03 私なんかが受かるでしょうか
遠征休み初日。
私はさっそく手伝い先の治療院へ顔を出す。
「まとまった休みなんてなかなか無いんだろう。手伝いはいいからその辺でごろごろしてなよ」
院長のリンデン先生がさっそく甘やかしてくる。私に治癒魔法を教えてくれた人だ。
「先生、実は折り入ってご相談が」
「めずらしいね。お茶でも淹れようか」
先生は籠にあった薬草とハーブをわしっと掴んでビーカーに入れ、お湯を沸かして注ぎ、リラックスティーを淹れてくれた。相変わらずワイルドな淹れ方だけど、これがものすごく美味しいのである。
広いテーブルの上の書類を適当に端に寄せて先生は場所を作ってくれた。腰を下ろして先生と向かい合う。
「討伐隊を辞めようと思いまして」
「えっ」
「せっかく治癒騎士になったのにすみません」
私は下を向く。先生から治癒魔法を教わってなければ成れなかった職業だ。
「それで、治療院の仕事で求人がないかと思いまして。先生のところでも先生のお知り合いのところでも」
「…………」
「未経験で治療院の仕事など難しいかもですが」
「あるあるあるあるある!」
声が小さくなる私に先生は被せるように言った。
「いやいや、ほんと紹介したいところは山ほどあったんだけど討伐隊を辞めさせるようなことを言うのは、ほら、国にダメだって言われてるからさ、こちらからは積極的には勧誘できないんだよ」
「もちろんうちでも即採用なんだけど、今すごくいい募集があってね」
先生はさっき自分でまとめて積んでしまった書類束を「どこだったかな」とごそごそしてから一枚を抜き取った。
「これ行ってみない?」
差し出された紙は王立治療院の研究治癒士の職だった。
「王立のはさ、やっぱり治癒の術式もすごいし、扱う素材の幅も段違いに広いんだ。いい経験になると思うよ。道具だって高級品も稀少品もあるし。さらにエルザなら入手困難な素材も自分で採ってこれるだろう?検証サイクルが早いから研究でも成果を残し易いと思うよ」
「あの、すばらしい職場なのはわかるんですが、私なんかが受かるでしょうか…」
「受かる受かる。万が一ダメでもうちにフルタイムで来てくれればいいし。気軽な気持ちで受けに行ってみない?」
私が頷くと、早速、先生が手紙を速達で出して、言いつけ通りにごろごろしていたら午後には返事がきた。
「明日来てくれだそうです」
「ほらね、王立も興味深々なんだよ」
「先生の紹介状に信頼があるのですね」
「エルザぁ〜〜」
先生は「なんでそんな自己評価低くなっちゃったの、絶対あいつのせいだな」と怒っていた。私は自己評価が低いんだろうか。そうだとしてもリンデン先生の評価は逆に高すぎる気がする。
騎士学校の初等部の頃、腕慣らしに入った森で、魔獣に襲われているリンデン先生を助けた。リンデン先生は治療に使う素材集めをしていた。私もどのみち稽古で森に入るから護衛をしましょうか、と提案したのが始まりだった。
代わりにリンデン先生は美味しいお茶とお菓子がこの世にたくさんあることと、治癒魔法を教えてくれた。あまり人付き合いが上手くない私でも、朗らかなリンデン先生とならいっしょにいても気楽だった。
私は騎士学校に上手く馴染めずひとりで行動することが多かったので、人の手を借りず自分で治療をしながら魔獣を狩れる治癒魔法の習得はとても有り難かった。それで私はますますソロ活動に傾倒していく。
騎士学校に女は少ない。入学当時は馴染めないのは自分のせいだと思い詰めていたが、どう考えても女であることが原因だった。デリカシーのない質問や揶揄い、私のほうが成績が良かった時の妬みや意地悪は、ほとんど女であることに起因した。
しかし成人近くなる頃には、そんないじめなどまるで最初から無かったように、みんな優しくなった。成人式の頃にはすっかりみな紳士だった。私はそのほうが気持ち悪く感じた。
そんななか相変わらず、私に突っかかってくる男がいた。それがローデリックだ。私に対しての態度を変えないことが、かえって誠実に見えた。パーティを組む相手を探しているとき、たくさんの同級生から誘われた。その中から、あえてローデリックのパーティを選んだのはそういう理由だった。彼のパーティは人が集まらず苦戦していたという背景もある。
それはローデリックの精神成熟がみんなより3年くらい遅れているからでは無いの?あと数年もしたらローデリックも気持ち悪い紳士になるよ、私はそれにエールを1ガロン賭ける……と友人のアンは言った。
しまった、休みの日なのに、ローデリックのことを思い出してしまった。私は顔を洗ってローデリックのことを頭から追い出す。
顔を洗った後はぼーっとしながら無意識に筋トレをしていた。休みだし、もう討伐隊は辞めるから鍛える必要はないのに、長年の習慣というのは恐ろしい。
ずっとだらだらしてるのはどうも落ち着かなくて、先生に「何か足りない素材ないですか」と聞き、武具とコンテナを持って近くの森まで出かけることにした。




