第10話 ファルクスの提案
「少しでしたら構いませんが……」
口ではそう応じたものの、こっちは失恋したばかりの身だ。
本音を言えば早く帰って自棄アルカを胃袋に流し込みたいんだが?
「恐れ入ります。実は、私が総務局にいたのはシンメ殿に接触するのが目的だったのです。イオの手前知らないふりをしましたが……。移動ポッドを手配しましたのでシンメ殿のご自宅に向かいがてら、話を聞いていただけますか」
ゲートの外に待機していたのは、光沢を放つ黒塗りの大きな移動ポッドだった。
まさにVIP向けといった外観だ。
エルフって、こういう「私はお前たちとは身分が違う」と暗に誇示するような洗練されたデザインが本当に好きだよなぁ。
それにしても俺に用って一体なんなんだ?
「さあ、どうぞ」
「どうも」
乗り込んだポッドの内部は、高級感というよりは、むしろ息が詰まるほど無機質な印象だった。
「ここでなら秘匿性の高い会話もできますので。早速本題に入ります。シンメ殿、対ハグレ特殊部隊で私と一緒に戦いませんか?」
「……ハグレの件について知ってるんですね。戦うっていうのは?」
「ええ。実は私の仕事というのが、GAIA政策執行の際に『人の手』が必要な場合にその実務を担うことなのです。ゆえに、この事件についてはGAIAからすべて共有されています」
なるほど、超高度AIが管理するこの世界でも、すべてを機械だけで完結できているわけじゃない、ということか。
俺が頷くと、ファルクスは説明を続けた。
「ご存じのように、ハグレはNORNのシステムをハッキングし、操作することができます。GAIA社会の絶対的な治安を維持するためには、ハグレは残らず殲滅しなければなりません。そのために組織されたのが、対ハグレ特殊部隊です」
「ハグレの脅威は、身をもってわかりました。しかし、殲滅するならAI兵器の方が強力で効率的なのでは?なぜエルフや人間が参加する必要があるんでしょうか?」
「昨日、GAIAはハグレの拠点を一つ発見しました。偵察端末が内部を撮影した映像がこれです」
ファルクスが指先を弾くと、空間に青白いホログラムが起動した。
密林の中を浮遊しながら進む一人称視点の映像が投影される。
揺れる木々を抜けた瞬間、突如としてカメラが地面に向かって急降下した。
「衝突する」と思った直後、映像は滑らかに地表を透過する。
光学迷彩というやつだろうか?
基地への入り口は巧妙に偽装されていた。
壁の材質が土からメタリックな装甲へと変わる。
長い金属の廊下を抜け、開けた空間に出た瞬間、俺は息を呑んだ。
中には、驚くべき光景が広がっていた。
十人ほどの男女が、長テーブルを囲んで和気藹々と食事を取っていたのだ。
「おそらくは、ヒューマノイドだと思われます。映像はここで途切れ、偵察端末は破壊されました。その後も観測を試みましたが、現在は強力なジャミングによって拠点に接近することすら不可能な状況です」
「なるほど。ヒューマノイドか本物の人間かの判別がつかないから、GAIAは拠点ごと爆撃するような強硬手段が取れない……ということですか」
「さすがですね。これほど察しが良く、聡明な人間に出会ったのは実に久しぶりです」
ファルクスは大げさに感心した素振りを見せる。
いやいや、そんな風におだてられて簡単に飛びつけるような話じゃないぞこれ。
「そこで浮上したのが、ハグレ側の『人間保護プロトコル』を逆手に取った作戦です。人間とエルフで構成された少数精鋭の部隊で、物理的に拠点を叩きます」
「ハグレ側にも、人間を傷つけてはならないという制約が存在すると?」
「ある、と私たちは踏んでいます。私は今朝、この拠点の周りを歩いてみました。AI兵器が悉く消し飛ばされたデッドラインを、です。――結果は、ご覧の通り」
ファルクスは両手を広げて無事だということをアピールする。
このエルフ、涼しい顔をしてとんでもない命知らずだ。
「死ぬのが怖くないんですか?」
「長く生きてますが、それでも死は恐ろしいです。人間と違って次はないですから。……ですが、私はあなたを見て勇気をもらったのですよ、シンメ殿」
「え?」
「海底列車でシンメ殿は、人質を救うためにヒューマノイドに立ち向かいました。殺される可能性もあったのはあなたならわかっていたはず」
「いや、あれは——」
「フフ。善行に言い訳は無用です。あなたはとても気高く、強い精神の持ち主だ。だからこそ私は、あなたという人間と共に戦いたいと切に願っているのです」
ファルクスの表情は自信に満ちていた。
断られることはないと確信しているかのようだ。
「買い被りすぎです」
「決してそんな事はありません。シンメ殿は身体、情報処理、判断全てにおいて卓越した能力があることを確認しています。私は、今回の作戦が危険で難度が高いからこそ、シンメ殿を最も必要な仲間だと考えています」
答えは決まってるのに引き伸ばしても仕方ない。
褒められすぎていよいよ居心地が悪くなってきたし。
「過分な評価で恐れ多いですが、一緒に戦いたいといってもらえて嬉しいです。俺で良ければ全面的に協力します」
「本当ですか!まだ部隊や作戦について詳しく話していないのに心を決めていただけるなんて、さすがはシンメ殿、器が違う!」
ファルクスの表情が喜びに満ちる。
完全に相手のペースに乗せられている自覚はあるが……まあ、ここまで素直に喜ばれるのは、男として悪い気はしない。
もちろん参加を決めたのは決して使命感からだけではない。
ハグレが俺のことを知っていた。
「ギンカン」とかいう意味深なワードも気になるし、俺の転生にも関係があるかもしれない。
「事態は急を要すでしょうから。そもそも参加するかもわからない人間にあまり詳しい話はできないでしょうし」
「ご配慮に感謝します。では、交渉成立ということで、ここからはお互い楽に話しませんか?一応、部隊長としての指揮権は私にありますが、古臭い上下関係は無しにしましょう」
「ああ、了解だ。これからよろしく、ファルクス」
「よろしく、シンメ。詳細についてはあとでNORNに送信するから、今日中に目を通しておいてくれ」
「わかった」
「作戦決行は明日の午後だ。午前中は装備の適合テストと、簡単な模擬演習を行う。急なスケジュールで申し訳ないが、問題ないかい?」
「大丈夫だ。今日は美味い飯を飽きるまで食って寝ることにするよ」
「フフ。最後の晩餐にはならないから、食べ過ぎには気をつけてくれ。……しかし、羨ましい限りだね。私は胃の機能が衰えていてね。しばらく食事を楽しむことはできないんだ」
この世界ではNORNと点滴ポートを使った完全栄養補給システムが普及している。
食事を楽しむのは、娯楽やコミュニケーションツールとしての価値を感じている人だけなわけだが、依然として食事派が主流だ。
「そういえば、何日もゲームのダイブから戻ってこないって言ってたもんな」
「フフフ。何年も、のことが多いかな。さて、私はこれからもう一人スカウトしなければならないから、今日はここでお別れだ。明日はハードだから、しっかり休んでくれ」
そう言って手を振った彼の指には、格式高い意匠の指輪が静かに煌めいていた。
【NORNシステム警告:バイタルエラーを検知】
《警告:対象読者の生体ステータスをスキャンしました。重大な眼精疲労、および肩こりを検出。血流低下に伴い、このままだと次回の更新までに身体機能の低下が発生するリスクがあります》
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