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06 それでは面接を始めます


「本日の面接官ですが、爵位もございます。失礼のないようにしてください」

人事院の案内係が面接室の扉をノックする前に言った。



王立治療院は王都のど真ん中、ものすごい一等地に広大な庭園と院長の邸宅、ドーム型の研究棟を備えていた。院内の移動には馬が使われることもあるし、治療や治験対象者は院内を馬車で送ってもらえるそうだ。

門扉から面接会場に辿り着くまでの道のりを想像し、10分はかかるな、早めに来て良かった、と思った。門兵に言付けると王都人事院の職員がやってきて、書状や私の身分証を確認し中に通してくれた。

研究棟の1階に院長室はあった。ここが今日の面接室になるそうだ。


ノックの後、職員に先導され、部屋に入る。

中はかなり広くて宮廷の延長のようなしつらいである。


飾り窓の前には大きな机、その上に雑多に詰まれた書籍や書類が城壁のように机のフチを取り囲んでいる。床の上にもあちこちに書籍が積んであった。机に据えられた黒皮の回転椅子には、明るく柔らかい金髪をひとつ結びにした若い男性が座っている。その人がちらっと私を見て、そしてすぐまた手元の書類に視線を落とす。深い群青色の瞳だった。


「院長、面接のお時間です」


あの人が院長。

しかし院長は何やら書き物をしていて、人事院の声かけにも反応せず、椅子から動く気配がない。


面接用のテーブルは部屋の奥に用意してあったみたいだけれど、他の面接官と思われる二人が奥のテーブルから席を立って、院長の机の横に立った。院長もお若いがその二人はさらに若手だった。


「それでは面接を始めます」


若手のひとりが院長の手元からパッと書類を取り上げた。

それからもうひとりが私に基本的な質問を始める。


ときどき院長のほうも見ながら受け答えをするが、院長は下を向いているので目が合わない。何をやっているのかなとこっそり覗き込むと、院長は手元でずっと領収書の整理をしていた。



リンデン先生、ごめんなさい、落ちました。



院長からは何も質問されないまま面接が終わった。深く一礼をして退室しようと踵を返すと、背中の方から声がした。


「あ、君、採用だから」


私は驚いて振り返る。しかし院長はいまだ手元の領収書の向きを熱心に揃えている。聞き間違いかと思い、


「あっ、不採用ですね。お時間をいただき、申し訳ありませんでした」


そう言って一礼する。顔を起こすと、院長が首を(かし)げていた。


「採用です。明日からこれる?」


「え?……はい、ありがとうございます!!」


私があらためて深々と一礼をすると、院長は人事院の職員に「そういうことだから。今日中に手続きよろしく」と片手を上げた。今日中と言われて人事院の人が慌てて先に退室し、カチャンと扉が閉まると、若い二人の面接官が叫び出した。


「院長ぉ!!断られなくて良かったですね!!」

「ああもう面接中にカサコソと!!エルザさんの話が聞こえないでしょうが!!その前に失礼でしょうが!!」


「ごめんよぉ、最初の10秒くらいで採用決めたからもういいかなと思って。これ提出まであと30分しかないんだよぉ」


「あの、手伝いましょうか。書類仕事も好きなので」


「エルザさん、甘やかさないでいいですよ?」

「いつも溜め込むから罰としてご自分で、と副長に言われたでしょう」

「えーん」

「かわい子ぶるんじゃない」

「無駄に美男子なの腹立つわ」


若い面接官たちが私に向き直る。


「院長のほうが断られることもあるんですよ、あんなだから。あんな、というのは社会不適合者という意味です」

「後から合わないと分かるのはお互いに不幸なので、ありのままをお見せしました。面接でのご無礼をお許しください」


「社会不適合者呼ばわりひどい」

ひとりがツカツカと院長のデスクに回り込む。

「時間大丈夫なんですか」

「えーん」

「その、えーん、ていうのやめてください。絶対に流行りませんよ?」

とぶつぶつ言いながらも、書類の仕分けを助け始めた。




「院長が提出物終わるまで、こちらで気軽に自己紹介でもしませんか。お茶をご用意します。後で館内もご案内しますね」

「はい!ありがとうございます」


もともとはそこで面接をするはずだったはずの、長いテーブルにお茶の用意がされる。

「私は院長助手のエステルです。もうひとりはテオ」

テオのほうを見ると、院長のデスクからひらひらと片手を振る。



エステルと談笑していると、提出に間に合ったらしい院長が隣に座ってきた。

「院長のユリウスです」


テオがすかさず聞いてくる。

「院長の印象どうでした?」

「爵位もある方と聞いていたので緊張しました」

「そんな事前情報が」

「はい、失礼のないように、とのことで」

「それ言ったの人事院です?あとでしばかないと」


テオが怖い顔をしながら、腕を組む。


「そういう上下関係なしなのがここなんだ」

院長が口を挟んだ。

「外ではいろいろあるかもだけど、院の敷地に入ったら僕には普通に話して?この二人もそうだったでしょ?」

「はい……ありがとうございます」


院長なのにずいぶん気さくな態度で驚く。


「今日のお茶はケーキもありますよ。はからずも入所お祝いになりましたね」


エステルがワゴンから蜂蜜のホールケーキを取り出して、テーブルの中央に置く。まだオーブンの熱が残っているのか、いい匂いが部屋に満ちる。


「さあ、みんなで食べよう」


院長がにこにこしながら、まあるいホールケーキに直接フォークをぐさっと刺して、ぐりっとえぐる。


「院長ぉ、ケーキは……切り分けてからっていつも言ってますよねえ?」

「だってこうすると美味しいから」

「あなただけがね、あなただけが美味しいんですよ?」

「気にしすぎじゃない?」



院長が言い返したとたん、エステルとテオのお小言が始まった。ずいぶん癖のある上司だけれど、なんとなく転職先の毎日が楽しいものになるような予感がして、私は微笑みながら三人の姿を眺めていた。



本編外小話


◇◇


院長は私の手からひょいとフォークを取り上げて、ケーキに刺してえぐって、私の口元に差し出す。


「食べて」


戸惑う私に院長は続ける。


「ふだん王城じゃこんなことできないから。僕、生まれてからずっと規則でがんじがらめで」


しんみりしている院長を見て、少し心が動いた。爵位のある方の生活はとても想像できないが。私は大口を開けてフォークのケーキをぱくりと食べた。


「あの、エルザさん?なんかいつもは窮屈な王城勤めみたいな感じに言ってますけど、ふだんから王城でもこの人こうですよ?」

「いかにも陰のあるような台詞吐いてますけど、院長は健全なご家庭でめちゃくちゃご両親に甘やかされて育ってますよ?」

「確かに規則は多いですが、守ったことは数えるほどしか無いですよね!?」


「えへへ」

「だからかわい子ぶって誤魔化すんじゃない」

「マナーを……マナーを学んでください……人として」


エステルとテオから再びお小言をもらいながら院長は「でもこうやって食べるとなんか美味しいよね?」と力説してくるのだった。



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