第15話 ヒューマノイド破壊作戦①
慈魂祭の翌日、俺は一人になってしまった自宅で、ベッドから動けずにいた。
《対ハグレ特殊部隊、極秘セッションに接続します。三、二、一……》
脳内に響く無機質なアナウンスに、俺はゆっくりと身体を起こしてベッドの端に腰掛けた。
鈴のような電子音が響いた瞬間、視界は自室の天井から、無機質な純白の円卓会議室へと一瞬で切り替わる。
NORNが俺の視覚と聴覚に会議室を再現しているのだ。
そういえば、前世でもリモートワークの時はほとんどベッドの上にいたな。
「急な招集にも関わらず、応じてくれて感謝する。早速だが、本日の作戦についてのブリーフィングを開始する」
円卓の奥で、指揮官のファルクスが厳かに声を発した。
「先日報告した通り、前作戦で確保したハグレの個体を解析した結果、GAIAは彼らを『ヒューマノイド』であると結論付けた。生体組織は人間のそれと一切の相違は見られないが、脳に組み込まれたAIチップが彼らの思考や行動を完全に制御していることがわかったからだ」
「——それって、ちょっと強引な判断じゃねぇの?」
電磁タトゥーをピリピリと苛立たしげに光らせながら、ルーポが口を挟んだ。
「認めよう。彼らを機械と定義づけることに、倫理的な観点での妥当性はない。しかし我々は前回の作戦で想像以上の困難に直面した。奴らを甘く見ていたのだ。ハグレを完全に殲滅するためには、戦略兵器すら投入する必要がある」
「よくわかんねぇけど、つまり拠点にいたようなやつらを全員ぶっ殺すってことだろ?」
ファルクスは静かに頷いた。
「そそうだ。この判断はGAIA社会を存続させるための苦渋の決断と言わざるを得ない。そして、我々の都市に紛れ込んだハグレのヒューマノイドを速やかに排除するためにも、この定義は必要だった」
「別に、悪さしてねぇなら破壊しなくたって良いんじゃねぇのか?」
どこか縋るようなルーポの言葉に、エルフのケルマードが冷徹な正論を畳み掛ける。
「ルーポ、私達は文明の危機に瀕しているのよ。あなたの感傷はハグレの思惑通り。世界で最も人口が集中するこの中央都市が内部から攻撃されたら、GAIA社会は壊滅的なダメージを受けるわ。彼らを保護して観察するような猶予は、今の私達にはないの」
ルーポはチッ、と軽い舌打ちをして顔を背けた。
重苦しい沈黙が円卓を包む中、俺はゆっくりと口を開いた。
「俺は、ルーポの疑問に共感できるな」
ルーポが少し驚いたように俺を見た。
別に彼を無条件で擁護したかったわけじゃない。
GAIAの決定に、致命的な欠点があるように思えたからだ。
「『脳内のAIに操られているから、人間ではなく機械である。だから殺してもいい』もしその論理を正とするなら、ハグレ側からすれば、NORNに脳内認知を最適化されている俺たち人間も『AIに操られている機械だから殺していい』ということになるかもしれない。おまけに相手は、そのNORNをハッキングする技術を持っているんだ。そうなればこちらが掲げた大義名分は、そのまま相手に利用されることになりかねない」
俺はほんの少し、GAIAへの不信感が芽生えていた。
俺たち自身、すでにNORNによって自由意志を奪われ、都合よく管理されている可能性だってある。
「二人の意見も理解できる」
ファルクスが静かに割って入った。
その表情には、この世界の高度な医療・健康管理技術を持ってしても隠しきれない、濃い疲弊の色が滲んでいた。
「だが、内部から揺さぶられればGAIA社会は容易く崩壊する。一方で都市の外からハグレが攻撃を仕掛けたとしても、GAIAの防衛力なら守り切ることはできると考えている。ここはGAIAを信じて、作戦に協力してほしい」
「俺は……この作戦は必要だと思ってる」
それまで黙っていた大柄なアグスが、拳を握りしめながら言った。
「街のヒューマノイドを放置してたら、いつ牙を剥くかわからない。俺たちの家族が、知らないうちに危険な目に遭うかもしれないんだ」
アグスの現実的な言葉に、ルーポは少し天を仰いだ。そして、何かを振り切るように拳を机に叩きつけ、前を見据えた。
「わかってるよ。どうせやらなきゃ街がヤバいってんなら、俺がやってやるよ」
ファルクスがルーポから俺へと視線を移す。
俺は無言で頷き、意志を示した。
そもそも、ここで反対したからと言ってGAIAの決定した作戦が中止になるわけでもない。
「感謝する。今回も共に戦えることを心から誇りに思う。皆の現在地に、すでに専用の移動ポッドを向かわせている。到着次第、乗車してくれ。内部で外骨格スーツを着用できるよう、特別にカスタマイズされた車両だ。作戦の詳細はポッド内で確認してほしい」
ブリーフィングを締めくくろうとしたファルクスが、ふと、痛ましそうな目を俺たちに向けた。
「……このような過酷な任務に巻き込んでしまってすまない。迷いがあるのは当然だ。今日対峙するヒューマノイドは、社会に完全に溶け込み、普通の人間に見えるかもしれない。だが――決して罪悪感を抱く必要はない。奴らを破壊するのは私の命令であり、GAIAの意思なのだから」
「ああ、わかってる。あまり一人で背負い込むんじゃねぇよ、ファルクス」
「そうよ。私は私の意思であなたに協力してるんだから」
ルーポとケルマードの言葉に、ファルクスは微かに表情を緩めた。
「皆、ありがとう。それでは、作戦準備に取り掛かってくれ」
電子音が鳴り、純白の会議室が掻き消える。
俺の視界は、再び薄暗い自室のベッドの上へと引き戻された。
立ち上がり、身支度を整える。
テーブルの上には、イオからもらった手紙と、浮遊端末のクラゲちゃんが飾るように置かれている。
彼女の温かい笑顔が脳裏をよぎり、胸の中にあった憂鬱が少しだけ晴れていくのを感じた。
「——行ってくるよ」
誰もいない部屋にそう声を残し、ドアを開ける。
停留所には、一際大きい移動ポッドが待機していた。




