第15話 ヒューマノイド破壊作戦②
ポッドの中で外骨格スーツに着替えながら、視界に投影された作戦内容を脳内で整理していた。
作戦目標は、人間社会に溶け込んだハグレヒューマノイドの破壊。
理由は不明だが、ハグレが紛れ込んでいるのは、世界中でこの都市だけらしい。
提示されたデータによると、ハグレには大きく二つのタイプが存在する。
一つは、先日拠点にいたような生体組織を持つ人間型。
もう一つは、あの海底列車で俺たちを襲った、機械を内蔵した戦闘型だ。
どちらも外見は人間と全く見分けがつかず、システム上の識別コードも偽装されているため、街で普通に暮らしていたという。
今回の作戦では、人間型の処理はGAIAの兵器が担当する。
そして俺たち特殊部隊が破壊するのは、より危険度の高い戦闘型だ。
わざわざ生身の俺たちを投入する理由は、周囲への被害を最小限に抑えるため。
ハグレの基本AIは人間とエルフを攻撃できない制約があるから、俺たちが近接して一気に仕留めれば、大規模な戦闘には発展しないという算段だ。
今回の作戦は三チームに分かれての隠密行動。
ポッドのハッチが開き、外の空気が流れ込んでくる。
「よう、シンメ。準備はいいか?」
「ああ。よろしく、ルーポ」
俺と組むことになったルーポが待ち構えていた。
しかし、彼の表情にはいつもの挑発的な笑みは見られない。
「まさか俺がこんな格好で街中を歩くことになるなんてなぁ」
「他の人からは普通の服に見えているらしいけどな」
「しかも顔まで別人になってるらしいな。ハッ。GAIA様はなんでもありだな」
ルーポが自分の顔を触りながら皮肉っぽく笑う。
街の人々はNORNによって感覚・認知への干渉を受けている。
俺たちが外骨格スーツを着て刀をぶら下げていようが、彼らからは完全に存在しないものとしてスルーされるのだ。
普段俺が見ている景色も偽装されているかもしれないと思うと、少し背筋が寒くなる。
俺たちはターゲットのいるエリアへと、徒歩で進んでいった。
「ルーポは目立ちすぎるからしょうがないだろ。なぁ、チャンピオン」
「お?俺のこと調べたのか?嬉しいねぇ」
俺の言葉に、ルーポが少しだけいつもの調子を取り戻して眉を上げた。
「格闘技はそれほど興味なかったんだけどな。ルーポの試合は純粋に面白くて、気づけばアーカイブを全部観てたよ」
ルーポは総合格闘技のチャンピオンだった。
重量級ではないものの、そのビジュアルとパフォーマンス、そして圧倒的な強さで随一の人気を誇っている。
「だろ!?今度見に来てくれよ」
「チケットとれたらな。ものすごい倍率だって聞いたぞ?」
「バカやろう、招待するに決まってんだろ」
そう言ってルーポは肩を組んできた。
「おい、危ないって」
彼の武器である鉤爪が刺さりそうでヒヤッとする。
「さて、と……着いちまったな」
「……本当に、普通のカップルにしか見えないな」
オープンカフェのテラス席。
コーヒーと限定スイーツを楽しむ男女。
愛おしそうに恋人を見つめ、彼女の話に優しく頷いている男性。
彼が、俺たちの最初の一人目のターゲットだ。
今からあの男性、いやヒューマノイドを破壊する。
「なぁシンメ。俺たちがあいつを壊した瞬間、彼女の記憶からあいつの存在は消えるんだよな?」
正確には、記憶そのものを消去するわけではないようだ。
NORNが検索インデックスを強制的に削除することで、対象に関する記憶へのアクセスできなくするらしい。
「ああ。気が進まないか?」
「当然だろ。でもやるしかねぇ」
俺たちはカフェの敷地へと入り、カップルの席へとまっすぐ向かった。
周囲の客たちは、NORNの認知補正のせいで俺たちの接近に誰も気づかない。
だが、ターゲットである男だけは、俺たちが間近に迫った瞬間、すべてを察したように静かに目を伏せた。
「なぁ、君たち。悪いが……少しだけ、待っててくれないか」
ヒューマロイドが、俺たちを見上げて懇願するように言った。
ハグレの罠かもしれない。
隙を与えれば何が起こるかわからない戦場だ。
俺が警戒して超電導刀の柄に手をかけると、隣から伸びてきたルーポの分厚い手が、俺の腕を強く掴んで止めた。
「おい、ルーポ……」
「俺とお前がいて、外骨格スーツまで着てんだ。何があっても対応できるだろ?」
「……少しだけだぞ」
俺はため息をつき、刀の柄から手を離した。
ヒューマノイドは俺達に軽く頭を下げる。
そして、テーブルの向こうで不思議そうに首を傾げている彼女の手を、そっと両手で包み込んだ。
「どうしたの?」
「ねぇ。もしも僕が、明日から君の前に現れなくなったらどうする?」
「えー? やだ。怒る。でも、あなたに限ってそんなことないでしょ?」
「あはは、そうだね。……でも、もしそうなったら、僕のことなんて綺麗さっぱり忘れて、新しい恋をしてほしい」
ヒューマノイドは慈しむような目で彼女を見つめ、言葉を続ける。
「君の笑顔は本当に可愛いんだから、一人で曇らせちゃもったいないよ」
「もう、変な冗談はやめてよ」
ムスッと怒る彼女を見て、男は満足そうに微笑むと、優しい声で囁いた。
「はは。ごめんって。ちょっとお手洗いに行ってくるよ」
ヒューマノイドは立ち上がると、彼女に聞こえないくらいの声で「今までありがとう」と呟いた。
そして男は俺たちに向き直り、穏やかな笑みを浮かべた。
「待たせたね。流石に、僕を殺そうという相手に礼は言えないけれど。ここだと掃除が大変だろう?路地の方へ行こうか」
「……そうしてもらえると助かる」
少し目立たない路地へと進むと、ヒューマノイドは足を止めた。
「いつでもどうぞ」
彼は抵抗する素振りを一切見せず、俺たちの目の前で、静かにコンクリートの地面へと膝をついた。
「抵抗しねぇのかよ」
ルーポの問いに、ヒューマノイドはただ遠い目をして首を振った。
「僕の勝率は計算するまでもない。それより、彼女が悲しまないようにしてくれないか」
「ああ、約束する」
ルーポの言葉が終わると同時に、俺は刀を静かに振り下ろした。
青白いプラズマの軌跡が空間を裂き、ヒューマノイドの頭部を一瞬で両断する。
血液に似せて作られた赤い冷却液が壁に飛び散り、切断面からは火花と共に、無機質な機械のフレームが剥き出しになって地面へと転がった。
「……すまねぇ、シンメ」
「謝らなくていいよ。ただ、ハグレはNORNをハッキングできる。情けをかけると足元を救われるかもしれない」
「そうだったな」
ルーポは壁に背を預け、天を仰いだ。
寂しげに煌めく頬の電磁タトゥーは、まるで彼が泣いているかのように錯覚させた。
「俺さ……ヒューマノイドに育てられたんだよ。孤児だったわけじゃねぇけど、親が育児とかに興味なくてな。代わりに面倒見てくれたのが、家庭用のヒューマノイドだった。別に親を恨んじゃいねぇけど……ヒューマノイドに心がないなんて、俺にはどうしても思えねぇんだ」
「心がないやつに育てられてたら、今のルーポにはなってなかっただろ」
「……シンメ」
「ん?」
「お前さ、そんだけ良いこと言えるのに、なんで童貞なんだ?」
「――うるさいな、ほっとけ!!」
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