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俺がエルフを殺した理由~ユートピアに転生したと思ったら、この世界ちょっとダメかもしれない~  作者: フローライト


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第14話 慈魂祭②

 そして静かに視界が暗転する。

 数秒間の沈黙が続いた。

 静かな部屋。

 柔らかな照明の中、母さんがこちらへ視線を向けている。

 少し緊張しているのか、落ち着かない様子で髪を触り、それから困ったように笑った。


『今あなたがこれを見ているということは、私はもうこの世にはいないのでしょう』


 数秒の沈黙。


『えへへ。一度言ってみたかったの』


 母さんは悪戯っぽく笑ったあと、小さく息を吸った。


 『珍しい話じゃないんだけどね、私たち夫婦はなかなか子どもができなかったの。

 だから私は、シンメのお母さんになれるって話を聞いたとき、すごく嬉しかったわ。

 そしてその日から、私には新しい趣味ができました。

 シンメ観察。

 あなたが何を考えているのか。

 どんな人になるのか。

 毎日見ていても飽きなかった。

 特にケレスボールを始めてからは大変。

 試合の日なんて、朝から落ち着かなくて。

 今日は怪我しないかな。

 無茶しないかな。

 ちゃんとご飯食べたかな。

 そんなことばかり考えてた。

 でもね。

 スタジアムを走るあなたは誰よりもかっこよくて、誇らしかったわ。


 ねぇシンメ。

 少しの間会えなくなるだけだから、悲しまないで。

 私、天国へ行くのが楽しみなのよ。

 向こうでレインや、お父さん、お母さん、それから懐かしいみんなに会ったら、あなたのことをたくさん自慢するんだ。

 うちの子、すごいんだからって。

 ふふっ。そういうの、シンメは嫌がりそうね。

 向こうはこの世界と時間の流れが違うんでしょう?

 だからきっと、またすぐ会える。

 その時、シンメがどんな旅をして、どんな人と出会って、どんな幸せを見つけたのか、いっぱい聞かせてね。


 ……大好きよ、シンメ』





 映像が終わる。

 母さんは、自分の死期が近づいているのがわかっていたんだろうな……。

 会えなくなるのは寂しいけど、また会えると信じて逝けるのは幸せなことだろう。

 ゆっくりと瞼を開くと、照明の落とされた会場には、発光花の淡い光が浮かんでいる。

 どこからともなく、ピアノの旋律が流れ始めた。

 静かで、少しだけ寂しく、けれど不思議と温かい音色だった。

 やがて舞台の上へ光が集まり、母さんの姿をしたホログラムが現れた。

 母さんは来場者たちへ向けて、いつものように明るく手を振る。

 俺を見つけると、首を傾げてピースサインをした。

 悪戯っぽく笑う姿は、まるで少女のようだ。

 そして唇だけを動かす。


 ——ありがとう。


 最後にもう一度、小さく手を振った。

 その瞬間、彼女の背中から淡い光の翼が広がる。

 母さんの身体はゆっくりと宙へ浮かび上がり、天井へ向かって上昇していった。

 見上げた先には、無数の光の中に人影が浮かんでいた。

 レイン。

 義祖父母。

 そして、先に旅を終えた者たち。

 皆、穏やかな笑顔で母さんを迎えている。

 レインが静かに母さんを抱きしめる。

 次の瞬間、人の形を保っていた光は柔らかな霧のようにほどけ広がっていった。

 静寂の中、白い羽根がゆっくりと舞い降りてくる。


 『共に笑い、共に泣き、心を重ねた時間は、旅を終えたあとも失われることはありません。ミキ様が皆さまへ遺された光が、皆さまの旅路を穏やかに照らしますように』


 柔らかなアナウンスと共に、会場を包んでいた光がゆっくりと落ちていく。

 しばらく、誰も立ち上がらなかった。

 静かな余韻だけが空間に漂っている。

 やがて、一人、また一人と来場者たちが席を離れ始めた。

 目元を押さえている者もいれば、穏やかに笑みを浮かべている者もいる。

 誰もが、ミキ・セードリフという人間の魂を静かに慈しみ、称えていた。

 俺は席に座ったまま、ぼんやりと発光花が揺れるのを見つめていた。

 その時、隣の座席が小さく沈んだ。


「ミキさん、すごく幸せだったんだなって思うわ」


 鼻声で囁くエルフに、俺は頷いて小さな笑みを見せる。


「耳、痛くないか?隠さなくてもよかったのに」

「大丈夫。目立っちゃうのは嫌だったから」


 エルフが慈魂祭へ足を運ぶことは少ない。

 イオは場の空気を乱さないよう、ヘアバンドで耳を隠していた。

 その手には、さっき舞い降りてきた羽根が握られていた。


「それ、たぶん母さんが考えた演出なんだよ」


 俺は笑顔を作って羽根を指差す。


「うん、レインさん達と会えたよって、シンメを安心させたかったんだね」

「……そっか。きっとそうだな」


 最後まで、優しい人だった。


「私ね、ちょっと前ミキさんに相談乗ってもらってたんだ」

「えっ。何の?」

「その……エルフにはわからない感情について」

「へぇ。そんな感情があるんだな」

「……うん。そのときすごく、嬉しそうだったんだ」


 喜んでる母さんの顔が目に浮かぶ。


「ありがとな。母さんさ、いつもイオちゃんに会いたいって言ってたんだ」

「ミキさんともっと、話したかったな」

「……ああ」


 イオはもう二度と母さんに会うことはできない。

 人間とエルフの別れには、祝福すべきことなど何もなかった。

 そして俺にも、いつかその時はやってくる。

【お詫び】

第13話について、大幅に改稿を行いました。

申し訳ございませんが、既読の方はさっと目を通していただけると幸いです。

最後に、本作をお読みいただきありがとうございます!

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