13 みんなエルザエルザ言ってたけどこの人だったんだ
タフタ森林の入り口は100人以上の冒険者やら、腕試しの一般市民でいっぱいになった。わいわいガヤガヤと騒がしい。
「さっき信号弾出したの誰」
冒険者の一人が声を上げた。
私が前に出ようとすると、エイミルが首を横に振りながら止めてきた。
「俺です」
エイミルが手を挙げながら、皆の前に出る。
「ランクS、A以上の冒険者は残ってください。その他のランクや一般の方は至急避難を。王都門を目指してください」
とたんに一層騒がしくなり、100人が口々に思い思いにしゃべり出した。これだから冒険者は……。
「俺たちのパーティは2日かけて、やっとここまで来たんだけど。撤退の理由なんですか」
テオとエステルみたいに、丁寧に伝えられる相手ばかりではない。しかも100人以上の集団だ。天災竜の名前を出していいかどうか、判断が難しかった。パニックになったらいち早く逃げようと人が押し寄せて、細い森の入り口で人間が将棋倒しになる可能性もある。
エイミルは言葉を選びながら声の主に伝える。
「今回の古竜はS級の恐れがあるからです」
また全員がざわざわしだす。騎士学校の初等部でももう少しきちんとしているのに……と私は心の中で思った。舌打ちはしないが、してみたい気分だった。
エイミルが話している間にも、私は2回目の魔法円をかけ始める。地竜もいるから地中も含めて上下に防御層を作る。
「それ絶対にそうなの?もし違ったらどうするの?どこ情報?」
もし違ったら、命があって良かったね、というだけだ。違わなかったら、ここにいても喰われるだけだ。
エイミルがまた言葉を選んでいると、別の冒険者らしき男が大きな声を上げた。
「ああっ!あんた、信号弾出たのに、戻らなかったやつと同じパーティだろ」
「えっ?」
「戻るぞって声かけても戻らないヤツが何人かいたんだ」
「どういうことだ?」
「ざわざわ」
「古竜の素材を独り占めする気かー?」
私はうんざりした。まあ、今いろいろ言ってる彼らは冒険者ですらないのかもしれない。装備もへなちょこだ。
それに実際、ローデリックが見当たらない。ギルベルトもだ。まさか戻らなかったのか? そちらの方が重大だった。
信号弾で撤退するのは、冒険者団の鉄則だ。
「なんかよくわかんないから俺たちは狩り場に戻るぞ」
「ダメです、待ってください」
「まずお前のパーティメンに言ってくれよ」
そう言って20人くらいガラの悪いのが狩り場に戻っていく。その他の人たちは素直に帰り支度を始めた。
しかし入り口のほうから驚く声がする。
「あれ!? 馬がいない!!」
エイミルと私は、声のするほうへ移動して説明をする。
「あー……緊急事態のため、お借りしていまして」
「えっそんな、返してくださいよ、帰れないんですけど」
素直に帰ろうとしていた人たちも、ガヤガヤし始めた。
「勝手に借りるなんて泥棒だぞ」
「ざわざわ」
「やっぱり素材を独占するためじゃないか?」
エイミルは困った顔をしている。
馬を借りたのは私の同僚だ。エイミルが責められるのはお門違いだった。私はエイミルと馬主の間に割って入る。
「馬は竜の好物ですから。荷物を引きながらの移動だと速度も出ないし確実にもろとも喰われます。
あなたの馬は王立治療院の者が、伝令のために借りています。荷物の損金も含めて報酬も出します。伝令後、馬も大切に預かって世話をしますので。乗って行ったのは獣医なんです」
エステルは動物の治癒もできる。わかりやすく言えば、動物使いである。
「王立治療院か。前に母親が世話になったことがあるよ」
馬の持ち主は少しずつ、気持ちが落ち着いてきた様子だった。
私は馬主と名前を取り交わし、積荷目録をもらうと、早めにここを離れて王立治療院に向かうように言った。
国の機関がお金を払ってくれるならと、持ち主は置いていく積荷をそのまま使って良いと言った。ポーションや食料、毛布もあってありがたい。
そのやりとりを見ていた人たちも、騒がしさが収まって、次々にタフタ森林のゲートを出ていく。私は撤退していく人たちに、積荷にあったポーションや食料を少しずつ配った。
残ってくれたS級とA級の冒険者には自分が持ってきたハイポーションや万能薬を配る。それでも精鋭は片手いるかどうかという戦力状況だった。
だいぶ人が捌けて、タフタ森林の入り口が静かになったころだった。
「ねぇローデリックたちは戻ってないの?」
女性の声がして私は振り向いた。白い道士服で、おそらく魔道士か治癒士だ。可憐な線の細い女の子で、この子が討伐隊員?と少しびっくりした。ピンクブロンドが森の風に揺れる。
「どこに行ってたんですか」
「ロッジでお茶をしてたけど?」
女の子は長いふわふわの髪をひと筋とってくるくると巻き始める。ローデリックを知っていて、エイミルと話しているということはもしかして。
「いま、パーティに臨時で入ってもらってるイルゼさんです」
「イルゼでーす」
私は彼女のトーンに面食らったが、気を取り直して挨拶をする。
「エルザです。ここはもう危ないので貴方も撤退を」
「エイミルは?エイミルは行かないの?」
「俺は残ります」
「なんで?エイミルはS級A級じゃないでしょ?さっき自分で言ってたじゃない」
「ローデリックさんたちもまだ戻ってきてないですし」
「じゃあ、私も残る」
イルゼはエイミルの腕に絡んで甘えた声を出した。
「みんなに守ってもらえないとイルゼ帰れないもん」
新しい感情だった。無性にエイミルに絡みついているその細腕を引き剥がしたくなった。
けれど今は緊急事態、緊急事態と心の中で唱えて深呼吸する。
「あの、そういえばアデルさんは?」
魔道士のアデルはB級だがめんどくさがって試験を受けていないB級だ。十分に戦力になり得る。
「あ……ローデリックさんと揉めてパーティを抜けました」
「私とも揉めたしね? コミュ力低い女の子だったよね?」
頭痛がしてくる。アデルさんは攻撃魔法を練習したい人だったが、治癒魔法もひと通り使えた。サブの職能だから治癒スキルは低いものの、魔力量が底なしに多かったからパーティのリリーフとなっていた。
この子はそこまで魔力量がない。見たところスキルはアデルさんと同じくらいだろう。守れるのはせいぜい自分ともう1人まで。
「エイミル、イルゼさんを連れて撤退を」
「エルザさん!!」
「なんかイルゼとエルザって似ていて嫌ね」
「ローデリックたちは私が連れてくるから」
「ダメです!他にもガラの悪いのがいたじゃないですか」
「みんなエルザエルザ言ってたけどこの人だったんだ」
「イルゼさん? ちょっと静かにしてくれますか。そういう話は後で聞くんで」
「後で聞くんだ」
「エルザさん!?」
そのとき、パリンと地中からガラスが割れるような音がした。
しょうもないやり取りに時間を消費しながらも、私は地上と地中にいくつか結界を飛ばしていた。古竜は大きいから点在させた微量の結界にも引っ掛かる。そのひとつがたった今、割られた。
パリン、パリンと破裂するような音がどんどんこちらに近づいてくる。警報音になるよう、皆にも聞こえるように設計した。しかしそれは命のカウントダウンのようにも聞こえる。
エイミルは森林の奥と上空にも遠視をかける。S級A級の冒険者たちが身構える。イルゼは足がすくんで動けない。
「下から来るよ」
私は重心を落として、腰の長剣を引き抜いた。




