第13話 手紙
撤退後はファルクスを除いたメンバーで地下施設へと向かった。
彼は継続して作戦を指揮するらしい。
帰りの機内では、ケルマードの態度があからさまに変わったのが印象的だった。
俺やルーポへの接し方が柔らかくなっていただけじゃなく、落ち込んでいるアグスを慰めてもいたのだ。
地下施設で武装を解除したあとは人間3人で軽い食事を楽しんだ。
ケルマードもファルクス同様、食事での栄養摂取はしないらしい。
食後はさすがに疲労が限界だということで、すぐに解散となった。
◇ ◇ ◇
「ただいまー」
「おかえりなさい、シンメ。ミキちゃんはベッドでおやすみされています」
出迎えてくれたのは家事ヒューマノイドだ。
母さんはこいつに自分をミキちゃんと呼ばせている。
まだ19時だが、最近の母さんは睡眠の周期が不規則になっていた。
「そっか」
「シンメに手紙が届いていますよ。手紙というのは、植物性繊維を高密度で圧縮した、二次元情報が記載されている薄型固形オブジェ——」
「知ってる知ってる」
家事ヒューマノイドから、高級感のある臙脂色の封筒を手渡された。
この世界では紙という媒体自体非常に珍しいものだった。
ましてや手紙なんて、とうに潰えてしまった文化だ。
封筒に送り主は書いてなかったが、こんなことをする相手なんて、俺には一人しか心当たりがなかった。
封筒を開けると、2枚の便箋が入っていた。
少し不器用な手書きの文字が書かれた便箋からは、仄かにバラの香りがした。
『シンメへ
今、10年前にあなたが暮らしたあの部屋で、この手紙を書いています。
手紙を送るのは初めてだけど、シンメはそんなに驚いたりしないんじゃないかな。
いつかも話したかもしれないけど、私は結構、手書きの文字が好きだったりします。
旧文明では「字で性格がわかる」なんて言われてたりしたらしいですよ。
どうしてわざわざ手紙を送ったのかは、きっとすぐにわかるはずです。
もしこの手紙があなたの手元に届いたのだとしたら、それはシンメがまだ、本当の私を知らないということ。
それは私にとってすごく、苦しいことかもしれません。
海底列車でNORNの制御を奪われたあのとき、私はある違和感を抱きました。
シンメのことを思い出した瞬間、胸の奥に今まで感じたことのない温かい感覚が広がったのを覚えています。
あの感覚が何だったのか、どうしてあのときだけ感じることができたのか、私なりに一つの仮説を立ててみました。
その仮説と答えは、医療区画での追加検査中に書くつもりです。
想いを届けられるのは、これが最後の機会かもしれないから。
この手紙が届いているのなら、その前にもう一つ伝えなければならないことがあります。
エルフは、人間に恋することが許されていません。
これは私個人の話ではなく、エルフの社会がそう決めていることです。
あとは、検査の時間に書くことにします。
時間が短いから、もし字が汚くなっちゃっても、大目に見てね。』
「……え?」
呆然と便箋を見つめる。
何か、もの凄く重要な、世界の前提をひっくり返すような事実に気が付いたはずだった。
なのに、それが何だったのか思い出せない。
2枚目の便箋を見ようとして、ぴたりと手が止まる。
待て。
なぜかはわからないが、頭のどこかで警報が鳴っている気がする。
——これを読んではいけない、と。
俺は便箋をめくらず、もう一度、1枚目の文章に視線を戻した。
手紙……NORN……検査……そして恋。
バラバラだったパズルのピースが、脳内で一列に結び付き、一つの冷徹な答えを導き出す。
そうか……! イオは普段、NORNによって恋愛感情を——。
——カチリ。
頭の中で、ひどく冷徹で、無機質な音が響いた気がした。
次の瞬間、俺がたった今導き出したはずの答えが、まるで霧のように綺麗さっぱり消え去る。
(NORN!何が起きてる!?)
《回答権限がありません。》
NORN、お前が俺の記憶を——そこまで考えた瞬間、またしても脳内を「カチリ」と冷たい音が掠めた。
頭がおかしくなりそうだ……。
だけどイオは、こんな手の込んだやり方をしてまで俺に何かを伝えようとしている。
もう一度だ。
今度は、頭脳をフル回転させて、じっくり慎重に読み直す。
——『その仮説と答えは、医療区画での追加検査中に書くつもりです。』
手紙を書いた理由は、NORNが機能を停止している検査中じゃないと書くことができないからだと仮定する。
(……おかしい)
無意識に並列稼働させていたもう一つの思考が、強烈な違和感を唱えた。
(こんな簡単な推論なのに、なぜ今初めて気が付いたかのような感覚になるんだ?)
そうか……!この仮定は既に何度もたどり着いている。
ということは、最終的な結論に辿り着いたときに、何かが起こるということか?
だったら、結論は出さない。
……あぁ、そうか。
2枚目の便箋を読まないほうが良いと思った理由もようやくわかった。
NORNに検閲される内容が書いてある2枚目の便箋を読んでしまったら、俺のNORNは通報するかもしれない。
そうなれば、イオの立場が悪くなるどころか、最悪の場合、何らかの罪に問われるかも知れない。
俺は深呼吸をして、便箋をそっと封筒に戻した。
もしかしたら堂々と読めるときが来るかもしれない。
それまで、これは俺の命に代えても秘匿する。
イオは手紙のこと気になってるよな……。
一分ほど部屋のなかを無駄に往復した後、俺は電話をかけた。
「シンメ?」
視界にイオが現れる。
どこか緊張している様子に見えた。
「うん。あの……手紙、受け取ったよ。ありがとうな」
「……そう。ちゃんと、一人で読んだ?」
イオは恥ずかしそうに目をそらす。
「読んだんだけど……ごめん、内容がわからなかった」
「えっ……?」
「何度も読んだけど、内容を理解できないんだ」
少しの沈黙を経て、イオは全てを察したように頷いた。
「そういうことね……」
「きっとイオの大切な気持ちが詰まってるんだよな?いつかしっかり読めるときまで、大切にとっておくよ」
「ありがとう。シンメ」
彼女の表情は、怒ってるようにも、どこか寂しそうにも見えた。
——ポタタッ。
「うわっ」
「どうしたの?」
「いや、急に鼻血が……」
「えっ大丈夫!?」
「ハハ。NORNが脳が疲れてるから休めって警告してる」
さすがに今日は酷使しすぎたからな……。
「それ深刻じゃない……。お願いだから早く休んで!」
「そうするよ。手紙、ありがとうな」
「こちらこそ、ありがとう」
通話を終えて、洗面所で顔を洗う。
パタパタと軽い足音が聞こえ、廊下からひょっこりと顔が覗く。
「あ、おはよー。シンメ」
「母さん、おはよう。夜だけどな」
「えへへ、いっぱい寝ちゃったみたい」
ミキは眠そうに目をこすりながら、俺の顔をじっと見つめて、悪戯っぽく微笑んだ。
「ねぇ、シンメ。顔色悪いけど大丈夫?」
「え?」
「そういう顔してる。イオちゃんとのデートで喧嘩しちゃった?」
朝デートじゃないって言ったんだけどなぁ。
「まぁ、そんな感じかな。イオがミキさんによろしくって言ってたよ」
「私もイオちゃんに会いたいなぁ。また連れてきてよ」
「今度予定を聞いてみるよ」
「ふふ、楽しみ! だったらまたごちそうを作らなきゃね。何を作るか、今から悩んじゃうな~」
本当にごちそうを作るってなったら俺も手伝わないとな。
料理は苦手なんだが……。
「そんな無理して張り切らなくていいって」
「そうだ、お昼にマンゴータルト焼いたんだ。保冷皿に入れてあるから好きな時に食べてね」
「マジで?やった、あれ好きなんだよね」
「えへへ。知ってる」
母さんは自慢げに、細い指で綺麗なピースサインを俺にかざしてみせると、満足したようにまた寝室へと戻っていった。
——本当に、いつもと変わらない、温かくて、ちょっと抜けているだけの日常だったんだ。
この時の俺は、まだ知らなかった。
これが母さんとの最後の会話になるなんて。
【お詫び】
第13話について、大幅に改稿を行いました。
申し訳ございませんが、既読の方はさっと目を通していただけると幸いです。
最後に、本作をお読みいただきありがとうございます!




