07 エルザならきっと大丈夫だと思っていたよ
面接の帰り道、無事に王立治療院で治癒士として採用されたことをリンデン先生へ伝えに出向いた。リンデン先生はまるで我が子のことのように喜んでくれた。
「エルザならきっと大丈夫だと思っていたよ」
そんなふうに言われて私は嬉しくなる。次の日から使うという、王立区に入るための通行証と制服を受け取っても、自分はまだ半信半疑だった。
しかしニコニコしていたリンデン先生の顔がふっと曇る。
「合格したんだったらエルザ、しばらくここには来ないほうがいい」
「えっどうしてですか」
「彼が今日も来ていたよ。ほら、同じパーティの後輩の。もともと普段からこの近くの森で訓練をしているらしい。朝訓練の後ちょっと回り道して寄っただけ、とは言っていたけれど。パーティを辞めるなら、今は顔を合わせないほうがいいんじゃないか?」
そうだった。明日からさっそく王立治療院で仕事をすることになったけれど、その前に退職の手続きが必要だ。魔獣討伐隊も王立の外郭機関だから、王立機関同士でダイレクトに今日から通知や手配が始まると聞いていた。
今は遠征後の討伐休みだから隊としての任務はない。けれど、次の遠征までに編成を組み直すなら、パーティへ早めに知らせる必要がある。
億劫だ。
嫌味や罵声を浴びせてくるローデリックを容易に想像できる。それに、面倒を見ると言った手前、エイミルを置いてパーティを抜けることに胸がちくちくと痛んだ。私がいなくなったら新入りの彼があれこれと仕事を押し付けられてしまうかもしれない。もしローデリックの怒鳴られ係のようになってしまったら。
「エルザ、エルザ。心配は尽きないと思うけど、前に進むのみだ。なんなら私が代わりに出向いて退職の知らせをしようか」
「そんな子どもじゃあるまいし。大の大人が恥ずかしいです」
「いや最近は多いぞ。うちだって、もともとの紹介者が代わりに退職の手続きをすることはあるよ。あとは家族が代わりにとかね。天下の王立治療院ですら、母親が代わりにやってきて『うちの子はこの職場に合わないと思います。もうここには来させません』なんて制服を突き返してくるらしいから」
私は母親に乗り込まれている院長と助手を想像した。
「ああ………わかる気がします」
「わざわざ気まずい思いをしに行くことはないんだ」
「それでも気が引けます」
「これを言うのはズルいけど、遠征でメンバーが欠けてしまうことなんてごまんとあるだろう。残りの人材を見てチームを再編するのは討伐隊人事の仕事でもあるんだ。任せてみよう」
◇
リンデン先生の治療院を後にして、私は少し遠回りし森を散策する。誰にも言わないで去るなんてできない性分だ。でも、リンデン先生に討伐隊舎には行かないと約束してしまった。ローデリックがいたら、きっとひどいことになるから、と。なんとなくそれはわかる。
面接に合格したのに、面接に落ちたような気分になっている。仕事を変えるというのはこんなにもエネルギーが要るんだなあ。くすんだ気持ちを洗うように、サクサクと足元に沈む落ち葉が気持ちよくて、無心で歩き続けていると声をかけられた。
「エルザさん?」
エイミルだった。弓を片手にこちらを見ている。あれ、リンデン先生の話だと、朝から訓練していたんじゃなかったっけ。もうすぐ日が暮れそうだ。
「1日中やってたの?」
「昼ごろに一度撤収したんですけど、また来てしまいました」
「そう、熱心だね」
エイミルは首をかしげて、私を見る。
「なんだか元気ないですね。今日の用事は大変だったんですか」
私はエイミルをじっと見る。言うか、言わないか。言うか、言わないか。頭の中で二択がぐるぐるする。なんだか頭痛もしてきた。無意識にこめかみを押す。
「あ、引き留めてすみません。もし具合が悪いならお大事に」
気を遣って元いた場所に戻ろうとするエイミルに私はとっさに頭を下げた。
「あの、私、あなたに謝らないといけないことが」
「え……頭を上げてください」
顔を上げると、心配そうにこちらを見るエイミルと目があった。
「エルザさんがそんなこと言うなんて。なんだろう、怖いなあ」
「あの……」
エイミルが見てくるので切り出しづらい。少し掠れた声でなんとか私は切り出した。
「討伐隊を辞めることになりました」
「…………!」
「面倒見るなんて言っておきながら」
「いやいや、俺のことは気にしなくていいんで」
エイミルは両手のひらを振って慌てていた。
「ああ、でもそっかあ、エルザさん辞めちゃうのかあ」
「ごめんなさい」
「いえ、謝ることではないですよ。何年も国のために戦っていたんですよね。本当にお疲れ様でした」
逆にエイミルに頭を下げられてしまい、私の方が恐縮する。
「ローデリックさんには?」
「まだ言ってない。言わずに遠征休み中に辞めることになると思う」
「それがいいですね。俺も聞いてないことにするんで」
「ありがとう」
「あの人荒れそうだなあ」
「ごめんね、ただでさえ後衛足りないのにね」
「うーん、それもありますけど」
エイミルは少し迷ってから言った。
「ローデリックさん、寂しいだろうなって」
「はい?ある訳ないでしょ」
エイミルは苦笑いする。それから眉毛を下げてこちらを見てきた。
「俺はエルザさんと接点無くなっちゃうの、寂しいです」
私は考え込んだ。
「ええと、文通でもする?」
「……します!!」
エイミルがあまりにしょぼんと言うので、何の気なしに提案してみた。でも文通て……我ながら何を言ってるんだとすぐに後悔したが元気に「します」と言われてしまった。
「俺は遠征先からになっちゃうかもなんですけど、これ俺の届け先です」
エイミルは胸ポケットから小さな紙束を出してさらさらと記入して渡してくる。
「空中で書いたんで、字が踊ってますけど」
見るときれいな字が最後だけ右上に跳ねている。それが可愛くてくすりと笑う。
「あ、女性に住んでる場所を聞くのはアレなんで、エルザさんはリンデン先生の治療院から出してくれれば大丈夫です。俺もリンデン先生付けで出しますね。家聞いちゃうとリンデン先生にも怒られるんで」
私が宛て所の書かれた紙をかばんにしまったのを確認してから、エイミルは尋ねてきた。
「次のお仕事はやっぱりリンデン先生のところですか。それともこの後しばらくゆっくりするんですか」
「あ、次の仕事は決まっていて。王立治療院に」
「えっ!!王立治療院!?めちゃくちゃすごいじゃないですか」
エイミルが「さすがエルザさん!!」などとやたら驚いたり喜んだりしてくれるのを聞いているうちに、ようやく王立治療院で働くんだ、自分はすごいところで働けるんだという実感が湧いてきた。




