第12話 ハグレの拠点
演習を終えた俺達は、作戦会議と短い休息を取った後、軍用VTOLで移動していた。
もちろん目的地はハグレの拠点だ。
「いやー、しかしシンメの動きには驚かされたな。お前すげぇよ」
静かな機内の中、思い出したように声を上げたルーポが俺の肩に腕を回す。
「ほんとに……どんな脳をしてるのかしら?やっぱり分母が大きいと極端な外れ値が出やすいのね」
「機動力とマルチタスクはケレスボールで鍛えたからな。ただ、俺からしたら皆だってすごいよ」
俺は高密度完全栄養チューブを喉に流し込みながら、皆の顔を見回した。
実際、他の皆には俺にない尖った長所がある。
ルーポは獣のような機動性。
アグスは圧倒的な膂力。
ケルマードはサターンの精密操作。
そしてファルクスは、先を読んでいるかのような戦術脳と破壊力。
このメンバーなら、ハグレに制約がある限り負けることはないんじゃないか。
「ケルマードは、戦場が怖くないのか?」
そう尋ねたのはアグスだった。
「私が女だからそんなこと聞くのかしら?まあいいわ。私は恐怖という不必要な感情をNORNに消してもらってるの」
「がはは。そいつは便利だな」
「なんなの?励まそうとでも思ったわけ?自分の心配をしたらどうかしら。あなたが怖くて動けなかったら私が守ってあげるわよ」
ケルマードの口撃に圧倒されたアグスはシュンとしている。
それにしても、彼女は何があって恐怖を消すという決断に至ったのだろうか。
いや、そんなこと聞いたら何を言われるかわからない。
「ケルちゃんよー。お前が消すべき感情は恐怖じゃなくて怒りなんじゃないのかぁ?」
ルーポが愉快そうに笑って口を挟む。
「あなたは品性と知性を消し去ったみたいだけど、それで生活に支障はないのかしら?」
「ぶっははは。いうじゃねぇか」
ルーポは怒るどころか、電磁タトゥーを愉快そうに明滅させながら、さらに自分の膝を叩いた。
この人たちとうまくやっていける気がしないのですが……。
「その有り余ったエネルギーはハグレにぶつけてくれ。もう到着するぞ。各自、対ハッキング・シールドの展開を確認」
ファルクスの声で皆の表情が真剣なものに変わった。
これから待ち受けるのは死と隣り合わせの戦場だ。
今まさに急降下しているこの機体すら、次の瞬間には鉄くずと化しているかもしれないのだ。
浮遊感の終わりが、目的地に着陸したことを示す。
——プシュー。
重々しい減圧音と共にVTOLの装甲ハッチが左右にスライドする。
生い茂る密林の、生臭い土と植物の匂い。
そして、その奥から微かに漂ってくる錆びついた鉄と焦げたオイルの臭気。
NORNの視覚補正が、地面に擬態したハグレ拠点の入口を、半透明の赤色で俺の視界に映し出す。
——ドゴォォォンッ!!
全員がVTOLのステップから大地へ飛び降りた、まさにその瞬間だった。
背後で鼓膜を突き破るような大爆音と、凄まじい熱風が吹き荒れる。
容赦のない先制攻撃によって、俺たちが乗ってきた機体が一瞬でスクラップへと変えられたのだ。
「うお!?危な!」
スーツがなかったら爆風で怪我を負っていただろう。
顔面に展開されたシールドがバチバチと火花を散らす。
「……どうやら、人間保護プロトコルは有効なようね」
ケルマードは煙を上げるVTOLの残骸を一瞥して冷淡に言い放った。
直撃を避けたのは偶然ではなく、ハグレのシステムにこちらに危害を加えないよう制限がかかっている証拠だ。
「ああ。予定通り俺とアグスで先行する。作戦目標はヒューマノイドの確保と敵戦力の無力化だ。いくぞ!」
ファルクスとアグスが武器を縦に構え、背中合わせで降下する。
合図を確認して、俺とルーポが続いて降り立った。
ケルマードに合図を送り、先へと進む。
昨日見た偵察端末の映像と同じ、あの長い廊下だ。
道の先には強い明かりに照らされた広い空間が見える。
「きゃあああああああ!!」
突然、女性の叫び声が聞こえた。
もちろんケルマードではない。
俺達を見つけたヒューマノイド——と思われる女性の悲鳴だった。
「ひっ……!何なんだ!?俺達をどうする気だ?」
「助けて! お願い、殺さないで……っ!」
「こ、怖いよママ!いやだ……!」
恐怖に顔を歪ませて涙を流す女性や子ども。
それをかばうように前に立つ男性の脚は小刻みに震えている。
彼らの姿はまさに人間そのものだったが、金属の壁に囲まれた広い空間には、不自然に大きなテーブルが1つポツンと置かれているだけ……生活感が徹底的に欠落していた。
「おいおい、なんだよこの状況は?」
ルーポが緊張感のない声を発すると同時に、すべての明かりがパッと消え、空間が完全な暗闇に包まれた。
——プシュシュッ!
不気味な音とともに、何かが大量に射出された。
俺は咄嗟に超電導刀を上空へと振るった。
極薄のプラズマの刃が暗闇を一瞬だけ青白く照らし、飛んできたなにかを焼き切った。
直後、NORNによって、スーツに装備された暗視カメラの映像が視覚再現される。
その切り替えのラグを突いてきたのだろう。
「うおっ!? なんだこれは――ぐわぁっ!?」
アグスの悲鳴だった。
半透明の不気味な網が、アグスの巨体を完全に覆い尽くしている。
俺とケルマードはサターンの視界を平行表示していたから、かろうじて飛んでくる網の軌道を確認することができた。
ケルマードは飛んで回避したようだ。
何も見えなかったはずのルーポとファルクスが対処できたのは、もはや超人的な野生のセンスとしか言いようがなかった。
「アグス!」
俺は一歩踏み出そうとしたが、網の表面から「ブシュー!」と激しい音が立ち上るのを見て足を止めた。
NORNの分析によると、網の繊維から粘着ゲルが噴出しているようだ。
これは簡単に救出できない。
しかも最悪なことに、壁や天井に埋め込まれた射出装置から、次々と第二波、第三波の網が降り注ぎ始めた。
「くそっ! すまねぇ皆!俺のことは良いから作戦を優先してくれ!」
「ああ。安心して待ってろ」
そう言ってファルクスは、鋭い踏み込みから網を射出する装置の一つに強烈な突きを繰り出し、回路を粉砕した。
負けじと装置を破壊すべく、全員が闇の中を飛び回る。
だが、敵の装置は少なくとも50個はありそうだ。
こちらが一つを破壊しようとすると、それを阻むように周囲の他の装置から十字砲火のごとく網が射出される。
NORNに網の軌道を計算させ、ジグザグに跳躍しながら装置を破壊していく。
時折熱線や銃撃による攻撃もあったが、有効でないことがわかると網による攻撃一辺倒になった。
「あっ!」
ケルマードが地面に広がっていた粘着ゲルのトラップに足を取られてしまった。
彼女が迂闊だったというより、サターンを操作しながら網を避け続けるのが難しすぎるのだ。
「上を見ろ!」
叫んだのはルーポだった。
ケルマードは咄嗟に自身めがけて肉薄していた網を、サターンで切り飛ばした。
間髪入れず、獣じみた速度で影が跳ぶ。
そしてルーポがケルマードの足に付いた網を、鉤爪で強引に削ぎ落とした。
「……ありがと」
「おう!」
粘着ゲルによって、安全な足場がどんどん無くなっていく。
人工筋肉の補助があるとはいえ、息が上がってきた。
それでも、装置は確実に破壊できている。
「ゼェ……ハァ……」
ケルマードが再び網に捉えられた。
それでもサターンの操作は続けている。
ルーポの周りを飛ばすことでサターンが破壊されるのを避けるようだ。
「あと少しだぁ!踏ん張れぇ!」
完全に身動きの取れなくなったアグスが声を上げる。
その声援に応える余裕はとうになかった。
頭痛と吐き気……脳が悲鳴を上げている。
それでも俺たちの連携は、ついに最後の射出装置を捉えた。
俺の刀がその装置を真っ二つに両断する。
ガシャァァン! と重々しい金属音が響き、ようやく忌々しい網の射出がピタリと止まった。
「……終わ、ったかぁ?」
肩で激しく息をするルーポが、汗を拭いながら呟いた、その時だった。
「——アハ、ハハハハハハ!」
不意に空間に響き渡ったのは、テーブルの下に固まって避難していた拠点の住民たちの無邪気な笑い声だった。
「負けちゃったかぁ。でも楽しかったね!鬼ごっこ」
テーブルの下から出てきた少年が声を弾ませる。
特殊な靴を履いているのか、彼は周囲の粘着ゲルに一切足を取られることなく、滑るように歩いていた。
「安心して。君たちを捕まえる手段はもうここにはないよ」
ファルクスが冷徹な視線のまま、少年に鋭い刀の切っ先を向ける。
「斬られたくなければおとなしくしていろ」
「ねぇ、あなたはどういう権利があって私たちのことを殺すというの?」
続いてテーブルから出てきたのは可憐な少女だった。
「私たちとあなたの違いって何?私たちにも細胞があるし、血だって通ってる。子どもだって作れるわ」
そう言って少女は、少年の華奢な身体をそっと抱き寄せ、その唇に優しく口づけを落とした。
愛らしい子どもにはあまりにも不釣り合いな、酷く生々しい接吻。
挑発的な視線をこちらに向ける少女の姿に戦慄を覚えた。
不可解なことに、彼女の言う通りNORNは、彼らをヒューマノイドだと判別できていないようだった。
「この拠点が何を目的としているのか、教えてくれないか?」
「いいわよ、ファルクス。ここは人間の都市に私たちの子どもを送り込むための無数の繁殖プラントの一つ……だったらどうする?きゃはは」
「それは、考えたくもないな」
『間もなく増援部隊が到着するが、敵は何を仕掛けてくるかわからない。シンメは隙があれば近づいて奴らを拘束してくれ。ルーポはアグスとケルマードの解放を頼む』
NORNを通して、ファルクスからの思考音声が脳内に直接伝達された。
了解、と短く思考で返す。
「ねぇシンメ。海底列車デートはどうだった?私たちはあのときのログを回収できてないからずっと気になってたの」
少女は少年の身体から手を放し、俺に向き直った。
「……あのヒューマノイドから、ギンカンの子がどうのって言われたけど、どういう意味なんだ?」
俺の問いかけに、少女は一瞬だけ目を見開いた。
「ギンカン……あぁ、そういうことね。面白い表現だわ。ねぇファルクス?」
少女はくすくすと笑いながら、ファルクスへと視線を移す。
「何の話だかわからないな」
ファルクスは表情一つ動かさず、氷のように冷たい声で切り捨てた。
「ふーん?じゃあ、シンメに話しちゃうわよ?」
軽い足取りで少女は俺に近づいてくる。
その距離がわずか2メートルほどに縮まった瞬間、俺は左腕に装備された瞬間制動剤のトリガーを引いた。
「きゃっ!ちょっと何するのよ!」
空気と混ざった薬剤が、一瞬で目に見えないゲル状の物体を作り出す。
少女の細い両足は、まるで強力な透明のゼリーの中にハメ込まれたかのように、完全に身動きが取れなくなる。
「こういうのが趣味なのね。変態……」
少女は俺を軽蔑するような目で見ながら、話を続ける」
「意地悪されたからちょっとしか教えてあげないわ。あなたとファルクスはね、冷た~い銀の棺で眠っていたの」
「ファルクスと、俺が?」
「うん。ねぇ、もっと知りたい?もしシンメが私たちの味方になってくれるのなら、真実を全部教えてあげるわよ?」
「テロリストになれと?それは難しいな」
「ふーん。それならずっと騙されていればいい。NORNの奴隷に話すことなんてもうないわ」
少女が俺から興味を失ったように目を逸らしたとき、視界にメッセージが表示された。
《増援部隊が到着しました。これより、拠点内のヒューマノイド確保と皆様の安全な撤退を支援します。拠点深部の攻略については我々にお任せを》
すぐに20名ほどの増援部隊が拠点に入ってきた。
足場を確保するためのシートが展開されると、ファルクスは俺たちに撤退するよう告げた。
結局何もわからなかったな。
頭が重い……イオは何をしているだろうか。
【NORNシステム警告:バイタルエラーを検知】
《警告:対象読者の生体ステータスをスキャンしました。重大な眼精疲労、および肩こりを検出。血流低下に伴い、このままだと次回の更新までに身体機能の低下が発生するリスクがあります》
ただちに以下の「血流改善シークエンス」を実行してください。
下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】へ最適化する。
ブックマークをポチッと押し、脳内に微量の『ドーパミン』を強制インストールする。
指先を動かすほんの1秒のアクションにより、全身の電位が正常化し、血流が劇的に上昇します。
GAIAの意欲向上のために、皆様のポチッとをお待ちしております。




