第14話 慈魂祭①
母さんが“帰還”して2日が経った。
間もなく慈魂祭が始まる会場には、200人を超える参列者が集まっていた。
慈魂祭というのは、前世でいう葬式のことだ。
ただ、その雰囲気はまるで違う。
人々は華やかな服装に身を包み、穏やかな笑顔で故人との思い出を語り合っている。
俺は来訪者たちへの挨拶に追われていた。
交わされる言葉の多くは、母さんとの思い出だ。
彼女がどれほど人に愛され、どれほど多くの幸福を遺したか。
それを語る人々の表情は、別れの場とは思えないほど明るい。
「この度はご帰還、おめでとうございます」
また一人、母さんの友人へ頭を下げたところで、開式を告げる鐘の音が静かに響いた。
参列者たちが、ゆっくりと席へ着いていく。天井の発光花が、淡い金色へ変わった。
『本日は、ミキ・セードリフ様の慈魂祭へご参列いただき、誠にありがとうございます。』
柔らかな案内音声が、静まり返った会場へ流れる。
『ミキ様は114年間の感情旅行の中で、多くの出会いと幸福をこの世界へ遺されました。現世での旅を終えた魂は、天国にて本来の姿へ帰還します。いま頃ミキ様も、先に旅立たれた懐かしい人々との再会を、穏やかに楽しまれていることでしょう』
仄かに白檀の香りがする。
この香りは実際に会場で香が焚かれているのか、それともNORNによって再現された香りなのだろうか。
慈魂祭では来場者に感覚情報の同期が頻繁に行われるのが特徴だった。
祭の中心となるのが、慈魂映画と呼ばれるコンテンツの上映だ。
帰還者の思い出を、GAIAに蓄積されたアーカイブから再構成し、一本の映像作品として再生する。
再生される内容は、来場者それぞれの最も強く心へ残っている時間を優先的に構成される。
つまり、俺と母さんだけの映像だ。
『それではこれより、ミキ様が歩んできた感情旅行、その想い出の旅路を、皆さまと共に辿ります。視覚同期を開始しますのでどうか目をお閉じになり、記憶の海へ身を委ねてください』
静かに目を閉じると、優しい音楽が静かに流れ出した。
甘酸っぱい香りと蒸し暑さを感じる。
ゆっくりと視界に赤と緑が広がった。
透明なドームの内側。
空中栽培された無数のイチゴが、淡い陽光に照らされ宝石みたいに輝いている。
少し前をぴょこぴょこと歩く女の子が、幼い頃の母さんだとはすぐにはわからなかった。
白い帽子を被った小さな背中が、空に浮かぶイチゴを指差しこちらへ見返る。
「おっきいのいっぱい取って!」
「はいはい」
俺は一瞬、自分が声を発したかのように錯覚した。
優しい男性の声だった。
今見ているのは、母さんの父——つまり俺にとっての養祖父がかつて見た景色なのだろう。
養祖父が大きなイチゴを選び摘み取って差し出すと、母さんは両手で受け取るなりかぶりついた。
口の周りを赤く染めながら、ぱっと顔が明るくなる。
「んーーー!!あまいっ」
少し視界が狭くなったのに違和感を覚えないのは、俺も同じ表情になっているからだろうか。
「ミキちゃんのために取ってきてあげたよー」
奥から養祖母がやってきて、カゴいっぱいのイチゴを手渡す。
「いっぱい食べる!ママだいちゅき!」
母さんは重そうにカゴを抱えながら、小さいイチゴを1つつまむ。
「パパもちゅきだから、ミキのイチゴ分けてあげるね」
得意そうな笑顔の母さんがイチゴを差し出すところで動きが止まり、視界はゆっくりと暗転する。
景色が次々と切り替わる。
——朝焼けの通学路。
道行く人と笑顔で挨拶を交わす母さん。
——教室。
神経可塑粘土で不細工なタヌキを作り、友人と大笑いしている。
——重力競技場。
空中でしなやかに踊る姿は天女のようだった。
この頃の見た目は俺の知っている母さんとほとんど変わらない。
母さんは約50年間も、トップダンサーとして世界で活躍したらしい。
演技が終わると母さんの視点に切り替わり、客の中から一人の男の姿を捉える。
彼はレインという男性で、俺の養父にあたるのだが、実際に会ったことはなかった。
ただ、母さんから何度も話を聞いたし、動画も見たこともある。
ユーモアに溢れた、優しい人だったようだ。
デートを重ねる2人。
そして結婚。
幸せそうな結婚生活。
音楽がフェードアウトし、少し長い暗転……ゆっくりと光が像を結んでいく。
見覚えのある部屋で不安そうな顔をしているのは幼い頃の俺だった。
視点があのときの俺に切り替わる。
「やっと会えたね、シンメ」
愛おしそうに笑う母さんの顔。
……赤の他人だった俺を受け入れてくれてありがとう。
◇ ◇ ◇
恐竜園。
初めて行ったのは、俺が母さんと会って間もない頃だ。
巨大なティラノサウルスが咆哮を上げる。
一番人気の恐竜を前に、大きな歓声が上がる。
その中で誰よりも大きな声で悲鳴を上げていたのは母さんだった。
「ぎゃ――――!!ちょ、無理無理無理!」
巨大恐竜が咆哮した瞬間、母さんは半泣きになりながらその場へしゃがみ込んだ。
「シ、シンメぇ……! ママ食べられるぅ……!」
「だ、大丈夫だよ……!」
このときの俺は恐竜に夢中だった。
それでも母さんを庇うように前へ立っている。
恐竜がこちらを向くたび、肩がびくりと揺れるのは前世で見た某恐竜映画のせいだ。
母さんは涙目のまま、後ろから俺の服をぎゅっと掴んでいる。
「シンメぇぇ……」
ティラノサウルスが再び吠えた。
「ひっ」
俺の喉から小さな悲鳴が漏れる。
これが怖がってる子どものフリをしているのか、ほんとにビビってたのか、今では思い出せない。
映像の中の母さんは泣きそうな顔のまま笑っていた。
◇ ◇ ◇
キッチン。
料理なんて必要ない世界で、調理道具がある家庭は多くなかった。
それでも母さんは、手料理にこだわっていたな。
その日、彼女が挑戦していたのは、旧文明の料理アーカイブを参考にしたオムライスだった。
ふわふわに包むはずの卵は妙に歪み、切れ目からはみ出したライスは水分が多く、べちゃべちゃとした食感だった。
母さんは真剣な顔で一口食べたあと、静かにスプーンを置いた。
「……なんか、違う……っていうか、美味しくない」
そう言って肩を落とす。
目の前では俺が黙々と食べている。
「よし!今日はもうデリバリー頼もっか!」
「おかわり!」
俺が空の皿を差し出した。
母さんは目を見開く。
「はぁ~い、待っててね」
キッチンに戻り、合成卵のパッケージを開ける母さんは、小さな声で呟いた。
「優しい子なんだから……ありがとね」
◇ ◇ ◇
「マンゴータルト焼いてみたけど食べる?」
試合後ソファへ沈み込んだ俺に、母さんがコーヒーと共にタルトを差し出した。
瑞々しいマンゴーがこれでもかと乗せられている。
「おー、うまそう」
「でしょー?」
母さんは満足げに笑い、それから何気ない調子で続けた。
「イオちゃん、今日も来てたね」
俺のフォークを持つ手が一瞬止まる。
「もしかして……付き合ってるの?」
ニヤニヤしながら、俺の肩を肘で小突く。
「そういうんじゃないって。そもそも相手はエルフだし……」
「燃えるじゃない。禁断の恋ってやつだ」
「……」
「エルフって、怖いイメージあったんだけどねぇ。イオちゃんは本当に天真爛漫っていうか……」
母さんは少し目を細める。
「恋愛マスターの私の目からみると、イオちゃんもシンメのこと気になってるように見えるけどな~」
「やめてくれ……」
俺がうんざりした顔で呟くと、母さんは声を上げて笑った。
思い出は次々流れていく。
母さんは心配性でお節介だったけど、いつだって笑顔だった。
【お詫び】
第13話について、大幅に改稿を行いました。
申し訳ございませんが、既読の方はさっと目を通していただけると幸いです。
最後に、本作をお読みいただきありがとうございます!




