイドが、苦しげに瞳をまたたかせる。
「あと……三分だ」
——タタタタタタッ!
GAIAのドローンが、旋回しながらヒューマノイドに銃撃を加える。
それを撃ち落とそうとヒューマノイドが左腕を上に構えた瞬間、その腕が吹き飛んだ。
それは、建物の影から狙っていた猟犬からの攻撃だった
バランスを崩したボロボロの少年を目掛け、猟犬二体が目にもとまらぬ速さで突撃する。
——バチチッ! ギィィン!
激しい駆動音と金属摩擦のスパークが散る。
突進した二体の猟犬は、突如として割り込んだ青白い閃光によって、左右に切り裂かれていた。
一方は俺の刀、もう一方はルーポの爪によって……。
空からは、サターンに切り裂かれたドローンが落下する。
「えっ……?」
ボロボロのヒューマノイドは、困惑したような顔で俺たちを見つめた。
「あーあ、やっちまったなぁ、シンメ」
ルーポが首を鳴らし、苦笑いを浮かべた。
「ハハ、お前もだろ」
示しを合わせたわけでもなかったが、何となくお互いこうするだろうとわかっての行動だった。
《重大な治安維持違反行為を確認しました。逃走および更なる反逆を防止するため、これよりNORNを介し、両名の脚部筋肉への強制神経制御を実行します。》
視界が不吉な赤文字で埋め尽くされ、次の瞬間、両脚の感覚が完全に消失した。
俺たちの腰が地面へと崩れ落ちる。
「二人とも……ごめん。再構成、無事終わったよ」
ヒューマノイドが、眠る両親に向けていた右手をゆっくりと離す。
「こういう時はごめんじゃなくて、ありがとうだろうが」
ルーポが地面に這いつくばりながら、悪態をつくように笑う。
「あはは、そっか。ありがとう」
少年は穏やかに微笑むと、残された右腕を伸ばし、倒れ込んでいるルーポの襟元を掴んだ。
——グシャ。
小さな手が、ルーポの外骨格スーツに内蔵された、物理的な対ハッキング・ドングルを力任せに握り潰す。
「おい、待て、何をする気だ……!?」
「君たちに自由をあげるよ。エルフが支配する、この世界からね」
「……え?」
——カチリ。
この不気味な感覚は、前にも経験がある。
自分が今何を聞いたのか、言葉がどうしても思い出せない。
「なるほど。GAIA、いやエルフに都合の悪い話は記憶からすぐに消されるようになってるんだね」
少年はすべてを察したように頷いた。
だが俺には、今彼が言った言葉すら、もう頭の中で再現できない。
「おい、どうなってるんだよこれ」
ルーポは混乱したように頭を抱える。
「教えてあげる。目を閉じて」
《外部からNORNへの侵入を検知しました。》
暗い視界に赤い文字が表示される。
ハッキング……海底列車以来だな。
隣でルーポが何か叫んでるが、抵抗できないし、狼狽えてもしょうがない。
「もう目を開けていいよ」
数分間意識が飛んでいた気がする。
目を開けると、流線形の小型航空艇が目に入った。
舞い上がる砂埃を見るに、ちょうど今到着したばかりのようだ。
「もう脚は動くでしょ?ひとまずこれに乗って。急がないとGAIAに捕まっちゃうよ」
驚いて脚に力を入れると、先ほどまでの麻痺が嘘のように、力強く地面を踏みしめることができた。
「乗るって……いったいどこに——」
「それに、イオスフィアちゃんが危険な状況なんだ。助けたいなら急いで」
「……どういうことだ!?」
「乗らないと、これ以上のことは教えないよ!早く!」
「……クソっ、わかったよ!」
俺はルーポの体を担ぎ上げ、滑り込むようにハッチをくぐった。
機体が低音を響かせ、浮上を開始する。
「おい、お前は乗らないのかよ?」
上昇する機内から、ルーポが大声を上げた。
少年は、ボロボロの体を揺らしながら、眠る両親のそばへと歩み寄る。
「最後まで、一緒にいたいんだ」
残った右手で優しく、母親の温かい手をそっと握りしめた。
そして最後に見せたのは、どこにでもいる6歳の少年そのものの、弾けるような笑顔だった。
「ママ、パパ……大事な思い出をありがとう」
その小さな背中に、冷酷な赤いセンサーを光らせた追加招集のドローン群が、音もなく滑り込んできていた。




